嫁の帰省

風宮 秤

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嫁の帰省

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『実家に泊まるので、お弁当代を置いときます。
               まりこ   』
と、五百円玉が一枚。

 どのくらいフリーズしていたのか分からない。
 まさかの置き手紙。スマホにメールじゃなく便箋に手書き。
・・・・なんで?
 なんで?・・・・。

 あ・・・・、お弁当を買いに行かなきゃ。
 一食分だよね、五百円だから。一食分で五百円なのか?
 スーパーで買えと言う事か? スーパーで買えるのか? 売り切れる前に行かないと。

 弁当売り場の残り少ない弁当には割引シールの上に割引シールが貼ってあった。行き場のない弁当たちが並んでいた。誰にも見向きもされずに廃棄処分になるかもしれない。そう思うと胸が締め付けられる。
 白いユニホームの店員が歩いてきた。回収しに来たかもしれない。そんな事はさせまいと弁当を一つ取るとカゴに入れた。
 味噌汁代わりのジュースを探す。見るからに不味そうなボトルデザインを裏付けるような値段。丁度五百円・・・・。
「そか、見切りの弁当に不味いジュースで十分なのか・・・・」

 弁当を食べながら考える。嫁の帰省の理由。考えて思いつくなら考える迄もない。
「そうだ、訊けばいい!!!」
 そんな当たり前の事に気がつかないとは何を動揺していたのか。考えてみればスーパーに早く買いに行っていれば見切り品じゃなく安くて美味しい弁当があったはず。レトルトの味噌汁なら台所にあるからジュースを買うまでもない。
 メールで訊く・・・・、帰省した理由を訊く? どうやって切り出す?
 夕飯の弁当が五百円じゃ少ない? これ帰省と関係ない。
 言ってくれれば一緒に行くのに? 内緒だったのに。
 そもそも、便箋の書き置きなのにメールで訊く? 無理だ。

 冷静に、帰省した理由を考えた上で、冷静に正しく対処しなければ取り返しがつかなくなるかも。そもそも帰省する理由はなんだ?
 ご両親に何かあった? それを予感させるような事は聞いていない。何時も健康に気遣い夫婦仲睦まじく過ごしていると聞いている。もし入院するような事があれば知らせてくれるはずだし、見舞いに行くとは書いてない。
 友だちに会うために帰省した? それは無さそう。都内でちょくちょく会っている。美味しい物を食べてくれば真似た料理が夕飯に出てくる。もとの料理は分からなくても美味しい物を食べてきたのは良く分かる。そもそも、フェスタの時はここまで来て打ち合わせをしていた。
 嫌われた? 隠してあった饅頭を食べた時に怒っていた。絶対に見つからない場所だと思って下段の本の上の隙間に箱に入れて置いてあったけど捜索範囲なんだな。でもあの程度で帰省するほど子供じゃないし。
 ココナッツミルクの時は怒っていたけど、あれは僕が悪いのかな。途中までは買い物デートだとお互いに思っていたのに急変した理由が分からない。僕に理由が分からなくても、帰省するほどの事だったのかな?
 大きい事より小さい事の積み重ねで限界迎えたのかな? そんな事はない。だって、いつも倍返しでスッキリした顔しているし。
「見切り品・・・・」
 弁当の蓋に答えがあった。そうか・・・・。見切りだったのか。
 結局、一睡も出来なかった。


 玄関が開かない? 鍵が掛かっているから開かない? 出勤の時に鍵を閉めたから開かないのか。まだ、帰って来ない?
 部屋の電気はついていない。まるで誰もいない所に帰ってきたみたいだ。
「ただいま・・・・」
 耳を澄まして人の気配を探る。
「おかえり」と自分で言っても虚しい。弁当代は一食分だったのに。まさか二日分だったのか? まさか見切りの調理パン四日分だったのかも。
「真理子さん・・・・が出し忘れるはずないよね?」
 と言ってみても出てくる気配はない。どう言う事だ? 今日は帰ってくるはず。
 夕飯の支度を考えれば・・・もう帰ってくるはず。
 弁当を買ってくるのか? 弁当を買ってくるにしても、もう帰ってきて良いのでは?
 そもそも連絡がないのがおかしい・・・・、まさか誘拐されて結婚させられる? 可愛いし、料理上手だし、掃除もマメだし、真理子さんだし・・・。
「通報一択だな」
 顔認証ウザ、親指で一発だったのに・・・
「ただいま~」
 真理子さんの声だ。
「どうしたの、電気点けないで?」
 見慣れない荷物を持っている。結構、重たそうだ。
「もう少し早く帰って来るつもりだったけど、通子と夕飯食べてきたから・・・・」
 と言いながら荷物を部屋の隅に置いた。
「なんで、目が赤いの?」
 台所を覗いている。
「え、食べてないの?」
 五百円しか置いてなかったけど誘拐されてなくて良かった。でも、遅くなるならメールをくれても良かったのに・・・・
「なんで置き手紙?」
 ちょっと嬉しそうに僕を見ると
「ケーキ買って来たけど一緒に食べる?」
 僕は立ち上がると、
「紅茶の準備をするよ」
 と、台所に行った。良く分からないけど嬉しそうな真理子さんの姿を見てホッとした。

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