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40話~59話
55:「純情」 星空
しおりを挟む夕陽を左に受けながら高速道路を一時間ほど走ると、アマチュア天文家の観測ドーム群がある。その一角にあるのが僕たちの観測ドームだ。
そこには、無粋な街の光はない。街路灯もない。時折見えるのは水平線を滑るように進む貨物船の光だけだ。
夕日が西の空をオレンジ色に染めた後、東の空から藍色が広がってきた。
星空の開催だ。
天体観測が毎週の楽しみになったのは、さほど昔の事ではなかった。仕事ばかりで趣味がないのはどうしたものか。と思っていた時に見つけたのが『天体観測ツアー』だった。一日中パソコンばかり見ているより遠くのものを見上げれば健康にも良いだろうと思ったのも参加を後押しした。
結局、一人で参加した天体観測ツアーだった。
星空は知らない事ばかりだった。点だと思っていた光には大きさがあった。色があった。寿命があった。点が集まり星団を作り銀河を作っていた。点の一つ一つには惑星があって自分と同じように夜空を見上げているかもしれないと。
とりわけ、『空に固定されているように思える星々も時速数万キロで移動していて、同じ夜空は二度と見られない』事だった。毎日同じ夜空だと思っていたのが、人類の作り出したどんな物よりも速く動いている・・・。想像もつかないスケール感に圧倒されてしまった。
家に帰ると、ベランダで星空を見え上げるのが日課になった。月の場所が違った。赤い火星の場所が違った。明るく輝く木星の場所が違った。星座の場所が違った。飽きる事がなかった。
家族が興味を示したのは最初の三分だけだった。気がつくと生活が家の外と内に分かれていた。
天文雑誌を買うようになると、空間が歪む事を知った。ブラックホールが見える事を知った。小惑星に探査機が着陸した事を知った。知れば知るほど分からない事だらけになる。
ますます、星空に魅了されていった。
ついに天体望遠鏡を買う事にした。点にしか見えないものが点にしか見えなくても。届かないと分かっていても手を伸ばしたかった。天体望遠鏡の大きさで見える等級が違う。望遠鏡の種類で見方が違う。しかし、どんなに良い天体望遠鏡を買っても光害の前には真価を発揮できない事だった。こればかりは自分ではどうしようもなかった。
そんなに時にツアーで一緒だった人と再会した。キミも帰宅後の楽しみが出来た事。夜の長い冬が好きになった事。星空に手を伸ばしたくなった事。自分と一緒だった。意気投合した。
そして、キミと共同で観測ドームを持つ事になった。
管理小屋に預けてある天体望遠鏡を受取ると、峰にある観測ドームに設置した。地軸と時間をセットし、見たい星を入力すると自動で向きを調整してくれる。
雑誌で話題の星を見たり、宇宙ステーションを追尾して見たりした。なかでも、月のクレーターが夜の闇に次々と落ちていくのは、言葉では言い表せない迫力があった。
しかし、僕たちは『天体観望』の時が一番楽しい。リクライニングチェアに横たわり寝袋から顔を出すと星空を横断するように天の川が見える。
星空を見上げながら、星座の話をしたり、探査機の話をしたり、職場の話をしたり、家族の話をしたり・・・、ただただ輝く星を見ていると日常の悩みがいかに小さいかを実感するのであった。
そして、夜が明けると、持ち寄った食材で僕はベーコンエッグを作る。キミは米粉のパンをスライスする。
テーブルに並べると、僕は東側に座りキミは西側。だって、光り輝くから。
そして、日常生活へと下っていく。
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