やちよ先輩

風宮 秤

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1:STAY

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 今日は会議がある。資料はメールで配布済み。大丈夫だ。準備に抜かりはない・・・・。の、はずだった。
「先輩、起きて下さい。今日はWeb会議の日です。部屋の中の片付けしないとみんなにばれちゃいます」
「え? 何の会議やるの? うちの課は会議なんてやらないよ・・・・」
 在宅勤務になって二週間が過ぎた。そろそろ手詰まり感が見えてきた今日この頃、課内の意識を統一するために急遽Web会議をする事になったらしい。使っているノートパソコンにはカメラが付いているしマイクも付いている。のだけど・・・
「先輩、そこカメラに映ってます。片づけて下さい」
 壁に掛けてある先輩の服を移して貰う。先輩と同棲している事は絶対に知られてはいけない。特にうちの課長は先輩を敵対視しているから、面倒の素は徹底的に潰さなくてはいけない。
「おや、みさき。寝癖を整えてあげましょう・・・」
 後ろに座った先輩の手櫛で髪を整え始めた。ふんわりと耳の後ろを小指がそっとかすめていく。
「おや?こんな所にキスマークがあるけど、どうしたのかな? 言ってごらん」
「え!」
 鏡をみると確かにある。カメラにも映る位置だ・・・・
「会議あるのを知っていたでしょ! もうなんて事をするの!」
「ふふふ、ぬりかべと違って私は優秀な課長なんだよ。カメラ映りが良くなるように・・・」
 と言うと、動けないように抱きしめられてしまった。
「ダメです。明るいです。在宅勤務・・・」
 吐息が漏れてしまった・・・。


 私たちの学校は中高一貫の女子校だった。他の学校と違うのはサッカー部がないぐらいで体育系の部活も活発な学校だった。そして下級生が上級生に恋い焦がれるのも他の学校と同じ事だった。ただ、私はクラスメイトのそんな噂話に適当に相槌を打つだけだった。上級生の話より物語の世界の方が遥かに魅力的だったからだ。
 全てが変わったのが中二の一学期だった。先輩の生徒会長立候補演説は、群衆の眠れる魂を呼び起こす革命家のようだった。物語の世界が色褪せた瞬間だった。演説が終わり大股で歩く姿は騎士のようだった。
 もちろん他者を寄せ付けない圧勝だった。校内の話題は先輩一色になった。先輩の一挙手一投足に歓声が上がり高等部立ち入り禁止の令が出たのは言うまでもなかった『私以外に』
 理由は今も教えてもらえない。生徒会役員の選出は選挙で選ばれた会長の専権事項だった。歴代の生徒会長が友人で固めていたのとは違い全員が初対面だった。中等部からの選出も異例中の異例だった。選ばれた私たちに共通項はなかった。強いて言うなら無口な事だった。生徒会室で仕事の話はしても役員同士で知っている事は名前とクラスぐらいだった。任期が終る頃はますます無口になっていた。そして、生徒会最後の日『縁があれば再会できる』の言葉を最後に先輩は大学受験で音信不通。進学先も知らされずに卒業式が終わっていた。私は一人泣き崩れていた。酷いと思った。許せないと思った。でも、もう一度会いたいと思った。
 縁があったのは入社してからだった。社内研修で各部署を回っていた時に大股で颯爽と歩く姿を見た時は涙が溢れていた。そして、私は同じ過ちはしないと決意した。


「タートルネックのセーター借りますよ」
 私のクローゼットから先輩のセーターを出すと急いで準備をする。
「このセーター先輩の匂いがする。包まれているみたいで幸せです」
 小突かれてしまった。
「早く準備しないと会議始まっちゃうよ」
 いつの間にかカメラの死角でコーヒーを飲んでいる。
 カメラアングルをもう一度確認すると、会議システムにログオンした。
「みさきさん、あなたが一番遅いですよ」
 課長は開口一番に言った。五分前にログオンしているのに・・・・とは考えてはいけなかった。
 先輩がカンペを出している。
『ぬりかべ課長、テンションたかww』
 先輩の指先にはパソコンから伸びたケーブルがテレビに繋がっていた。いつの間に二画面設定に変えたのか・・・すでに手遅れだった。
『後ろの縫いぐるみ、可愛さアピール?』
『縫いぐるみの潰れ方 変・・・』と抱きかかえたイラストが入ってる。
 絵が巧すぎて、課長の真面目な声が笑いを誘う。
 足で挟まれている場所に丸印が入って『ここベタついている』
 縫いぐるみの毛がそこだけベタついている・・・。え、やだ、縫いぐるみが可哀想。
「みさきさん、会議中ですよ。何を見てるんですか!」
 視線でバレてしまった。
「ちょっと、雲行きが悪くなってきたので・・・・」
「今は在宅『勤務中』です。必要なら出社させますよ。だいたい、その趣味の悪いセーターは何ですか? 季節を考えなさい。見ているこっちが暑苦しい」
『お! 顔の漆喰が剥がれた』と、先輩が応戦しても笑うに笑えない私が一番つらい。と、必死に堪えている私が気に入らないみたいだ。
 課長の在宅勤務の心得が延々と続いているテーブルの下で、生温かい息がかかった。
「あ・・・」息が漏れてしまった。
 モニター越しの課長の視線が痛い・・・・。
「あ、猫が邪魔をして・・・」
「きみ、猫が嫌いじゃなかったの?」
「え、その間違えました。ペットです」
 結局、居残りで小言が一時間続いた。ぬりかべのストレス発散に付き合わされてしまった。

 カメラの死角で、呑気にコーヒーを飲んでいる
「もう先輩、いい加減にしてください。程度の低い小言を聞かされる私の事も考えて下さい」
 睨みつけた先の先輩が、神妙にしている。
「ごめん、悪ふざけが過ぎた」

 沈黙が流れた。

 先輩が身支度を始めた。・・・・出て行くつもりだ。
 後ろから抱き着くと、そのままゆっくり押し倒した。
「先輩、Stay」

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