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「じゃ、行ってきます。」
昨日と同じく、祖母からなにかの食べ物をまた持たされて、見送られる。
「はい、行ってらっしゃい。」
「うん。」
いつもならその声を背に、ふらりと出かけるのだけれど、今日は祖父の頭から離れないため、足取りが重い。
手癖で出来る課題の類と違って、今日は外をふらふらと歩いている間にも、その言葉が常にどこか重さを与えてくれた。
「どうかしたの。」
「まぁ、うん。じーさんから言われたことをね。」
そう、色々考えてしまう。
あってから決めようだなんて、そうして先送りにしても、こうして時間が近づくたびに、奥底にしまい込んだはずがふわふわと浮かんでくる。
面倒だ、どうしても、そう感じてしまう。良くない事だと分かっているのだけれど。
「そう。」
「うん。どうしようかなって。」
そうして肩を落として祖母に伝えれば、祖母はただ笑って返してきた。
「好きにしたらいいのよ。」
「でも。」
「誘っても、断るかもしれない。お爺さんはね、その子も心配しているだけなのよ。」
「僕があの子を追い出せば。」
「そうね、解決したかもしれないわね。それとももっとひどい方向に行ったのかしら。」
「それは。」
「だって、その子は別の場所を探すでしょう。今度は、これまで危ないと避けた道を選んでしまうかもしれないもの。」
祖母にそう言われて、僕は初めて気が付いた。
彼女も目的があるからここに来ているのであって、一つ所が駄目と言われて、直ぐに帰るとも限らないのだ。
「そうかも。」
「そうなのよ。」
あの人は昔から言葉が足りないから。
祖母はそういってため息をつくと、僕に話しかける。
「本当に好きにしたらいいのよ。それこそ何時から何時まで、それだけ聞いてもらえば、その前後で私から聞いている連絡先に確認して、無事かどうか確認すればいいんだもの。
あなたが、合わなかったら、その時に対応すればいいんだもの。
ただ、私達は出来る事が有るから、やってあげてもいいかな、そう考えてるだけよ。」
「難しいね。」
祖母の言葉は難しい。
無かったことに、見なかったことに、そうするのが一番簡単だと、それくらいは僕にもわかるから。
「難しく考えるから、難しいのよ。」
祖母は変わらず笑いながら話しかける。
「そう、かな。」
「ええ。」
祖父の言葉が足りないと、そういう祖母の言葉が足りている気もしない。
それについては僕が言えたことではないと、そういった自覚はあるけど。
「あってから、話して、それで。」
「ええ。それで。あなたはきちんとしてるから。」
「そうでもないと思うけど。」
「そうでなきゃ、初めて会った相手に連絡先なんて、教えないわよ。
きっと悲鳴を上げて逃げているわ。夜中に山の中、見知らぬ人に会ったら、怖いでしょう。」
祖母がそういって、帽子の上から数回頭を叩く。
「さ、行ってらっしゃい。難しいことはさっと片づけて。」
「うん。」
そう言われて祖母に背を向ける。
「今日片づけてしまえば、明日からはいつも通りなのよ。」
「そっか、そうだね。」
背中越しにかけられた祖母の言葉に、ただ頷く。
言われてみればそうだ、結果がどうなるかは分からないけど、とりあえず話すだけ話してしまえば、それで終わるんだ。
そして、終わってしまえばこの問題も終わり。
それ以上はないんだから。
「じゃ、行ってきます。」
「はい。行ってらっしゃい。体が冷えないうちに戻ってきなさいね。」
祖母からはいつも通りの言葉で送り出される。
「うん。でも、ばーさんは、どっちがいいの。」
「正直に言えば、どちらでも。一番いいのは、あなたが一番うれしい結果になる事ね。」
そのあたりは、祖父も祖母も変わらない。
僕が楽しいかと聞いても、二人はそれに応えず、じゃあやってみなさい。そうとだけ。
今回も、どうやら同じらしい。
僕がいいと思う、それをやりなさいと、そうとだけ背中を押される。
「うん。話して、聞いてみる。」
「そうね。」
「結果は、うん、また、話すね。」
そうとだけ言って、家を出て、歩き出す。
さて、今日も彼女はいるのだろうか。
ここ数日と同じように、望遠鏡を覗き込みながら。
昨日と同じように、僕は僕で、それなりに嵩張る荷物を持って歩き出す。
どう切り出そうかとか、どのタイミングで話してみようかとか、もう話すことは決めた物として、考えながら。
そして、歩きながらも、考えてみる。
他の親戚と、この家で合うことはない。母方の親戚は祖父母以外に見たことが無い。
だから、本当に、これまでなら僕がいつふらりと来ても、ここにはそれだけだった。
誘ってしまい、彼女が受け入れてしまえば、彼女が、それを厚かましいと言ったりはしないけれど、祖父母とやり取りをして、今後僕が来た時にいるかもしれない。
そして、気の良い祖父母が、彼女の部活に理解を示せば、それ毎、なんてことになるかもしれない。
離れていたものが、ここにもやってくる。
それを僕は受け入れられるのだろうか。
そして、そうなったとき、僕がもし寄り付かなくなったら、祖父母はどう考えるのだろうか。
新しく来た相手に、ちょっと複雑な感情を持つだけならいいけれど、原因だけ作って、後はと寄り付かなくなった僕が、もし、祖父母にどうこう思われてしまったら嫌だなと、そんなことを考えてしまう。
昨日と同じく、祖母からなにかの食べ物をまた持たされて、見送られる。
「はい、行ってらっしゃい。」
「うん。」
いつもならその声を背に、ふらりと出かけるのだけれど、今日は祖父の頭から離れないため、足取りが重い。
手癖で出来る課題の類と違って、今日は外をふらふらと歩いている間にも、その言葉が常にどこか重さを与えてくれた。
「どうかしたの。」
「まぁ、うん。じーさんから言われたことをね。」
そう、色々考えてしまう。
あってから決めようだなんて、そうして先送りにしても、こうして時間が近づくたびに、奥底にしまい込んだはずがふわふわと浮かんでくる。
面倒だ、どうしても、そう感じてしまう。良くない事だと分かっているのだけれど。
「そう。」
「うん。どうしようかなって。」
そうして肩を落として祖母に伝えれば、祖母はただ笑って返してきた。
「好きにしたらいいのよ。」
「でも。」
「誘っても、断るかもしれない。お爺さんはね、その子も心配しているだけなのよ。」
「僕があの子を追い出せば。」
「そうね、解決したかもしれないわね。それとももっとひどい方向に行ったのかしら。」
「それは。」
「だって、その子は別の場所を探すでしょう。今度は、これまで危ないと避けた道を選んでしまうかもしれないもの。」
祖母にそう言われて、僕は初めて気が付いた。
彼女も目的があるからここに来ているのであって、一つ所が駄目と言われて、直ぐに帰るとも限らないのだ。
「そうかも。」
「そうなのよ。」
あの人は昔から言葉が足りないから。
祖母はそういってため息をつくと、僕に話しかける。
「本当に好きにしたらいいのよ。それこそ何時から何時まで、それだけ聞いてもらえば、その前後で私から聞いている連絡先に確認して、無事かどうか確認すればいいんだもの。
あなたが、合わなかったら、その時に対応すればいいんだもの。
ただ、私達は出来る事が有るから、やってあげてもいいかな、そう考えてるだけよ。」
「難しいね。」
祖母の言葉は難しい。
無かったことに、見なかったことに、そうするのが一番簡単だと、それくらいは僕にもわかるから。
「難しく考えるから、難しいのよ。」
祖母は変わらず笑いながら話しかける。
「そう、かな。」
「ええ。」
祖父の言葉が足りないと、そういう祖母の言葉が足りている気もしない。
それについては僕が言えたことではないと、そういった自覚はあるけど。
「あってから、話して、それで。」
「ええ。それで。あなたはきちんとしてるから。」
「そうでもないと思うけど。」
「そうでなきゃ、初めて会った相手に連絡先なんて、教えないわよ。
きっと悲鳴を上げて逃げているわ。夜中に山の中、見知らぬ人に会ったら、怖いでしょう。」
祖母がそういって、帽子の上から数回頭を叩く。
「さ、行ってらっしゃい。難しいことはさっと片づけて。」
「うん。」
そう言われて祖母に背を向ける。
「今日片づけてしまえば、明日からはいつも通りなのよ。」
「そっか、そうだね。」
背中越しにかけられた祖母の言葉に、ただ頷く。
言われてみればそうだ、結果がどうなるかは分からないけど、とりあえず話すだけ話してしまえば、それで終わるんだ。
そして、終わってしまえばこの問題も終わり。
それ以上はないんだから。
「じゃ、行ってきます。」
「はい。行ってらっしゃい。体が冷えないうちに戻ってきなさいね。」
祖母からはいつも通りの言葉で送り出される。
「うん。でも、ばーさんは、どっちがいいの。」
「正直に言えば、どちらでも。一番いいのは、あなたが一番うれしい結果になる事ね。」
そのあたりは、祖父も祖母も変わらない。
僕が楽しいかと聞いても、二人はそれに応えず、じゃあやってみなさい。そうとだけ。
今回も、どうやら同じらしい。
僕がいいと思う、それをやりなさいと、そうとだけ背中を押される。
「うん。話して、聞いてみる。」
「そうね。」
「結果は、うん、また、話すね。」
そうとだけ言って、家を出て、歩き出す。
さて、今日も彼女はいるのだろうか。
ここ数日と同じように、望遠鏡を覗き込みながら。
昨日と同じように、僕は僕で、それなりに嵩張る荷物を持って歩き出す。
どう切り出そうかとか、どのタイミングで話してみようかとか、もう話すことは決めた物として、考えながら。
そして、歩きながらも、考えてみる。
他の親戚と、この家で合うことはない。母方の親戚は祖父母以外に見たことが無い。
だから、本当に、これまでなら僕がいつふらりと来ても、ここにはそれだけだった。
誘ってしまい、彼女が受け入れてしまえば、彼女が、それを厚かましいと言ったりはしないけれど、祖父母とやり取りをして、今後僕が来た時にいるかもしれない。
そして、気の良い祖父母が、彼女の部活に理解を示せば、それ毎、なんてことになるかもしれない。
離れていたものが、ここにもやってくる。
それを僕は受け入れられるのだろうか。
そして、そうなったとき、僕がもし寄り付かなくなったら、祖父母はどう考えるのだろうか。
新しく来た相手に、ちょっと複雑な感情を持つだけならいいけれど、原因だけ作って、後はと寄り付かなくなった僕が、もし、祖父母にどうこう思われてしまったら嫌だなと、そんなことを考えてしまう。
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