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20話~39話
37:「浮遊」 PM2.5
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「今日は天気が良いのに、霞んでみえるね」
背広の男は、富士が見える筈の方角を見ながら言った。
「黄砂です」
制服の男は言った。
「春だね」
眼下の葉桜を見ながら背広の男は言った。
「そんな風流な物ではありません。この時期になると敵の攻撃によりたくさんの国民が犠牲になっております」
制服の男は分厚いファイルを片手に、直立不動だった。
「ホントにそうなの? どこから撃っているの、ミサイル飛んできてないでしょ」
背広の男は、鼻をかみながら言った。
「ミサイルではありません。弱毒性・遅効性の化学兵器です。沿岸部の工場に偽装してこの季節だけ煙突より排出しています」
制服の男は、かんだ鼻紙を受取るとゴミ箱に捨てた。
「花粉症だっけ? 鼻水止まらなくて、目が痒くなるやつでしょ。君たち戦争したいだけでしょ。それともリベンジ? 憲法に書いてある事知ってる?」
背広の男は、鼻をムズムズさせながら言った。
「法律の理解は国家に関わるものの常識です」
制服の男は、嫌味を込めて言った。
「ならば、言うまでもないでしょう。憲法第九条で国際紛争の武力による解決は放棄しているの。交戦権も放棄しているの。分かっているんでしょ?」
背広の男は、念を押す様に言った。
「国会決議で、国際紛争地に装甲車を持ち込んで活動しています。パトロール中や宿営地への攻撃に交戦しています」
党の利益の為には行動するのに、国民保護は踏み躙る相変わらずの姿勢に苛立ちを覚えていたが、顔に出さないのが任務の一つだった。
「それで、国民が犠牲になっているの?」
背広の男は、桜のとなりの藤を見ていた。
「毎年、約2万人が犠牲になっています」
手垢のついた分厚いファイルには更に詳細のデータが書き込まれている。
「犠牲と言っても死んだ人は投票しないし、遺族は君の言うそれを望んでいるのかね?」
背広の男は、二位との得票差を計算していた。
「遺族は事実を知らないのです」
「それなら、そっとしておいた方がいいよ。心の平穏を守るのは僕たちの仕事だよ」
知らぬが仏、知った後の諦め。これが心の平穏だと党是に書いてあると背広の男は物語っていた。
「先生の家族も、攻撃を受けているのですよ」
幾分、声が大きくなったが、制服の男は直ぐに自制した。
「君のところは防衛していないのかね?」
予想外の切り返しに制服の男は一瞬戸惑ったが、
「各部屋に空気清浄機を配備しています」
背広の男は満足そうに頷くと、
「空気清浄機すら買えなければ、納税も出来ない。納税しないのは国民ではない。それらは血税を吸う蛭だよ」
背広の男は、ランチのメニューが気になっていた。
「納税者がいなくなったら私腹を肥やせませんよ」
制服の男の嫌味より、ランチの席の確保が気になっていた。
「大丈夫だよ。外国人労働者が税金も払っているだろ。納税者は不滅だよ」
背広の男は、昼を食べに退室した。
春の一日は、こうして終わった。
背広の男は、富士が見える筈の方角を見ながら言った。
「黄砂です」
制服の男は言った。
「春だね」
眼下の葉桜を見ながら背広の男は言った。
「そんな風流な物ではありません。この時期になると敵の攻撃によりたくさんの国民が犠牲になっております」
制服の男は分厚いファイルを片手に、直立不動だった。
「ホントにそうなの? どこから撃っているの、ミサイル飛んできてないでしょ」
背広の男は、鼻をかみながら言った。
「ミサイルではありません。弱毒性・遅効性の化学兵器です。沿岸部の工場に偽装してこの季節だけ煙突より排出しています」
制服の男は、かんだ鼻紙を受取るとゴミ箱に捨てた。
「花粉症だっけ? 鼻水止まらなくて、目が痒くなるやつでしょ。君たち戦争したいだけでしょ。それともリベンジ? 憲法に書いてある事知ってる?」
背広の男は、鼻をムズムズさせながら言った。
「法律の理解は国家に関わるものの常識です」
制服の男は、嫌味を込めて言った。
「ならば、言うまでもないでしょう。憲法第九条で国際紛争の武力による解決は放棄しているの。交戦権も放棄しているの。分かっているんでしょ?」
背広の男は、念を押す様に言った。
「国会決議で、国際紛争地に装甲車を持ち込んで活動しています。パトロール中や宿営地への攻撃に交戦しています」
党の利益の為には行動するのに、国民保護は踏み躙る相変わらずの姿勢に苛立ちを覚えていたが、顔に出さないのが任務の一つだった。
「それで、国民が犠牲になっているの?」
背広の男は、桜のとなりの藤を見ていた。
「毎年、約2万人が犠牲になっています」
手垢のついた分厚いファイルには更に詳細のデータが書き込まれている。
「犠牲と言っても死んだ人は投票しないし、遺族は君の言うそれを望んでいるのかね?」
背広の男は、二位との得票差を計算していた。
「遺族は事実を知らないのです」
「それなら、そっとしておいた方がいいよ。心の平穏を守るのは僕たちの仕事だよ」
知らぬが仏、知った後の諦め。これが心の平穏だと党是に書いてあると背広の男は物語っていた。
「先生の家族も、攻撃を受けているのですよ」
幾分、声が大きくなったが、制服の男は直ぐに自制した。
「君のところは防衛していないのかね?」
予想外の切り返しに制服の男は一瞬戸惑ったが、
「各部屋に空気清浄機を配備しています」
背広の男は満足そうに頷くと、
「空気清浄機すら買えなければ、納税も出来ない。納税しないのは国民ではない。それらは血税を吸う蛭だよ」
背広の男は、ランチのメニューが気になっていた。
「納税者がいなくなったら私腹を肥やせませんよ」
制服の男の嫌味より、ランチの席の確保が気になっていた。
「大丈夫だよ。外国人労働者が税金も払っているだろ。納税者は不滅だよ」
背広の男は、昼を食べに退室した。
春の一日は、こうして終わった。
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