11 / 66
2-6
しおりを挟む
「ただいま。」
時間は10時にそろそろ差し掛かろうかというころ、僕は祖父母の家に戻ってきた。
出たときには7時を少し回ったばかり。
もう少し長い時間いたかなとも思っていたけれど、そこまででもなかったようだ。
「はい、お帰りなさい。冷えたでしょう。」
「うん。思ったよりも寒かったよ。」
「そうでしょうとも。お風呂、入ったら寝てしまいなさい。」
「ありがとう。起きてなくても、良かったのに。」
「いつももう少し遅くまで起きていますよ。」
そういって笑う祖母に、そういえばここに来た時は、もっと早い時間に寝ていたと、今更そんなことを実感する。
これまで、僕が起きている間に、祖父母が寝ているのを見たことが無かった。
それこそ朝早く、僕が起きるときには起きているし、寝てからの事は分かるわけもない。
「ありがと。じーさんは、まだ起きてる。」
「ええ。起きていますよ。何かありましたか。」
「うん、まぁ。でも明日の朝でもいいかな。あまり遅くには悪いし。」
「そうですか。忘れないなら、それでいいでしょう。さ、とりあえず先に温まっていらっしゃい。」
そう言われて、僕は浴室へと向かい、そこで改めて今日の事を考える。
あの制服を着ていた子、一人でなかなかの大荷物だろう。
それをわざわざ、近くに止まれるからと言って、そこまで運んで、さらにそれを持って山を登って。
そこまでして、何かを見たいと、そう考えて来ていたのだろう。その割に、こちらを気にしてばかりで、手が止まっていたけれど。
僕にとって、此処に来ることが大事なのと同じように、彼女にとってそれは大事な事なのだろう。そうであるなら、祖父に駄目だと、そう言われなければいいな、そんなことを考えてしまう。残念ながら決めるのは僕ではないけれど、それでも祖父に許してもらえるように、頼んでみるくらいはしてもいいかなと、そんな事をぼんやりと考える。
自分勝手な考えだけれど、何となく祖父は許してくれそうな気がしている。
危ない事、例えば山の向こうその道に危険があるなら、それは断る理由になるだろうが、このあたりにはかぶれたり肌が切れる様な、そんな草が生えるのだ。
制服、それもスカートで、大荷物を持って。そんな事ができるくらいには向こうに続く、恐らく続いている道は安全な物なのだろう。なら、祖父はそれを理由にしないだろうと。
そして道があるなら、何となくだけれど、その向こうに何があるのか、祖父は知っている気がするのだ。
だから、まぁ僕が嫌だと、追い出したい、一人の場が欲しい、よほど強くそんなことを言わない限りは、祖父はきっと大丈夫。そんな風に思う。
ただ、どうだろう、僕がそんなことを言えば、それこそ祖父は、これまで見たことが無い、困った顔を浮かべるかもしれない。それを見てみたい、なんて少し子供っぽいことを考えてしまうが、それは流石に抑える。
一人で、元々いた場所から離れて、自分が求めた場所。
それをやっと見つけられたのだとしたら、それがいきなりなくなるのはかわいそうだな。
どうしても、そんなことを考えずにはいられない。
僕にしても、どうなのだろう。もし、あの日、子供の頃の、あの良く分からない衝動を覚えた日、祖父母の家、それを思いつかなかったら、どこに行ったのだろうか。
とにかくあの日は、それ以降もなんだかやけに疲れてしまって、そのたびにここに来た。
つまりここに来れば、その疲れが癒せると、そう考えて。
彼女もここに来れば、目的が果たせると、天体観測だろうけれど、それが果たせると、此処を探し当ててたどり着いた。
経緯は違うのだろうけれど、そこには何となく同じ。もともといる場所では無理だった何か、それを探して流れ着いた、そんな共通点があるのだから。
「許してもらえるといいけど。」
そう口に出してみれば、少々弱気な声が出てしまった。
頭の中で考えた祖父は、危ないのかそれを聞いて僕がいいやと答えれば、ならいいと、そういうのだが、実際にそれが分かるのは明日なのだから。
「それでも、ギターは弾きに行くんだけど。」
あの子にとって大事な場所かもしれないが、それは僕にとっても変わらない。
なるべく邪魔はしたくないが、それでも今回ここに来たのは、山を登って、のんびりと弦をはじく、それも目的の一つだったりするのだから。それが無ければ、ああも嵩張るギターケースを肩に担いできたりはしないのだし。
短い時間だから、そこは堪えて欲しい。
だがどうだろう、嫌いな、興味の無い曲であれば、それこそ彼女でなくとも不愉快に感じるだろう。
僕にだって、そう思う曲はあるわけだし。
なら、せめて引いている曲や音が嫌でないかくらいは、確認しようと、改めてそう思う。
サウンドホールカバーとミュートはつけてあるけれど、それでも音はある程度、特に虫の声とかすかな鳥の鳴き声、葉と枝がこすれる音、損な物しかしない場所ではよく響くだろうから。
そうして、つらつらと取り留めもないことを考えながら、暫く湯船に揺られてから、しっかり体を温めた後は、そのまま眠る。
話すのは明日の朝。いつものように、祖父と肩を並べて、お互いにお互いの鉢を整えながら、それでいいかと。
時間は10時にそろそろ差し掛かろうかというころ、僕は祖父母の家に戻ってきた。
出たときには7時を少し回ったばかり。
もう少し長い時間いたかなとも思っていたけれど、そこまででもなかったようだ。
「はい、お帰りなさい。冷えたでしょう。」
「うん。思ったよりも寒かったよ。」
「そうでしょうとも。お風呂、入ったら寝てしまいなさい。」
「ありがとう。起きてなくても、良かったのに。」
「いつももう少し遅くまで起きていますよ。」
