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 空が成仏してから二週間後、期末テストの結果が順々に返ってきた。
 今日はその数学のテストが返ってくる日だ。
 数学の先生は、クラスの平均点と一位の生徒の名前を発表してから、答案を返却する人で、数学に自信のあるやつらをソワソワさせるのだ。
 今までなら、どうせ呼ばれないとただ時間が過ぎるのを待つだけだったけれど──今日は珍しく、オレもそのソワソワする一員となっていた。
「じゃあ、クラス一位を発表するぞ~」
 先生が、教室を見回す。数学が苦手なやつらのつまんなそうな顔と、もしかしたら、と期待に満ちた顔を交互に見てから、言った。
「クラス一位は──早川陸! よく頑張ったな!」
「えぇ!?」
「早川!?」
 クラス中の視線が集まる。みんなの反応に、オレは悪い気がしなかった。そもそも、数学に限らず、オレがテストでクラス一位を獲ったのは初めてなのだから。
 数学一位常連のやつが、オレを悔しそうに見つめていた。
 オレはもう、ピエロになるのはやめたんだ。
 馬鹿なふりはしない──それは、コミュニケーションに関わらず、勉強でもそうしようと決めたのだった。
 中学受験の頃は、勉強は嫌いだと割り切って、コミュニケーションもろとも馬鹿なふりをしていたほうが楽だろうと思っていた。
 でも、空が成仏した今は違う。
 勉強が得意だった空の意志を、継いでいきたいと思ったんだ。
 だって──オレたちは、双子なんだから。
 その後、授業ごとに続々と答案が返され、放課後になった。
 ホームルームも終わり、クラスメイトたちは各々、放課後の行動に移り始める。
 真っ直ぐ帰宅するやつ、部活に行くやつ、他のクラスの友達を待つやつ。
「……オレも、部活行くか」
 スクールバッグを背負い直して、教室から出ようとしたとき、
「頼むよ、掃除当番代わってくれよ~」
 いつだったか、オレに掃除当番を押し付けてきたクラスメイトの坊主頭の声が聞こえてきた。
 今日はオレじゃなくて、普段から口数の少ないおとなしめの眼鏡男子に掃除当番を押し付けているようだった。
「い、嫌だよ……僕も今日は早く帰りたいんだ……」
「そんなこと言わずに頼むよ~、この通り~!」
 断ろうとする眼鏡の彼の声が届かないかのように、坊主頭は両手を合わせながら、その丸まった頭を下げた。
 眼鏡男子は痩せ型で、身長も低い。坊主頭は横にも縦にもでかい。
「べ、別の人に頼んでよ……」
「おっまえ、こんなに人が頼んでんだからよ~、いいじゃねぇか~」
「だ、だって……」
 ──すごいなぁ。
 眼鏡男子のほうに、オレは感心してしまう。
 あんな風に頼まれたら、昔のオレだったら、二つ返事で了承してしまっていただろう。
 でも、しっかり断ろうとしている彼は、以前のオレよりもよっぽど勇気がある。
 オレはその二人に近づいた。
「おい、やめとけって」
「早川」
 坊主頭の肩をつかむ。眼鏡の彼は、ほっとした表情でオレを見た。
「お前、この前もオレに掃除当番押し付けてきたじゃねぇか」
「あのときは……」
「一生のお願いって言ってたぜ? たまには自分でやれよ」
 つかんでいた彼の肩をぽんぽんと叩く。
 坊主頭はため息をついて、眼鏡の彼に謝った。
「……ちぇ、わかったよ~。悪かったな」
「い、いや……」
 渋々納得した坊主は、諦めて掃除ロッカーへと向かっていく。
 眼鏡男子は、坊主頭の後ろ姿を見送ってから、オレに視線を移した。
「あ、あの……、早川くん、ありがと……」
「うん、何も? オレ部活行くから、また明日な」
 手を振って、ようやく教室を出ることができた。
 廊下を歩いて、グラウンドへ向かう。放課後の廊下は、他クラスも女子も男子も入り混じっていて、賑やかだ。
 前から、知らない女子二人組が喋りながら歩いてくる。
 ロングヘアの女の子と──肩にかかるくらいの長さの髪で、タレ目の女の子。
 どことなく沙耶さんに似ている女子を、気づかれないように、こっそり横目で追ってしまう。
 ──引きずってんなぁ、オレ。

『なに見惚れてんのさ』

「うわっ!?」
 右耳のすぐそばで囁かれて、オレは思わず声を上げてしまった。突然叫び出したオレに、周りから不審な目を向けられる。
 オレを不審者に仕立て上げた張本人は、呆れた顔をして腕を組んでいた。
 そ、そそ、そ、空!?
『人をそんな幽霊を見た、みたいな目で見ないでよね、失礼な』
 いや、幽霊じゃねぇか、お前!
 なんて、そんな空のボケに突っ込んでいる余裕はない。
 オレは廊下の端に寄って、小声で空に言う。
「な、なんで空がここにいる!?」
 オレの必死の問いかけには答えず、空はオレがさっきまでいた教室の方を見た。
『それより、すごいじゃん、さっきの』
「さっきの?」
『断れない子、助けてあげたじゃん』
「あ、あぁ、まぁな。へへ」
 み、見られてたのか。
 他人に褒められるより、空に褒められるほうが、なんだか照れ臭い。
 つい、鼻の下を人差し指でこすった。
 ──って、違う!
「なんで成仏してないんだよ!?」
『いや~、なんか、成仏できなかったんだよね~。たぶんだけど、サッカー部のスタメンになるのって、別に未練じゃなかったみたい。あはは』
 あはは、って……。
 呑気に笑いやがって。
 空の分まで勉強もサッカーも一生懸命やろうと、オレなりに一大決心をしたあの気持ちを返してくれ……!
『そんなわけだから、これからもよろしくね、自慢の弟よ』
 触れないくせに、偉そうに、ポンポンとオレの肩を叩いてくる。
 嬉しそうな顔しちゃってさ。
 オレはふぅ、とため息をつく。
 ……まぁ、いっか。
「こちらこそ、お兄様」
 幽霊になった兄とオレの日常は、まだまだ続いていくようだった。
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