手が招く

五味

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一章

失踪した友人 5

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「なぁ、おっちゃん。ちょっといいっすか。」

この年頃の男ども食欲は、海斗自身も覚えがあったがすごいものだと、ぼんやりと眺めていた。
数千円を超えた食料は瞬く間に消えうせ、一人の生徒が、いや、流石に俺がゴミ捨て位しますよ。
そういってごみをコンビニに捨てに行き戻ってきたとき、担任をユナちゃんと呼んでいた生徒から声がかかる。
食べ物を与えたからか、こちらを少し敬うような、そんな印象を受けるようになっているのが、何となくらしくて海斗にはほほえましく思えた。

「ああ。どうかしたのか。」
「いや、なんか、ユナちゃん。じゃないやうちの担任の浅野先生が少し話を聞きたいって言ってるらしくて。」

海斗として、その申し出は願ってもいないことだ。
懐から、名刺入れを取り出し、その男子学生に渡す。
それを見て、おー、探偵とか、マジカッケーなどというのを見て、現実の探偵は夢も希望もないぞ。などと益体もないことを考えてしまう。
他の生徒が、マジか、見せろよ、と言ってくるのを、抑えて、名詞の写真を撮り、それから他の面々に名刺を渡している。
印刷すればいくらでも作れるから、人数分渡してしまってもいいのだろうか、まぁ、彼らにとっては仲間内に一枚、そのほうが嬉しかろうと、取り出さずにいると、海斗の携帯が鳴る。

「多分。ユナちゃんからだと思います。」

その言葉に、ありがとうと答え、登録していない番号からの電話に出る。

「はい。川辻調査代行サービスです。」
「あの、初めまして。沼泉学園の教師をしている、麻野夢菜と申します。
 川辻海斗さまのお電話で、間違いないでしょうか。」
「はい、間違いありません。今、そちらの学園の生徒から少し話を聞かせていただいておりまして。」
「その、その件なのですが、少し、お時間いただけないでしょうか。
 大変お手数おかけいたしますが、一度、当学園にお越しいただいても宜しいでしょうか。」

海斗はその申し出に喜ぶ。話が早そうだと。これで、調査対象に関するさらに細かい情報が手に入るだろう。

「はい。もちろんです。日時に関してですが、いつがご都合宜しいでしょうか。
 私は、明日は少し予定がありますので、明後日のこの17時以降であれば。」
「その、今から、すぐにというのは。」
「ええ、もちろん大丈夫です。その、どちらにお伺いさせて頂けば。」
「学園迄ご足労頂いても宜しいでしょうか。急なお願いで恐縮ですが。」
「分かりました。今から向かわせていただきます。そうですね、20分ほど、お時間見ていただいても。」
「はい。急な申し出を受けていただきありがとうございます。
 学園にお越しになったら、守衛の方に浅野の名前をお出しください。
 私から伝えておきますので。」

分かりました、そう答えて、海斗は少し社交辞令を交えて通話を切る。
その間に、食欲旺盛な若者たちは、こちらに迷惑をかけたのではないかと、そう心配になったのだろうか。
全員、喋りもせずに、海斗に視線を向けていた。

「ありがとう。おかげで助かったよ。」
「いや、それならよかったけど。おっさんも仕事中だろ。急に呼び出されて大変なんじゃ。」
「大丈夫だ。子供がそんなことまで気にするもんじゃないさ。」

そう、苦笑いとともに伝えれば、根が良い子なのだろう。

「ならいいけどさ。それにしても、なんで俺ら忘れてたんだろう。
 まぁ、手伝えることがあったら声かけてくれよ。知ってることなら話すしさ。」

そんなことを伝えられる。
海斗はそれに手を挙げて応えて、すぐに移動を始める。
この後は、すでに依頼を受けている事項の調査を行うまで、まだ時間はある。
少し話を聞くくらいであれば、問題にはならないだろう。

