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禁煙薬
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新商品のプレゼンの日だ。社長の『一発必中』の号令の下、重圧の中で日夜開発に取り組んだ禁煙薬に社運はもとより自分たちの命運も掛かっていた。
もし、不評ならプレゼンの場は公開処刑場に変わる。プレゼンが終わる前に名ばかり営業所に左遷させられた先輩もいた。
今回は売り上げが低迷している。当然、社長の機嫌はすこぶる悪い。結果によっては左遷か昇進の二択が噂されていたが、開発メンバーには笑みを浮かべる余裕があった。
石崎は壇上に上がると、経営幹部を見渡した。明日からは自分も向こう側の席になる確信を持っていた。
「今回、開発部が自信をもって提案する新薬『禁煙薬』は、世界中で問題になっている禁煙を挫折する患者を救い、受動喫煙の公害問題も解決する、今までの禁煙薬とは別次元の商品であります」
どの経営幹部も、今さら禁煙薬で売り上げが回復するはずはない。場内の雰囲気はそう言っていた。しかし石崎は気づかぬふりで部下に合図を送った。
「では、プレゼンを進める前に試して頂きたいと思います。常務、お願いいたします」
壇上の端に椅子が用意されると、水と試薬を持った部下が待機した。常務の反論の前に、間髪を入れずに念押しをした。
「社長の許可は頂いております。更に灰皿とタバコも用意いたしました。勿論、こちらも社長から許可を頂いております」
全員の視線が社長に集まった。会議の途中でも喫煙に抜ける常務のヘビースモーカーぶりは社内で有名だった。また、社長がそれを良く思っていない事も有名だった。
常務は渋々壇上にあがり、だされた薬をごくりと飲みこむと椅子にどっかりと座った。そのままタバコに手を伸ばすと、禁煙の会議室でタバコを吸い始めた。
「では、禁煙薬のプレゼンを進めさせて頂きます」
タバコの煙が広がる中、禁煙薬のプレゼンが続いた。薬効は治験者の99%に現れ、薬効成分の濃度と服用回数には比例関係が見られる事。代謝による排出速度を考えれば、一月の連続服用で80%に効果が見られる薬効濃度が最適。と説明を終えた。
「では、質問を受ける前に、常務から感想を頂きたいのですが・・・」
腕組みをして聴いていた常務が、不機嫌さを抑えつつ、
「良いんじゃないのか。既存の禁煙薬で治らない者もいるからな。藁にもすがりたい者もいるだろう」
常務は気づいていなかった。約一時間のプレゼンの間に吸ったタバコは一本だけ。薬効が現れる前に火をつけたものだけで、二本目に手を伸ばす事なくプレゼンを聞き終えたのであった。そして、常務以外は気がついた。禁煙薬に効果がある事を。
「薬効の原理は、解明できているのか?」
社長から質問があった。社長から質問があれば商品化は間違いない。内定を貰ったのも同じだった。
「はい、『依存』しているものに対して『解放』を起こさせています。詳細については後程ご報告に上がります」
「依存とはどう言うものを指している?」
社長から二つ目の質問が出るのは異例中の異例だった。
「はい、ここで言う『依存』とは本人の本当の意志とは関係なく、やめられないものの事です」
社長は常務を見ながら、
「それはタバコ依存以外にも効果があると理解していいのか?」
と、三つ目の質問をした。
「はい」
「なるほど、よく分かった」
社長は、何かに納得すると電話を掛けた。
プレゼンは無事に終わった。手応えは百点満点だった。常務を使ったパフォーマンスが功を奏したのは間違いなかった。
「部長、これで我々は安泰ですね」
「そうだな。社長にも好印象だった。これも君たちのお陰だ」
これで、それぞれが昇進して要職を押さえていけば我々の将来は保障されたのも同然だった。
「部長、電話です」
部下からスマホが差し出された。
「どうした? プレゼンが上手くいって上機嫌だからな。多少の事は許すぞ」
部下の話は、常務に飲ませたのと同じ試薬を社長室のメンバーが全部持ち出したと言う事だった。
「社長が試薬を持ち出した」
石崎はぼそりと言った。
社長の企みは分からなかったが、食堂の前に張り出されていた。
『従業員各位、新薬の治験のため食後に一錠服用する事 社長』
「なるほど・・・」
石崎はピンときた。スマホばかり見て仕事をしていないと社長が不満を漏らしている事だった。そうなると、我々従業員に選択肢はなかった。最後の人体実験は従業員の義務と公言している社長に意見する事は生活基盤を失う事だからだ。
「部長、飲んでも大丈夫ですか?」
心配顔の部下に、石崎は思わず笑ってしまった。
「健康の心配か? それとも効用の心配か?」
「副作用がない事は自信をもって言えます・・・・」
「甘い物に依存しているのか? それなら、ダイエットになって良かったじゃないか」
「まだ、飲んでもいないのに決めつけないで下さい」
社長の期待通り、スマホ依存が減るのか? お菓子依存症が減るのか? 午後になれば分かる事だった。
「我々も食事にしよう。最後のデザートは私が奢ろうではないか」
午後になると、社長の思惑通りにスマホを見ている者も、転寝をする者も、お菓子をつまんでいる者もいなかった。真剣な眼差しでキーボードを叩いていた。その後、申し合わせたようにプリンターの前に人だかりができた。
自分の書類を掴むと上司の机の前に列ができた。しかし、その前にどの上司も社長室の前に列を作っていた。その手には辞職届が握られていた。
もし、不評ならプレゼンの場は公開処刑場に変わる。プレゼンが終わる前に名ばかり営業所に左遷させられた先輩もいた。
今回は売り上げが低迷している。当然、社長の機嫌はすこぶる悪い。結果によっては左遷か昇進の二択が噂されていたが、開発メンバーには笑みを浮かべる余裕があった。
石崎は壇上に上がると、経営幹部を見渡した。明日からは自分も向こう側の席になる確信を持っていた。
「今回、開発部が自信をもって提案する新薬『禁煙薬』は、世界中で問題になっている禁煙を挫折する患者を救い、受動喫煙の公害問題も解決する、今までの禁煙薬とは別次元の商品であります」
どの経営幹部も、今さら禁煙薬で売り上げが回復するはずはない。場内の雰囲気はそう言っていた。しかし石崎は気づかぬふりで部下に合図を送った。
「では、プレゼンを進める前に試して頂きたいと思います。常務、お願いいたします」
壇上の端に椅子が用意されると、水と試薬を持った部下が待機した。常務の反論の前に、間髪を入れずに念押しをした。
「社長の許可は頂いております。更に灰皿とタバコも用意いたしました。勿論、こちらも社長から許可を頂いております」
全員の視線が社長に集まった。会議の途中でも喫煙に抜ける常務のヘビースモーカーぶりは社内で有名だった。また、社長がそれを良く思っていない事も有名だった。
常務は渋々壇上にあがり、だされた薬をごくりと飲みこむと椅子にどっかりと座った。そのままタバコに手を伸ばすと、禁煙の会議室でタバコを吸い始めた。
「では、禁煙薬のプレゼンを進めさせて頂きます」
タバコの煙が広がる中、禁煙薬のプレゼンが続いた。薬効は治験者の99%に現れ、薬効成分の濃度と服用回数には比例関係が見られる事。代謝による排出速度を考えれば、一月の連続服用で80%に効果が見られる薬効濃度が最適。と説明を終えた。
「では、質問を受ける前に、常務から感想を頂きたいのですが・・・」
腕組みをして聴いていた常務が、不機嫌さを抑えつつ、
「良いんじゃないのか。既存の禁煙薬で治らない者もいるからな。藁にもすがりたい者もいるだろう」
常務は気づいていなかった。約一時間のプレゼンの間に吸ったタバコは一本だけ。薬効が現れる前に火をつけたものだけで、二本目に手を伸ばす事なくプレゼンを聞き終えたのであった。そして、常務以外は気がついた。禁煙薬に効果がある事を。
「薬効の原理は、解明できているのか?」
社長から質問があった。社長から質問があれば商品化は間違いない。内定を貰ったのも同じだった。
「はい、『依存』しているものに対して『解放』を起こさせています。詳細については後程ご報告に上がります」
「依存とはどう言うものを指している?」
社長から二つ目の質問が出るのは異例中の異例だった。
「はい、ここで言う『依存』とは本人の本当の意志とは関係なく、やめられないものの事です」
社長は常務を見ながら、
「それはタバコ依存以外にも効果があると理解していいのか?」
と、三つ目の質問をした。
「はい」
「なるほど、よく分かった」
社長は、何かに納得すると電話を掛けた。
プレゼンは無事に終わった。手応えは百点満点だった。常務を使ったパフォーマンスが功を奏したのは間違いなかった。
「部長、これで我々は安泰ですね」
「そうだな。社長にも好印象だった。これも君たちのお陰だ」
これで、それぞれが昇進して要職を押さえていけば我々の将来は保障されたのも同然だった。
「部長、電話です」
部下からスマホが差し出された。
「どうした? プレゼンが上手くいって上機嫌だからな。多少の事は許すぞ」
部下の話は、常務に飲ませたのと同じ試薬を社長室のメンバーが全部持ち出したと言う事だった。
「社長が試薬を持ち出した」
石崎はぼそりと言った。
社長の企みは分からなかったが、食堂の前に張り出されていた。
『従業員各位、新薬の治験のため食後に一錠服用する事 社長』
「なるほど・・・」
石崎はピンときた。スマホばかり見て仕事をしていないと社長が不満を漏らしている事だった。そうなると、我々従業員に選択肢はなかった。最後の人体実験は従業員の義務と公言している社長に意見する事は生活基盤を失う事だからだ。
「部長、飲んでも大丈夫ですか?」
心配顔の部下に、石崎は思わず笑ってしまった。
「健康の心配か? それとも効用の心配か?」
「副作用がない事は自信をもって言えます・・・・」
「甘い物に依存しているのか? それなら、ダイエットになって良かったじゃないか」
「まだ、飲んでもいないのに決めつけないで下さい」
社長の期待通り、スマホ依存が減るのか? お菓子依存症が減るのか? 午後になれば分かる事だった。
「我々も食事にしよう。最後のデザートは私が奢ろうではないか」
午後になると、社長の思惑通りにスマホを見ている者も、転寝をする者も、お菓子をつまんでいる者もいなかった。真剣な眼差しでキーボードを叩いていた。その後、申し合わせたようにプリンターの前に人だかりができた。
自分の書類を掴むと上司の机の前に列ができた。しかし、その前にどの上司も社長室の前に列を作っていた。その手には辞職届が握られていた。
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