手が招く

五味

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二章

そして、消える 5

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「今日も一日、お疲れ様。」

互いにそのようなことを口にして、一息にグラスの中身を干しまた、互いに注ぎ合う。
そして、二度目からはそれぞれのペースで口をつける。

「まったく、こういったのがなきゃ、本当にやってられないな。」

そういって、男はグラスを片手に、男の前に並べられたいくつかの皿や小鉢、それに箸を伸ばす。

「呼び立てておいてなんだが、楠林。
 最近、そんなに忙しいのか?」

海斗は、男、楠林に声をかける。
海斗自身、何の気になしにグラスに口を付けてはいるが、二杯目のそれも既に半分以上が空いており、自分が想像以上に、こういった物を今求めているのだなと、そんなことを考えてしまう。

「ああ。まったく、うちが忙しいってのは、それだけ良くない事だからな。
 暇なら暇で、税金泥棒なんて呼ばれたりもするが、それに苦笑いでもしてるほうがまだましだっての。」

楠林、この男がどこの科に所属しているか迄、海斗は思い出せないが、確かに刑事、それが忙しいというのはつまり、事件、それも刑事事件、分類される分かり易いものとしてはそれこそ殺人であったり、が多いという事だ。
確かに、暇であることに越したことはないだろう。
海斗にしても、彼が暇をしているからと、そこに予防の意味がある以上は、声高に、彼の言うような言葉を口にする気にはなれないのだから。

「で、そっちはどうなんだ。
 いや、声がかかったからには、何かあるってのはわかってるが、ここしばらく連絡もまばらだったし。
 そっちも忙しい感じか。」

言われて海斗は、半分ほど残っていたグラスを全てからにして、自分でグラスにつぎ足すが、中途半端な量でそれもできなくなる。
それに少し不満を覚えながら、言われた言葉に、考える。
確かに忙しくはある、仕事量は明らかに増えた、だが、それは事務所として出会って、海斗本人にまでというわけでもない。

「まぁ、受ける依頼の数は増えたな。おかげで事務員、手伝い、なんだ、人を一人雇用したしな。」

そう答えれば、楠林もため息をつく。

「悪い事じゃないんだろうけどな。まったく、お互い忙しいことを単純に喜べないっていうのはなぁ。」

そうして、楠がため息をつくと、ちょうどというべきなのか、そこにこの店の給仕を一手に担う、たまに娘らしき人物が手伝ったりもしているが、店主の妻が、頼んでいない酒瓶と、料理を持ってくる。

「大の大人が、二人そろって随分と不景気そうな。
 食事の間位、明るい話をしたらどうだい。」

そういいながら、それぞれの前に、食事と、間に酒瓶を一つ置く。
これまで飲んでいたものと違い、その酒瓶は、ゆっくりと、食事と共に楽しむ用様なものだ。

「ありがとうございます。それができればいいんですけどね。」

海斗がそう答えれば、出来れば、じゃなくてそうするんだよ、そうカラカラと笑ってまた席から離れていく。
その応えに海斗は苦笑いを浮かべ、楠林は豪快に笑う。

「そりゃそうだ。どうせそうなら、こんな時くらいは話さないように、そうすりゃ、飯も上手く食えるだろうって、そういう寸法だな。」
「それはそうだが、そうできない内容もあって読んでしまってるからな。」
「だったら、なおの事。今はそれを忘れて、とりあえず食って飲もう。
 まずは飯だ。面倒な話はそれからでいいじゃないか。」

そういって、楠林が手を合わせるのをまねて、海斗も同じようにする。

「まぁ、そうだな。面倒な話は後にしよう。」

そう口にして、前に置かれた食事に手を付ければ、ここしばらく、合間に栄養補給補助食品であったり、適当な、片手で持てる、そういった物だけを口にしていたからだろう、なおの事目の前の食事がおいしく感じられる。

「最近忙しかったから、まともな食事を口にするのは久しぶりだな。」

そうして、思ったことをそのまま口に出せば、楠林も頷く。

「全くだ。忙しいとどうしても適当になるからな。
 家は一応お上の庇護があるから、弁当が届いたりするが、そっちはそうもいかないよな。」
「ああ。すかっり栄養補助食品の常連だよ。」
「そんなんじゃ、足で情報も集められないだろ。」
「自分の足で歩き回ることも稀だからな。」