10分と少しも歩けば、目的地である沼泉学園にたどり着く。
校門の傍らにある守衛室、そこに声をかけ、要件を伝えれば、外来を示す証明書が首から下げるストラップと合わせて渡さられる。
どこに行けばと尋ねれば、どうやら浅野と名乗っていた女性がこちら迄迎えに来るとのことらしい。
ずいぶんと遅い時間、遠くから、部活にでも励んでいるのだろう生徒の声が少し聞こえるが、校舎からは見るだけで静けさが伝わってくるようだ。

そのまま少し待っていれば、線の細い女性が、守衛室にやってくる。

「急にお呼び立てしたうえ、お待たせしてしまって申し訳ございません。」
「いえ、こちらこそ。急にお時間とっていただきありがとうございます。」

海斗はそういいながら、名刺を差し出す。

「川辻調査代行サービス、川辻海斗です。」
「沼泉学園で教師をしている、浅野夢菜です。」

お互いに名前を名乗ると、浅野は海斗にこちらへどうぞ、そう告げて歩き出す。
校舎へと案内されるままについていけば、そのまま応接室なのだろうか。
海斗としては、そんなものが学校にあることに驚いた。

「申し訳ありません、少しお持ちさせていただくものがありますので、こちらでお待ちいただけますか。」

そういわれ、海斗は一人そこに残される。
さて、ここまでは海斗の想像以上に話が早く進んでいる。
ただ、問題は、だれもかれもが調査を行うべき対象を忘れていることだ。
さて、ここまで浅野と名乗った女性からその名前は出ていないが、彼女はどうなのだろうか。
そんなことを考えながら、少し待てば、出席簿といくらかの書類だろう。
それをもって、浅野が戻ってくる。

「お待たせしました。」

そういって、海斗の向かいに座り、すぐに出席簿を開く。

「その、私も最初は誰だか思い出せず、生徒と話しているうちに思い出したのですが。」

そう、暗い表情で浅野は告げる。

「中村菜緒さん。確かに、今は思い出しています。明るい子で、クラスでもひときわ目立つそんな子です。
 本当に、なんで忘れてしまっているのか、忘れてしまっていたのか。」

そういって、これを見てください、そう浅野は出席簿の一部を指さす。

「今は、確かに覚えています。私のクラスにいました。でも、此処に。」

指の示す先を、海斗も自分の目で確認する。
そこには名前が並んでいて、富岡、その次には仁科。
五十音順に並んでいるはずのそこに、中村は存在しない。

「これが、間違っている、という事は。」

海斗はやけにのどが渇く感覚に襲われる。
季節柄の感想もあるだろうが、それ以上に喉がかさつき、したが口に張り付くような、そんな感覚に襲われる。

「今年に入ってからの、毎月の控えが、これです。」

浅野が一緒に持ってきていた書類を、海斗の前に並べる。
部外者に、こうもあっさりと公開していいものではないだろう、そういう思考も働くが、海斗はすぐに名前を追っていく。
だが、その何処にも、あるべき場所に中村の表記がない。

「その、私も覚えています。先週まで、確かに出席していたはずなんです。
 それでも、こうして出席簿には名前がない。」

こちらを。そういって浅野は一枚の紙を出す。
そこには、自筆だろう。調査対象の名前が書かれた紙がある。

「中村さんの提出物は、こうしていくつか見つけたんですよ。」

浅野が震える声でそう告げる。
ほら、私の担当している科目のプリント、それがこうして提出されているんです。
そういいながら触れた紙の束が崩れたのは浅野が意図しての事か、それとも震える手のせいか。

「失礼します。」

海斗はそう声をかけ、いくつかの紙、そこに書かれた名前が一度に確認できるように並べる。
名前の書き方に違和感はない。
どれも一見して、別人が書いたようなものではない。

「その、川辻さんが、調査をしていることをお聞きしても。」

浅野の言葉に、海斗は今更ながらに説明していなかったことを思い出す。
彼は簡単に経緯を語る。

「そうですね。私も上沼さんと中村さんが一緒にいるところは、よく目にしました。」

そういって、浅野は震える声で続ける。

「言われれば思い出せるんです、いえ、確認されたら覚えていたんです。
 でも、なんで確認されるまで、なんとも思わなかったのでしょう。」

海斗は、それにこたえられなかった。
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