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2:スペースポートタワー編
スペースポートタワー :2
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中層部のエレベーター駅を出ると、野菜工場がドーナッツ状に広がり中心部に住居エリアと企業エリア、住民の生活に必要な商業エリアがあった。企業エリアには衛星や宇宙船などの最終組み立て工場があった。基底部とは違い人が少なく、上層部とは違い観光客が殆ど来ないローカル線に乗っていると突如現れる企業城下町のような場所だった。
植物工場はオープンな環境で栽培され、葉野菜が中心だったが果樹も数種類あった。
「天井が低いから閉鎖空間にいるのを分かっているけど、これはミカンの香りですよね。このあぜ道を歩いてスペースポートタワーのビジネスホテルに泊まろうとしているなんて、何とも言い難いギャップがありますよね」
「そうですね。これで暑ければ視界の向うに海があると信じちゃいますよね」
豊彦は、ふと立ち止まった。
「映美さん、視界の向うは海ですよ」
目を丸くして豊彦を見つめると思い出したように笑った。
「たしかにそうですね。壁の向うは見渡す限りの海。どちらを向いても海でした」
向こうから野菜の揺れる音が近づいてくると、風が吹き抜けた。そして反対側の野菜を揺らして遠ざかっていった。これが野菜でなく稲ならば・・・二人は日本の農村の風景をイメージしていた。
「豊彦くん、風が吹き抜けましたね?」
映美の疑問に気がついた。
「空調の風ではなかったですね?」
「まさか、窓が開いているとか?」
「中間圏、オゾン層の上ですよ。ここは・・・」
「人工の風ですか? 空調の流れ続ける風じゃないですよね?」
二人とも狐の嫁入りに出くわしたかのように半信半疑でホテルに辿り着いた。
自動ドアを抜けると、そこは図書館だった。
「あ、間違いましたか?」
豊彦は端末で現在位置を確認していると、映美が指さした。
「複合施設みたいですよ」
奥の方にホテルの看板があった。そちらに行くと自動ドアにホテルの名前が書いてあった。
「ここで良いみたいですね」
「みたいですね」
ホテルのカウンターにある端末にブレスレットを翳すと、部屋番号と宿泊期間がプリントアウトされた。
「5階ですね。階段で行きますか?」
少し迷った映美だったが、内階段の開放感とそこから見える植物工場には惹かれるものがあった。それに、踏みしめて一緒に上りたいと思った。
「偶には運動も良いですね」
一段上ると図書館の広さが分かり、一段上ると本棚の間の人影が見えた。階を上がると植物工場のエリア別に野菜が育てられているのが見えた。
「映美さん、あそこを見て下さい」
風が野菜を揺らして吹き抜けていった。そして豊彦は時計を見ている。
「そろそろ、反対側から来るはずです」
速度も幅も変わらず風が野菜を揺らして戻ってきた。風は建物にぶつかると見えなくなった。
「どこかに、仕掛けがありそうですね」
二人とも部屋に行くのを忘れて、風を生み出す空調装置を探した。
「風は周回して内側に入って来たから、外側に下降気流がありそうですね」
豊彦は外周部の壁際に、大型のダクトか扇風機のような物があると探していた。
「あそこ!」
映美の指さす先に、ホテルと同じくらいの大きさの箱が付いていた。
「あれですか?」
その箱にはダクトもファンも付いている様に見えなかった。
「間違いないです」
自信ありげな映美に押されるように、風が起きるのを待った。
耳を澄ますと、スペースポートタワーを包むように低い音が波の様に聞こえる。ゆっくりと大きく揺れている事も感じる。と、可聴域ぎりぎりの低い音がひとつ聞こえた。音源は良く分からなくても二人の視線は同じ場所を見ていた。
大きな箱から少し離れた野菜が押されるように頭を下げると波となって続いた。
「見ました?」
「うん、見た。さすがですね。あれが発生装置だとなぜ分かりました?」
「あの箱のこちら側は板状なのに、風の出る側は丸い穴にハニカムが付いていますよね。あの形は空気砲と同じ。たぶんハニカムの部分は風を真っ直ぐにする整流装置だと思う」
風は一周すると建物にぶつかり見えなくなった。
「月でも風は吹くのかな?」
映美はぽつりと言った。