そういって笑う祖母に、そういえばここに来た時は、もっと早い時間に寝ていたと、今更そんなことを実感する。
これまで、僕が起きている間に、祖父母が寝ているのを見たことが無かった。
それこそ朝早く、僕が起きるときには起きているし、寝てからの事は分かるわけもない。
「ありがと。じーさんは、まだ起きてる。」
「ええ。起きていますよ。何かありましたか。」
「うん、まぁ。でも明日の朝でもいいかな。あまり遅くには悪いし。」
「そうですか。忘れないなら、それでいいでしょう。さ、とりあえず先に温まっていらっしゃい。」
そう言われて、僕は浴室へと向かい、そこで改めて今日の事を考える。
あの制服を着ていた子、一人でなかなかの大荷物だろう。
それをわざわざ、近くに止まれるからと言って、そこまで運んで、さらにそれを持って山を登って。
そこまでして、何かを見たいと、そう考えて来ていたのだろう。その割に、こちらを気にしてばかりで、手が止まっていたけれど。
僕にとって、此処に来ることが大事なのと同じように、彼女にとってそれは大事な事なのだろう。そうであるなら、祖父に駄目だと、そう言われなければいいな、そんなことを考えてしまう。残念ながら決めるのは僕ではないけれど、それでも祖父に許してもらえるように、頼んでみるくらいはしてもいいかなと、そんな事をぼんやりと考える。
自分勝手な考えだけれど、何となく祖父は許してくれそうな気がしている。
危ない事、例えば山の向こうその道に危険があるなら、それは断る理由になるだろうが、このあたりにはかぶれたり肌が切れる様な、そんな草が生えるのだ。
制服、それもスカートで、大荷物を持って。そんな事ができるくらいには向こうに続く、恐らく続いている道は安全な物なのだろう。なら、祖父はそれを理由にしないだろうと。
そして道があるなら、何となくだけれど、その向こうに何があるのか、祖父は知っている気がするのだ。
だから、まぁ僕が嫌だと、追い出したい、一人の場が欲しい、よほど強くそんなことを言わない限りは、祖父はきっと大丈夫。そんな風に思う。
ただ、どうだろう、僕がそんなことを言えば、それこそ祖父は、これまで見たことが無い、困った顔を浮かべるかもしれない。それを見てみたい、なんて少し子供っぽいことを考えてしまうが、それは流石に抑える。
一人で、元々いた場所から離れて、自分が求めた場所。
それをやっと見つけられたのだとしたら、それがいきなりなくなるのはかわいそうだな。
どうしても、そんなことを考えずにはいられない。
僕にしても、どうなのだろう。もし、あの日、子供の頃の、あの良く分からない衝動を覚えた日、祖父母の家、それを思いつかなかったら、どこに行ったのだろうか。
とにかくあの日は、それ以降もなんだかやけに疲れてしまって、そのたびにここに来た。
つまりここに来れば、その疲れが癒せると、そう考えて。
彼女もここに来れば、目的が果たせると、天体観測だろうけれど、それが果たせると、此処を探し当ててたどり着いた。
経緯は違うのだろうけれど、そこには何となく同じ。もともといる場所では無理だった何か、それを探して流れ着いた、そんな共通点があるのだから。
「許してもらえるといいけど。」
そう口に出してみれば、少々弱気な声が出てしまった。
頭の中で考えた祖父は、危ないのかそれを聞いて僕がいいやと答えれば、ならいいと、そういうのだが、実際にそれが分かるのは明日なのだから。
「それでも、ギターは弾きに行くんだけど。」
あの子にとって大事な場所かもしれないが、それは僕にとっても変わらない。
なるべく邪魔はしたくないが、それでも今回ここに来たのは、山を登って、のんびりと弦をはじく、それも目的の一つだったりするのだから。それが無ければ、ああも嵩張るギターケースを肩に担いできたりはしないのだし。
短い時間だから、そこは堪えて欲しい。
だがどうだろう、嫌いな、興味の無い曲であれば、それこそ彼女でなくとも不愉快に感じるだろう。
僕にだって、そう思う曲はあるわけだし。
なら、せめて引いている曲や音が嫌でないかくらいは、確認しようと、改めてそう思う。
サウンドホールカバーとミュートはつけてあるけれど、それでも音はある程度、特に虫の声とかすかな鳥の鳴き声、葉と枝がこすれる音、損な物しかしない場所ではよく響くだろうから。
そうして、つらつらと取り留めもないことを考えながら、暫く湯船に揺られてから、しっかり体を温めた後は、そのまま眠る。
話すのは明日の朝。いつものように、祖父と肩を並べて、お互いにお互いの鉢を整えながら、それでいいかと。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
Y/K Out Side Joker . コート上の海将
高嶋ソック
青春
ある年の全米オープン決勝戦の勝敗が決した。世界中の観戦者が、世界ランク3ケタ台の元日本人が起こした奇跡を目の当たりにし熱狂する。男の名前は影村義孝。ポーランドへ帰化した日本人のテニスプレーヤー。そんな彼の勝利を日本にある小さな中華料理屋でテレビ越しに杏露酒を飲みながら祝福する男がいた。彼が店主と昔の話をしていると、後ろの席から影村の母校の男子テニス部マネージャーと名乗る女子高生に声を掛けられる。影村が所属していた当初の男子テニス部の状況について教えてほしいと言われ、男は昔を語り始める。男子テニス部立直し直後に爆発的な進撃を見せた海生代高校。当時全国にいる天才の1人にして、現ATPプロ日本テニス連盟協会の主力筆頭である竹下と、全国の高校生プレーヤーから“海将”と呼ばれて恐れられた影村の話を...。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる