手が招く

五味

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二章

そして、消える 2

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幾つかの証拠集め、事情を知っていそうな人間から話を聞く。
そういった、これまでと変わらない作業とも呼べる仕事を終え、海斗は事務所へと戻る。
そこで思い返すのは、やはり、不可思議な依頼、そのことだ。

既に深夜と呼べる時間ではあるが、海斗は改めて、わかったことを書きだし、纏める。
そんな作業を終えれば、とにかく不気味な一件だ。それ以外に何もわからない。
言われるまで思い出せない、いた証拠もない。
加えて、複数の人間で認識は一致している。
まさに、冗談みたいな話だ。

海斗は、羽織っているジャケットのポケットから煙草を取り出し、それに火をつけ大きく吸い込む。
こうして纏めてわかることなど、決まっている。
何もわからない、調査の指針も決まらない。
ただそれだけだ。

薄暗い部屋、机に置かれたライトスタンドと、ディスプレイの明り。
その薄暗い空間に、流れる煙を海斗はただ目で追いかける。
そもそも、最も不可解なことがある。
忘れている、それはまだいい、もちろんそれも不可解ではあるが、そうではなく、最も関係の深かったはずの両親、それが依頼人に、娘について尋ねられてそれを思い出さない、思い出せない。
その理由は一体なんだ。
対して関係性のないであろう同級生、複数いる教員、担任とはいえ、個別で顔を合わせる機会も大してないだろう教師。それらが思い出せているのに、どうして両親は思い出せない。なぜ、慌てない。
多少は関係の深そうな、少なくともこうしてここまで足を運び、それなりの、海斗にとってはそれなりだが、あの症状にとっては大金だ、それを払ってまで探そう。そう思う少女は、忘れていないというのに。
毎日、少なくとも存在程度は認識しているだろう、そんな両親が、どうして覚えていない。

流れる煙を目でぼんやりと見送りながら、海斗は考える。
灰が落ちる前に、それを灰皿に落とし、今度は携帯を取り出す。
そして、依頼人から預かった写真を再び確認する。
さて、実に快活で、面倒見の良いだろう、この娘。
少なくとも、今わかっている情報では、両親との折り合いが悪い、そう判断できる材料もない。
外ではこう振舞っているが、家の中では、その可能性も捨てきれないが。
仮にそうだとして、あの学園は、生真面目な守衛のいたあの学園は、入学した記録もない、そんな部外者の侵入を毎度毎度許し、あまつさえ所属している生徒と、そう扱うのだろうか。

そこまで考えた海斗は、煙草を灰皿に押し付け、その火をもみ消す。
両親に、会って話を聞かなければなるまい。
少なくとも、それを確認しないことには何も始まらないだろう。
海斗はついでに、顔なじみになった警官に、可能な限り直近で会いたいとメールを送る。既に一通、近々久しぶりに食事でもと、そう送ってはいたが、話が変わった。類似の事件の有無、それも確認したい。
久しぶりに、一緒に酒でも飲みながら、愚痴を聞きながらであれば、あの男も少しは知っていること、外に出しても問題ないこと程度なら、多少は囁いてくれるだろう。
これまで、海斗もなんだかんだとあの男に協力はしているのだ。

そこまでを決め、ひとまずこの件はこれで区切りと、天野は他の調査結果をまとめる。
今日で、すでに決定的な証拠が挙がった件もある。
それに関しては、近いうちにその依頼人と会って話をすることになるだろう、海斗か、伊澄かはわからないが。

そうして、一通りの作業が終わるころには、時刻は既に夜よりも朝が近い時間となっていた。
歩き回り、立ち尽くし、そしてこうしてデスクワーク。
海斗は疲労を感じ、事務所の一室をそうしている、仮眠室へと入る。
そういえば、あの借りている安アパート、そこに最後に帰ったのはいつだったか、そんなことを考えながら。

翌日、昼前に目を覚ました海斗は、物音が聞こえ事務所に顔を出す。
仕切りで区切られた、天野の作業スペースの外では、伊澄が昨夜海斗のまとめた書類を処理していた。

「おはようございます、海斗さん。昨日もお泊りですか。」

そう声を掛けられる。
毎日決まった時間に出勤する彼女であれば、海斗が帰っているかどうか、聞かなくてもわかるだろう。
それを、暗に帰らないことを責められているのか、そう感じた海斗は、気のない風に言葉を返す。

「ああ、おはよう。それが一番無駄がないからな。
 最後に帰ったのはいつだか覚えていない。いっそ解約してここに住むほうが楽かもな。」

言いながら、海斗は自分の席に座り、煙草に火をつける。
伊澄がここに来るようになるまでは、吸い殻の残る灰皿も、飲みかけのコーヒーが入ったマグカップも、この机に残されていただろうが、今はきれいになった灰皿が置かれ、飲みかけのカップは存在しない。

「でしたら、構わないのですが。
 あのソファーではゆっくり休めないでしょう。引き払ってせめて寝具くらいは。」

そういいながら、伊澄はこーひの入ったマグカップを海斗の机に置く。
海斗は自身の邪推を、恥じる。

「ありがとう。だが、あれも慣れればいいものなんだがな。」

海斗は、あの小さなソファーで寝るのも嫌いではない。
二人で並べば肩も当たるだろう、その程度のサイズだが、その座面に背中を置き、両脇のひじ掛けに頭を乗せ、その反対側から足をだらりと垂らす。慣れると案外悪くないものだ。
少なくとも海斗はそう感じている。

「慣れがいる時点で、我慢をしてますよ、それ。」

そういいながら、伊澄が海斗の決裁が必要な幾つかの書類を持ってくる。
その内容を確認しながら、順にサインを行っていく。
相変わらず、夜中にものによってはメモ紙に、書いただけのものでも、こうしてきちんと書式が整えられる。
それを確認しながら、海斗も伊澄に声をかける。

「昨晩で、証拠が揃った件が2つある。」
「はい、こちらですね。」

海斗が声をかけると、すぐに伊澄が該当の依頼表を取り出す。

「ああ、これが報告書、それから封筒の中に、証拠物。
 依頼人に連絡して、受け渡しを行ってくれ。」
「分かりました。空いた時間分、新規の依頼を受けますか?」

その言葉に、海斗は迷いなく答える。

「いや、今はいい。行方不明の学生の件だが、手間がかかりそうだ。」
「そうなのですか?」
「ああ。所詮学生の家出、それくらいだろうと踏んでいたが。」

そこまで言って、海斗はマグカップの中身を一息に飲み干す。
寝起きという事もあり、少しはっきりしなかった思考が醒める。

「どうも、思ったより厄介な事態みたいだ。」

そう告げると、伊澄は、そうですか。そう答えて受け取った報告書に付箋を張り付け、そこに依頼人の名前を書き込んでいる。
そして、いつもの様子で海斗に尋ねる。

「そうなると、調査費はどうしましょう。私が交渉しましょうか。」
「いや、いいさ。どうせほとんどただ同然で受けている。」

海斗にとってはそうでも、依頼人には高額なのは間違いないだろう。
あの年ごろであれば、最高額の紙幣が二枚というのは、なかなか負担だろう。
渡された封筒の中身を考えれば、ごく一部ではあるし、あの依頼人は分かりましたと、そういってはらいそうではあるが。

「相変わらず、人がいいんですね。」

伊澄は、苦い顔でそう海斗をからかう。

「そんなんじゃないさ。子供と侮ったこちらのミス、それを認めているだけだ。」

そう海斗が言えば、はいはいと気のない返事が伊澄からは帰ってくる。

「それで、そちらに関しては何か依頼人にお伝えすることはありますか?」

言われた海斗は少し考え、首を振る。
昨日少し調べただけ、それでわかったあまりに訳の分からないことを伝えても、困るだけだろう。
何もわかっていない、それとも、もっと訳が分からないことが判明しました。
そのどちらかしか、今のところ、依頼人に伝えられることはないのだから。

「ああ、依頼人から、調査対象の住所を聞いてみてくれ。」
「分かりました。」

そう答えた伊澄が早速携帯を触っている。
どうやら今すぐに、連絡だけは行ってくれるようだ。
優秀なスタッフだな、そんなことを伊澄を見ながら、海斗は考える。
偶然の再会で、偶然境遇が都合よく。まさに偶然の産物でしかなかったが、実に喜ばしいことだ。

「返信がありました。そちらに転送しますね。」
「ありがとう。少し調査対象の両親にも探りを入れてみる。」

経過の詳細どころか、概要も話していない伊澄にしてみれば、何故それが必要なのかはわからないだろう。
だが、海斗はその必要性を強く感じていた。
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