「月基地はここまで大きくないから。でも大丈夫です。大きな基地を造るために僕は行きますから」
豊彦は、映美の気持ちに気づかない振りをした。
「さぁ、部屋に荷物を置いて基底部の観光に行きましょう。今度は豊彦くんのリクエストを叶える番です」
植物工場はオープンな環境で栽培され、葉野菜が中心だったが果樹も数種類あった。
「天井が低いから閉鎖空間にいるのを分かっているけど、これはミカンの香りですよね。このあぜ道を歩いてスペースポートタワーのビジネスホテルに泊まろうとしているなんて、何とも言い難いギャップがありますよね」
「そうですね。これで暑ければ視界の向うに海があると信じちゃいますよね」
豊彦は、ふと立ち止まった。
「映美さん、視界の向うは海ですよ」
目を丸くして豊彦を見つめると思い出したように笑った。
「たしかにそうですね。壁の向うは見渡す限りの海。どちらを向いても海でした」
向こうから野菜の揺れる音が近づいてくると、風が吹き抜けた。そして反対側の野菜を揺らして遠ざかっていった。これが野菜でなく稲ならば・・・二人は日本の農村の風景をイメージしていた。
「豊彦くん、風が吹き抜けましたね?」
映美の疑問に気がついた。
「空調の風ではなかったですね?」
「まさか、窓が開いているとか?」
「中間圏、オゾン層の上ですよ。ここは・・・」
「人工の風ですか? 空調の流れ続ける風じゃないですよね?」
二人とも狐の嫁入りに出くわしたかのように半信半疑でホテルに辿り着いた。
自動ドアを抜けると、そこは図書館だった。
「あ、間違いましたか?」
豊彦は端末で現在位置を確認していると、映美が指さした。
「複合施設みたいですよ」
奥の方にホテルの看板があった。そちらに行くと自動ドアにホテルの名前が書いてあった。
「ここで良いみたいですね」
「みたいですね」
ホテルのカウンターにある端末にブレスレットを翳すと、部屋番号と宿泊期間がプリントアウトされた。
「5階ですね。階段で行きますか?」
少し迷った映美だったが、内階段の開放感とそこから見える植物工場には惹かれるものがあった。それに、踏みしめて一緒に上りたいと思った。
「偶には運動も良いですね」
一段上ると図書館の広さが分かり、一段上ると本棚の間の人影が見えた。階を上がると植物工場のエリア別に野菜が育てられているのが見えた。
「映美さん、あそこを見て下さい」
風が野菜を揺らして吹き抜けていった。そして豊彦は時計を見ている。
「そろそろ、反対側から来るはずです」
速度も幅も変わらず風が野菜を揺らして戻ってきた。風は建物にぶつかると見えなくなった。
「どこかに、仕掛けがありそうですね」
二人とも部屋に行くのを忘れて、風を生み出す空調装置を探した。
「風は周回して内側に入って来たから、外側に下降気流がありそうですね」
豊彦は外周部の壁際に、大型のダクトか扇風機のような物があると探していた。
「あそこ!」
映美の指さす先に、ホテルと同じくらいの大きさの箱が付いていた。
「あれですか?」
その箱にはダクトもファンも付いている様に見えなかった。
「間違いないです」
自信ありげな映美に押されるように、風が起きるのを待った。
耳を澄ますと、スペースポートタワーを包むように低い音が波の様に聞こえる。ゆっくりと大きく揺れている事も感じる。と、可聴域ぎりぎりの低い音がひとつ聞こえた。音源は良く分からなくても二人の視線は同じ場所を見ていた。
大きな箱から少し離れた野菜が押されるように頭を下げると波となって続いた。
「見ました?」
「うん、見た。さすがですね。あれが発生装置だとなぜ分かりました?」
「あの箱のこちら側は板状なのに、風の出る側は丸い穴にハニカムが付いていますよね。あの形は空気砲と同じ。たぶんハニカムの部分は風を真っ直ぐにする整流装置だと思う」
風は一周すると建物にぶつかり見えなくなった。
「月でも風は吹くのかな?」
映美はぽつりと言った。
「月基地はここまで大きくないから。でも大丈夫です。大きな基地を造るために僕は行きますから」
豊彦は、映美の気持ちに気づかない振りをした。
「さぁ、部屋に荷物を置いて基底部の観光に行きましょう。今度は豊彦くんのリクエストを叶える番です」
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