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 彼女は、図書室を出て、そのまま校舎からも出た。
 どこに行くんだ……?
 オレの疑問に答えるように、彼女はにっこりと笑った。
「立ち話も疲れるし、どこか、座れるところに行こうと思って」
 そんなに長い話なの?
 本当に、何の用事なんだ?
 十二月の寒空で、日はもうとっくに落ちている。星が輝いていたが、星座に詳しくないから、オリオン座しかわからない。
 オレはもう帰り支度を済ませてあるから、防寒バッチリだったけれど、彼女は暖房の効いた室内で過ごすような薄着のままだった。
 寒くないのか……?
 びゅう、と冷たい風が吹き、彼女の髪の毛がなびく。自分が巻いているマフラーを貸してあげようか、と悩み始めたところで、
「なんの本借りてたの?」
 彼女が振り向いた。世間話のようだった。
「あ、いや、オレが借りてたわけじゃなくて、サッカー部の監督が借りてた本で。返してこいって頼まれちゃって、あはは」
 何も面白くないのに、場を盛り上げようと笑いを交えてしまう。
「あら、そうなの」
 彼女は大きなタレ目を、すっと細めた。

「都合がいい扱いを受けてるのね」

 えっ。
 ぎく、と体が固まる。
 咄嗟に返す言葉が出てこない。
 そんなことない、とか、失礼だな、とか。
 というより何より──空に似てるな、と思った。
『やっぱり、他の人から見ても、そう思うんだよ』
 オレの背後で、ウンウン、とうなずく空。
 ……まぁ、空との決定的な違いは、彼女が美少女だってことだ。
 ちょっとびっくりしたけれど、ぶっちゃけ、かわいいから何を言われても許せてしまう。
 かわいいは偉大だ。
 そんなことを話しながら、到着したのは駐輪場──の横にあるベンチ。駐輪場に自転車はチラホラ残っており、オレの自転車もその中の一つだ。
 彼女はベンチに腰を下ろし、隣に座るよう促してきた。少し距離を空けて、オレも腰を下ろす。
 女の子と並んでベンチに座った経験なんて、今までにない。
 ……ちょっと、緊張する。
「あ、自己紹介、まだだったわね。わたし、中学二年の鈴野沙耶です。沙耶で構わないわよ」
 先輩だったのか。
「ち、中学一年の早川空です……。それで、話ってなんですか……?」
「ああ、うん。そのことなんだけれど」
 ちょいちょい、と手招きされる。招かれるままに、顔を近づけると、沙耶さんの顔も近づいてくる。
 え、ちょ……。
 沙耶さんの口元が、オレの耳に寄せられて、吐息がかかる距離になった。
 心臓がバクバクする。
「あのっ……!?」
 恥ずかしさがマックスに達したとき、彼女は低い声でささやいた。

「きみ、幽霊に取り憑かれてるわよ」

 は……?
 オレは目を見開いた。
 沙耶さんは、音もなく離れていく。
 驚いたまま彼女を見ると、オレとは反対に、穏やかな笑みを浮かべていた。
「……空が、見えるんですか?」
「空くんって言うの。陸くんとおんなじ顔してるから、双子さんかな? 初めまして、わたし、沙耶って言います」
 明らかに、オレじゃなくて空の方向を見て──空と目を合わせて、会話をする沙耶さん。
 空もびっくりした表情で固まっていた。
『早川……空です。陸の、兄で……』
 自己紹介を済ませる沙耶さんに流されて、空も名乗る。
「お兄さんなのね。空くんは、どうして陸くんに取り憑いてるのかしら?」
 驚きが終わらないオレたちをよそに、沙耶さんは淡々と会話を進めていく。
『ぼくは……去年に死んで……サッカークラブのスタメンになれなかったから……』
「そうなの。だから、サッカー部の陸くんに、代わりに未練を晴らしてもらおう、ってことなのかしら」
 さすがの空も、圧倒されてただ質問に答えることしかできないようだった。
 なんなんだ、この人……!?
「あの、沙耶さん……!」
「ん? なにかしら?」
「沙耶さんが空のこと見えるのはわかりましたけど……! 沙耶さんは何が目的なんですか!?」
「…………」
 沙耶さんは黙った。
 ベンチの隣に設置されている外灯と、月明かりだけが、オレたちを照らしている。
 冬の空気が、静かだ。
「……三咲遊って知ってるわよね?」
「……え?」
 三咲って……キャプテンの三咲先輩のこと?
 なんで、また、三咲先輩の名前がここで出てくるんだ?
「知ってますけど……お世話になってる先輩です……」
 オレの回答に満足そうに、沙耶さんは笑った。
「わたしは、あいつを祟りたいのよ」
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