時空モノガタリ

風宮 秤

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20話~39話

30:「酒」 酒場

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 仕事帰りに、新しい店を探す。趣味の無い私の唯一の楽しみだ。
 なぜ、新しい店を探すのか。それは、演奏家の違いで曲の良さの引き出し方が違う。と言うイメージだ。出張先でふらりと入った酒場でそんな出会いをして以来、路地裏を彷徨っている。
 以前通った時には見なかった店が開いていた。名前は『酒場』なんともストレートなネーミングだ。

 薄暗い店内、広がる酒の匂い。様々な酒の匂いが混ざっている。
 クラクラする。本当に酒場なのか?

 何処からともなく店員が現れると壁を削って作った様な席に案内された。メニューを見ると酒しか書かれていない。ビール・日本酒・ウイスキー・ワイン・・・、特に目を惹く酒はなかった。誰もが知っている酒だけだった。
 メニューを見終わり顔を上げると、やはり何処からともなく店員が現れた。こちらからは分からないが向こうからは見えるらしい。
「ウイスキー」
 銘柄も飲み方も選べない。メニューには一種類しかないからだ。


 店員が何やら抱えて戻ってくる。どう見てもグラスウイスキーでも、ボトルウイスキーでもない。水パイプ? それよりコーヒーサイフォンに似ている物をテーブルに置くとコンセントにつないだ。温めるらしい・・・
 しばらくすると、ウイスキーを持ってきた・・・。漏斗の部分にウイスキーを入れると、コックの部分に手をかけ何かを促しているが見当がつかない。
 すると、店員がジェスチャーで口の部分を覆った。
 サイフォンに繋がっている吸引マスクを顔に当てたのを確認すると、店員はコックを開き下がって行った。

 ゴホ・・・・、咽てしまった。

 今度は静かに吸ってみる。

 !

なんと、幅広く深みのある香りだ。店員の持ってきたウイスキーはスーパーで売っている様な色をしていた。香りもそうだった。にも拘わらず、鼻から吸い込んだ蒸気にこれほどまでの香りがあるとは。
 普段の味わいがソロ演奏だとするとオーケストラの演奏だ。一本一本の絃の響き、管楽器の息遣い今まで気付かなかった微細な音まで手に取る様に伝わってくる。それでいて指揮者の下完璧に調和している。
 酒の製造から飲み方まで知り尽くしていなければ提供できない味わい方だ。

 ?

 時間の経過とともに、広がる香りに変化がある。
 なんだろう、この香り・・・ウイスキーに浸み込んだ樹の香り? オークの樹の香りだ。樽木一本一本から広がっているオークの森の香りだ。

「こんな味わい方があるなんて・・・・、えへへへ」
「こんな少ない酒量で・・・・、は、ははは・・・・」
 いつの間にか、店の明かりが消えている。
「あははは・・・汗が滝の様だぁ」


「お客さん・・・・、大丈夫ですか?」
 肩をゆすっても反応がない。全身汗で濡れているし、シートも濡れている。
「やばいな、これで六人目だ」
 店の外に転がりだすと、店の看板を外した。
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