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1話~19話
11:「猫」 七つの名を持つオス猫
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「にゃー」
静かに、窓が開いた。
「モモ、お帰り。どこに行っていたんだい、寂しかったぞ」
部屋の主が両手を出して抱き上げようとするのをすり抜けると、部屋の真ん中にある小さいテーブルの下で丸くなった。
「モモ、お腹空いたでしょ。ご飯用意するからね」
部屋の主は冷蔵庫からキャットフードを取り出すと小皿に盛り付け目の前に置いた。
「にゃー」 お腹が空いている訳ではなかったが、食べられる時には食べてしまう。悲しい性だ。
ここのキャットフードは高級品ではない、色々と食べてきたから直ぐに分かる。でも、部屋の主が頑張って買っているのは部屋を見れば分かってしまう。
俺が食べているのをジッと見ている。よく我慢している。今までに、食べている最中に体を触って来る奴。抱きかかえる奴。マナーの分からない奴もいた。そういう時には爪を出して一振りしてやる。大体の奴は、これでおとなしくになった。
「モモ、全部食べたね。いい子だね」
恐る恐る、手を伸ばしてくる。
「にゃー」 触らしてやるよ。一宿一飯の恩義ぐらい弁えている。膝の上に乗ると丸くなった。
部屋の主は、俺の事を撫でながら色々な話を始めた。職場の事、友達の事、猫の俺相手に話してどうするんだと思う事を延々と話している。
俺も今まで色々な名前で呼ばれて来た。ソラ、ルナ、タマ、ミケ、ミー。どれも俺の名前ではない。だから返事はしなかった。
名前などどうでもいい事だと思っていた。誰も俺の名前を知らない。俺も・・・・、自分の名前など覚えていない。
それなのに、気が付いたら本当の名前を呼んでくれる誰かを探していた。首輪を付けようとする奴、檻に閉じ込めようとする奴、生きているのが不思議なくらい危険な目に遭ってきた。それなのに、探してしまう。
?
涙? 部屋の主は泣きじゃくっている。
見上げると、目を真っ赤にしているが、にっこり笑う。
「ごめんね。私なんてつまらないよね」
俺は膝から降りると窓の所に行った。
「外は寒いよ」
部屋の主は、諦めて窓を開けてくれた。
「にゃー」 世話になったな。でも、お前じゃない。
冬の街に何処と言うあてもなく彷徨、何かに辿り着けると信じていた。何を求めていたのかなんて、忘れてしまっていた。ただ、記憶の断片で蘇ってくるのは冬の寒い日に段ボールから拾い上げてくれた手の温かさだった。
「みかん」
「にゃー」 自分の名前を思い出す前に返事をしていた。そうだ俺の名前は「みかん」だ。赤毛色だからと言って主人が付けてくれた名前だ。
「やだ、この猫。返事した」
横の女は無視して名前を呼んでくれた方の足にすり寄った。
抱き上げてくれると、優しく頭を撫でてくれた。
「私ね、小学生の時に子猫を両親に内緒で飼っていた時があったの。雪の降る寒い日に段ボールの中でガタガタ震えながら懸命に鳴いていたのを黙って通り過ぎる事が出来なかったから。短い間だったけど懐いてくれたわ。この子みたいに名前を呼ぶと「にゃー」って返事してくれてね」
「にゃー」 思い出した。箱の中でおとなしくしていて・・・・、気が付いたら河川敷だった。その後は考える暇もなかった。犬に追いかけられ、子供に石を投げつかられ、酔っ払いに蹴飛ばされ、生きる残る事に精一杯だった。
「短い間って?」
「母親に見つかって、学校に行っている間に遠くに捨てられちゃった。懸命に探したけれど結局見つからなかったわ」
「そうだったの・・・・」横の女はシミジミと頷いている。
「でも、やっと会えた気がするわ。あの子猫と色が一緒だから。今頃、みかんもどこかで幸せに暮らしているよね」
もう一度、頭を優しく撫でてくれると地面に降ろされた。そうすると、子供の頃の話をしながら行ってしまった。
