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 朝の六時。
 冬の風を切って、オレは近所の土手を走っていた。
 登校前に、自主練をするのが、ここ最近の日課になりつつあるのだ。
『熱心だね』
 土手をノンストップで一周走り終わって足を止めたオレに、空が話しかけてくる。
 オレは額の汗を拭いた。
「まぁな。次の練習試合でスタメン取りたいし」
『ふぅん。それは、ぼくのため?』
 ニヤニヤして聞いてくる空は相変わらず、うざったかった。
 それでも、空の本心を知ってしまった今では、前のように嫌な気持ちにはならない。
「……そうだよ」
『え?』
「空のためだよ」
『そ、そう……。ありがとう……』
「ん」
 素直なオレの返事を予想していなかったらしい空は、目をまんまるにしながらお礼を言った。
「…………」
『…………』
 オレたちの間に、こっ恥ずかしいような、くすぐったいような空気が流れる。
「……三咲先輩と沙耶さんを話し合わせようとしたときさ」
『え、うん』
 空気を変えようとしたわけじゃないけれど、ずっと聞きたかったことが口をついて出てきた。
「お前、いなくなったと思ったら急に帰ってきて、明日にすれば、とか言ってきたじゃん。あれ、どうして?」
『それは……』
 珍しく空が言いよどむ。
 しばらく視線を右往左往させていたけれど、オレが空を見つめて待っているのに気づくと、ため息をついた。
『……陸が沙耶さんのこと、幽霊だって気づいてなかったからだよ』
「……え、それだけ?」
『それだけ』
「そんなこと、さっさと言えばよかったじゃん」
 空の性格なら絶対言っているはずだ。
 それなのに、喧嘩別れした後にわざわざ戻ってきてまで、沙耶さんが幽霊だとオレが知るのを阻止しようとした理由はなんだ?
 意味がわからない、というオレに対して、空は『だってさ』と呆れた風に続けた。

『お前、本気で沙耶さんのこと好きになってただろ』

 ぼっと頬が熱を帯びるのを感じる。
 確かに空には、オレが最初から沙耶さんに好意を抱いていたのはバレていたけれど、改めて言葉にされると恥ずかしい。
 それにしたって、ちょっと気になるから、本気で好きに変わったって、空に言ったことはなかったのに……!
 これだから、双子は嫌なんだ……!
『双子とか、関係ないから。陸がわかりやすすぎなの』
 やっぱり口には出していないのに、空は『やれやれ』と言わんばかりに肩をすくめて首を横に振ってみせた。
『沙耶さんが幽霊だってわかったら、つまり、陸は失恋することになるじゃん。だから、言えなかったんだよ』
「それは……そうだけど……」
 オレは口を開けて、ぽかんとしてしまう。
 ……だって、これって、空がオレを気遣ってくれたってことだろ?
 相手の気持ちなんて、これっぽっちも考えずに、思ったことや正しいことをそのまま口にしてきた空が。
 あの、空が。
「……空、変わったな」
『え?』
「お前、昔だったら絶対言ってきてたよ。沙耶さんは幽霊だから、無駄な片思いなんて時間の無駄、さっさと諦めろ、的なこと」
『なにそれ。ぼく、すごい嫌なやつじゃん』
 そうだったんだよ、実際。
 ……空の中で何かが変わったのかな。
 オレの本音を聞いて。
 オレに本音を話して。
 沙耶さんと三咲先輩のすれ違いを見て。
「……でも、オレ、お前のそういうところ、嫌いじゃなかったよ」
『……ふぅん』
 空は満足そうに、でもちょっと照れくさそうに鼻で笑った。
『ぼくも、陸の、相手の気持ちを汲んであげられるところ、すごいと思うよ』
「……ふ、サンキュ」
『ん』
 お互い交代で相手を褒めて、また沈黙が流れる。
 ……なんだ、この時間。
 本日二度目となる、くすぐったい時が過ぎ、空の顔を見る。空もオレを見ていた。
 視線が交わり、ぷっと同時に吹き出した。
「ふ、何だこれ」
『そうだね、なんか、変なの』
 空が早くに死んでしまったこともあって、オレたち双子は、本音を言い合ったことがなかった。
 相手にムカついてたことも。
 相手に憧れていたことも。
 沙耶さんと三咲先輩を通して、本音を知ることと、話し合うことの大切さを知った。
「空」
『うん?』
「オレ、スタメン取るから、見ててよ」
 拳を空に突き出す。
 空は、一瞬キョトンとしてから、にっ、と歯を見せて笑った。
『見てるよ。弟の勇姿』
 コツン、と、触れ合わない拳が重なった。
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