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第一章
第二話
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「って、私あの時死んだ?はず?なんだけどな」
随分細く白くなった自らの手を見て一人呟いた。
以前までの浅黒く筋肉の着いた腕とは違う今にも折れてしまいそうな腕は間違いなく自分のものだった。
自らの意思に共鳴し動く二本の腕を見て、公爵令嬢としてこの世に生まれた今までの私は家の中で大切に可愛がられ育まれたのだと思いを馳せる。
何を隠そうこのファン公爵家令嬢ラシェルータこと私は今朝、というか先程「前世の記憶」なるものを取り戻したところである。
「ラシェルータだって。自分の名前が急に馬鹿らしくなったんだけど。」
なんだか可愛らしい響の名前は前世の私からすると不似合い極まりない。口に出すだけで鳥肌が止まらない。
お金持ちの家に生まれたのはちょっと嬉しいが、これからこの名前で呼ばれるのか、と思うとちょっとげんなりしてきた。せめてこんなに長々しくなかったらいいのに、と一回、寝返りをうつ。ベッドが広い。
「けど顔はそのまんまか」
寝返りのおかげで大きな鏡が見えた。
ぶすくれている私の顔は見慣れたもので少し安心する。きちんと手入れされているからだろうか。
鏡からこちらを見つめている私は前より可愛い気がした。
「それで…司…は」
司。
そうだ司は。
不本意な死の間際、四十七年一度も見たことのない顔で此方を見ていた司は一体どこにいるのだろうか。
少しあの時のあいつの顔を思い浮かべると、胸がぐちゃぐちゃして、ふわふわしてじっとしてられなくなる。
別にあれが人生で初めて告白された、とか四十を超えて生娘みたいな気色悪いことを言うわけじゃない。寧ろ人より見目はいい方で、結構な数の男から想いを伝えられた。
けれど、それは全て彼が生きていた時の話。
断る理由にはいつも彼が居て、それだけで終わる様な話だったのに、肝心の彼はもう居ない。心臓がイカれてあっけなく空へ行ってしまった。つまり今の私には断る理由が無いのだ。
それを置いても相手は一番心を許していた男が相手だ。加えてそこらの男よりもはるかにハイスペックの良い男だ。
ここまで考えて我に返った。
「つか三十五年想い続けた男が死んだ途端これって私もしかして尻軽かも…」
悲しいことに自分の言葉を否定できなかった。
正直死んだ彼を思い浮かべても全く辛くない。涙も滲みもしなかった。
自らを知らぬ間の時間が癒してくれたのだろうか。
「兎に角これからどうしよ…」
トントン
呟いた途端、神様からの思し召しか何かかのように扉がノックされた。木製の大きな戸が心地よい音を立てる。
「失礼します。お目覚めですかお嬢様。」
そう言ってから、無駄の無い動きで入ってきた俯きがちな男は漫画やテレビで見るような「執事」の格好をしていた。
年齢は余り変わらないくらいだろうか、そう薄らと思ってからそっと首を傾げその顔を覗き込む。そこにはこちらを見すえる氷のように冷たい瞳があった。そう、氷のように。
見覚えのある温度に私の体はピシリと止まる。まるで体が石になってしまったかのように動かなかった。
「司…?」
無表情な男が、顔を持ち上げる。
分かりやすく戸惑っている私を映したその目は少し見開かれたような気がした。
随分細く白くなった自らの手を見て一人呟いた。
以前までの浅黒く筋肉の着いた腕とは違う今にも折れてしまいそうな腕は間違いなく自分のものだった。
自らの意思に共鳴し動く二本の腕を見て、公爵令嬢としてこの世に生まれた今までの私は家の中で大切に可愛がられ育まれたのだと思いを馳せる。
何を隠そうこのファン公爵家令嬢ラシェルータこと私は今朝、というか先程「前世の記憶」なるものを取り戻したところである。
「ラシェルータだって。自分の名前が急に馬鹿らしくなったんだけど。」
なんだか可愛らしい響の名前は前世の私からすると不似合い極まりない。口に出すだけで鳥肌が止まらない。
お金持ちの家に生まれたのはちょっと嬉しいが、これからこの名前で呼ばれるのか、と思うとちょっとげんなりしてきた。せめてこんなに長々しくなかったらいいのに、と一回、寝返りをうつ。ベッドが広い。
「けど顔はそのまんまか」
寝返りのおかげで大きな鏡が見えた。
ぶすくれている私の顔は見慣れたもので少し安心する。きちんと手入れされているからだろうか。
鏡からこちらを見つめている私は前より可愛い気がした。
「それで…司…は」
司。
そうだ司は。
不本意な死の間際、四十七年一度も見たことのない顔で此方を見ていた司は一体どこにいるのだろうか。
少しあの時のあいつの顔を思い浮かべると、胸がぐちゃぐちゃして、ふわふわしてじっとしてられなくなる。
別にあれが人生で初めて告白された、とか四十を超えて生娘みたいな気色悪いことを言うわけじゃない。寧ろ人より見目はいい方で、結構な数の男から想いを伝えられた。
けれど、それは全て彼が生きていた時の話。
断る理由にはいつも彼が居て、それだけで終わる様な話だったのに、肝心の彼はもう居ない。心臓がイカれてあっけなく空へ行ってしまった。つまり今の私には断る理由が無いのだ。
それを置いても相手は一番心を許していた男が相手だ。加えてそこらの男よりもはるかにハイスペックの良い男だ。
ここまで考えて我に返った。
「つか三十五年想い続けた男が死んだ途端これって私もしかして尻軽かも…」
悲しいことに自分の言葉を否定できなかった。
正直死んだ彼を思い浮かべても全く辛くない。涙も滲みもしなかった。
自らを知らぬ間の時間が癒してくれたのだろうか。
「兎に角これからどうしよ…」
トントン
呟いた途端、神様からの思し召しか何かかのように扉がノックされた。木製の大きな戸が心地よい音を立てる。
「失礼します。お目覚めですかお嬢様。」
そう言ってから、無駄の無い動きで入ってきた俯きがちな男は漫画やテレビで見るような「執事」の格好をしていた。
年齢は余り変わらないくらいだろうか、そう薄らと思ってからそっと首を傾げその顔を覗き込む。そこにはこちらを見すえる氷のように冷たい瞳があった。そう、氷のように。
見覚えのある温度に私の体はピシリと止まる。まるで体が石になってしまったかのように動かなかった。
「司…?」
無表情な男が、顔を持ち上げる。
分かりやすく戸惑っている私を映したその目は少し見開かれたような気がした。
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