「にゃー」
俺の主人は振り返ってくれなかった。
静かに、窓が開いた。
「モモ、お帰り。どこに行っていたんだい、寂しかったぞ」
部屋の主が両手を出して抱き上げようとするのをすり抜けると、部屋の真ん中にある小さいテーブルの下で丸くなった。
「モモ、お腹空いたでしょ。ご飯用意するからね」
部屋の主は冷蔵庫からキャットフードを取り出すと小皿に盛り付け目の前に置いた。
「にゃー」 お腹が空いている訳ではなかったが、食べられる時には食べてしまう。悲しい性だ。
ここのキャットフードは高級品ではない、色々と食べてきたから直ぐに分かる。でも、部屋の主が頑張って買っているのは部屋を見れば分かってしまう。
俺が食べているのをジッと見ている。よく我慢している。今までに、食べている最中に体を触って来る奴。抱きかかえる奴。マナーの分からない奴もいた。そういう時には爪を出して一振りしてやる。大体の奴は、これでおとなしくになった。
「モモ、全部食べたね。いい子だね」
恐る恐る、手を伸ばしてくる。
「にゃー」 触らしてやるよ。一宿一飯の恩義ぐらい弁えている。膝の上に乗ると丸くなった。
部屋の主は、俺の事を撫でながら色々な話を始めた。職場の事、友達の事、猫の俺相手に話してどうするんだと思う事を延々と話している。
俺も今まで色々な名前で呼ばれて来た。ソラ、ルナ、タマ、ミケ、ミー。どれも俺の名前ではない。だから返事はしなかった。
名前などどうでもいい事だと思っていた。誰も俺の名前を知らない。俺も・・・・、自分の名前など覚えていない。
それなのに、気が付いたら本当の名前を呼んでくれる誰かを探していた。首輪を付けようとする奴、檻に閉じ込めようとする奴、生きているのが不思議なくらい危険な目に遭ってきた。それなのに、探してしまう。
?
涙? 部屋の主は泣きじゃくっている。
見上げると、目を真っ赤にしているが、にっこり笑う。
「ごめんね。私なんてつまらないよね」
俺は膝から降りると窓の所に行った。
「外は寒いよ」
部屋の主は、諦めて窓を開けてくれた。
「にゃー」 世話になったな。でも、お前じゃない。
冬の街に何処と言うあてもなく彷徨、何かに辿り着けると信じていた。何を求めていたのかなんて、忘れてしまっていた。ただ、記憶の断片で蘇ってくるのは冬の寒い日に段ボールから拾い上げてくれた手の温かさだった。
「みかん」
「にゃー」 自分の名前を思い出す前に返事をしていた。そうだ俺の名前は「みかん」だ。赤毛色だからと言って主人が付けてくれた名前だ。
「やだ、この猫。返事した」
横の女は無視して名前を呼んでくれた方の足にすり寄った。
抱き上げてくれると、優しく頭を撫でてくれた。
「私ね、小学生の時に子猫を両親に内緒で飼っていた時があったの。雪の降る寒い日に段ボールの中でガタガタ震えながら懸命に鳴いていたのを黙って通り過ぎる事が出来なかったから。短い間だったけど懐いてくれたわ。この子みたいに名前を呼ぶと「にゃー」って返事してくれてね」
「にゃー」 思い出した。箱の中でおとなしくしていて・・・・、気が付いたら河川敷だった。その後は考える暇もなかった。犬に追いかけられ、子供に石を投げつかられ、酔っ払いに蹴飛ばされ、生きる残る事に精一杯だった。
「短い間って?」
「母親に見つかって、学校に行っている間に遠くに捨てられちゃった。懸命に探したけれど結局見つからなかったわ」
「そうだったの・・・・」横の女はシミジミと頷いている。
「でも、やっと会えた気がするわ。あの子猫と色が一緒だから。今頃、みかんもどこかで幸せに暮らしているよね」
もう一度、頭を優しく撫でてくれると地面に降ろされた。そうすると、子供の頃の話をしながら行ってしまった。
「にゃー」
俺の主人は振り返ってくれなかった。
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