そうして、海斗と楠林は、他愛もない話それを肴に、食事を進め、互いに酒を注ぎ、時には自分の手でグラスを満たし。
本題とは、海斗が楠林を呼び出す、その原因となる事柄には触れることなく、ただ、久しぶりに会った馴染みの男、それとなんでもない話をしながら、食事を進める。
久しぶりに口にするまともな、これまで口にしていたものが食用に適さないというわけではないが、それでも食事らしい食事を口にすると、海斗にしてもどこか落ち着くものがあった。
なんでもない話を互いに口にしながら、一時間ほどかけてようやく平らげると、置かれていた酒瓶も相応に減っている。

「お母さん、いいかな。」

店内にそれなりに活気が出てきた、そんな中、楠林はお互いに食事を終えた、そんなタイミングで手を振りながら、そう声をかける。
他の客も食事に、話にと忙しくしているからだろう。
その声にこたえて、すぐに呼ばれた人物がやってくる。
それにいくつかの一品料理を頼み、空いた食器を下げてもらうように頼む。
対面して座る席には、今や、酒瓶とグラスが残るばかりとなった。

「いや、今日もうまかったな。」

そういう楠林に、海斗も頷きで返し、互いに空いたグラスに、酒を注ぎ、適当に水でそれを薄める。

「本当にな。久しぶりにまともに食事をとった気がする。」
「それは良くないぞ。言えた義理じゃないが、体が資本だからな。」
「分かっちゃいるが、難しいよな。」

ある程度、酒が回ったからか、食事をとってきやすい雰囲気になったからか、海斗も言葉が少しづつ崩れてくる。

「全くだ。健康に気を遣え、風邪をひくな、体調管理も仕事の内。
 そういうなら、仕事中でもそれができるくらいの時間をよこせってなもんだ。」
「そっちは、そういって愚痴を言えば済むかもしれないが、こっちは自営業だからなぁ。」
「まだ、自営業のほうが楽なんじゃないか。
 こっちは、少し休憩すれば、その時間で何かしろと、実に賑やかなことだからな。
 確かに部署に依っちゃ暇しているのもいるが、少なくともこっちは冗談みたいな忙しさだよ。」

そうお互いに口にしながら、互いを慰めるように言葉を交わす。
そうして、食事の間は、口に入っている間はと控えめだった会話が弾む。
そうこうしているうちに、追加で頼んだ料理も運ばれて、だらだらと、それに箸を伸ばし始める。

「それで、一体どうしたんだ。」

そんな中、このままそういった話を何もせずに、ただこうして時間を過ごしてそのまま別れられれば、今日はどれだけよかっただろうか。
そんな現実から目をそらしたことを、海斗が考え始めた折に、楠林が今日の主題。海斗が彼を呼び出した理由に関して、突然切り込んでくる。

「まぁ、久しぶりにこうして顔を合わせたいっていうのも、あったんだけどな。」

そう、枕を一つ置いて、海斗は言葉を続ける。

「いま、行方不明者の捜索依頼が来ててな。」
「なんだ、蒸発か、家出か?」

楠林が、そんな言葉をため息交じりに告げる。
そうであったら、そんな単純な理由であったなら、海斗にしても気が楽であり、こうしてわざわざ彼を呼び出すでもなく、仮にそうしたとしても、こうして話をだらだらとしたうえで、また今度と、そう言えたであろう。

「いや、それがどうにも奇妙でな。」
「まぁ、そうだろうな。普通の話なら、それこそ普通にうちのところに話が来るだろうさ。」

そういって、楠林はどこか疲れたようにため息をつく。

「うちに話を持ってこれない、その手の事なんて、まぁ碌なもんじゃないだろ。」
「いや、どうなんだろうな。とにかくおかしな箸でな。」

そういうと、海斗はこれまでの事をかいつまんで、話すべきではないことを口にしないように気をつけながら、海斗に話を聞かせる。
最初は、そんな話を面白がって聞いていた楠林も、海斗の話が進む中で、しきりに首を傾げだす。
三〇を超える。つまりそれだけの期間、そういった仕事を続けている彼にとっても、海斗の話は不可解なのだろう。
それもそのはず。
話している海斗も、口にするにつけて、まったく、つまらない怪談話だと、そう感じるところがあるのだから。
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