憧れの世界でもう一度

五味

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37章 新年に向けて

並ぶ物の中から

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トモエからのお説教は、言ってしまえば惚気の成分が多分に含まれるものとなってしまった。その結果として、夫婦の話し合いの範囲を超えないのであれば、最早不要とばかりに公爵夫人が商人たちを招き入れる事となった。降臨祭までは、もうあまり日も無い。少年たちにしても、祭りの手伝いがあるからと始まりの町に実に気軽に戻っていったものだ。必要な魔石が、随分と多いという話でもあり、なかなか起動に踏み切れる者たちも少ないと聞いているというのに、割引券をもって。

「トモエさんは、こちらは」
「飾り太刀拵えをよくご存じの方が、おられるようではありますが、だからこそと言えばいいのでしょうか」

招かれた者たち、代表者とでも言えばいいのだろう。グティエレス伯が、トモエとオユキが向かい合って座っていた席に片手には余るほどの鞘を持ち込んでくる。
どれもトモエとオユキが基本として扱う、戦と武技から与えられた神授の品でもある太刀に合わせる形として用意がなされている。
その中でも特に一つ。
形だけでいえば、オユキの記憶にある拵えとよく似た物を、手袋越しにまずはとばかりに手に取って。

「粗が、目立ちますか」
「そうですね。やりたい事は分かります。寧ろ、何を目標としているのかも、確かに理解が及ぶのですが」

まずはとばかりにオユキが手に取ったのは、他の六つは緋色で作られている中で一つだけ金色の造りがなされている鞘。

「葵紋ですので、別れた物となりますし、主家ともまた違うと言いますか」
「そう、なのですか」
「オユキさんは、そのあたりの紋章学には詳しいと考えていましたが」
「家紋としては覚えていますが、いえ確かに来歴を考えればという物ですか」

確かに、流れとしては比べてしまえば西側になるなと、そんな事をオユキとしては考えるものだがトモエのほうではさらに色々と考えるところがあるのだろう。何よりも、鞘を見る目が、他の物たちが何やら見惚れるようすであるのに対し、何処か苦々し気に見ていることもあり、オユキは早々に手に取った鞘から興味を無くす。
オユキにとっては、こうして鞘をこしらえると決めたのはトモエのため。
勿論、今となっては他の思惑も色々と乗ってきてはいるのだが、そちらに配慮をする場はここではないのも確か。あくまで、トモエとオユキのこうした指摘に使える空間に品が用意されている。公爵夫人の配慮もあれば、そもそも慣れぬ造りの物を、言い出した者たちがどう評価するのか、そうしたことも求められての場ではある。

「トモエ、家紋としての流れが違うというのは」
「どういえばいいのでしょうか。主家、大元を辿った時には同じなのですが、こちらでいえば、公爵家という家格は全て王家からのとなるのでしょうが、そこが違うとでも言えばいいのでしょうか」

実際にはより一層複雑となるし言ってしまえば二十一に及ぶ流れに加えて、そうした物。トモエとオユキの暮らしている時代においても、未だに研究がなされていたような話。
それこそ、トモエの家が伝来としている流派、そこで開祖とされている人物。それにしても、歴史だけを考えれば、間違いなくその頃にはなくなっていなければならなかった人物でもある。眉唾とでも言えばいいのだろうか、そうした逸話ばかりが秘伝とされる中にただただた記載がなされている。

「確かに、親とする家が違うというのならば、気分が良い物ではありませんか。ですが、以前にリース伯子女を経由して渡されたトモエの家紋は伝えたはずですが。いえ、つまりは其処も含めて形だけが似ていると言う事ですか」

トモエの簡単な説明に、こちらで尚の事そうした流れに詳しい、どころかまさにその流れの中にいる相手の理解は早い。

「拵えとして納得がいくというのであれば、思う所を改めて話してみるのは」
「それも、確かに。ウーヴェさんに引き合わせてみたくはありますが」
「オユキさんは、持った感触としてやはり」
「中身は間に合わせ、それ以上でもそれ以下でも。一応は、私たちのものと揃えてはいただけているようですから。それにしても、私がこれまで手にしたことがあるのは」
「宝飾、飾る事を目的としている場合に限らず、主な用途は滑り止めですから」
「トモエ、それは極論にすぎるのではなくて」

オユキが手に持っている鞘、そこには鞘とまさに一体となる様に作られたそれにはトモエというよりも、オユキが指定した蒔絵を使った技法をはじめ、翡翠をはじめとしたいくらかの宝石がはめ込まれている。

「現状の私たちの力だと、握りこんだ時にどうなるのかという疑問もありますが」
「それを言えば、あの子たちにしても立木打ちの時に」
「そのあたりはきちんと加減を覚えさせていくにも都合が良いので、そのままとしていましたね。問題として、現実として」
「ええ、私達では実感が出来ていませんし、いえ、確かにこうした飾りであれば。その場合、硬度いえ、摩耗耐性でしたか」

トモエの言葉に、確かにそれを調べてみるのもいいだろうかとオユキがその様な事を言い出すものだ。
そも、オユキはそうした数値を覚えてはいないのだが、それこそつい最近という程ではないがこちらに来ている過去の団員達。巨大な建造物を設計することを常としていたアマギにでも尋ねてみればすぐに回答が得られることだろう。もしくは、こちらにおいて、改めて正確に計測する、過去の物はそれこそ互いにこすり合わせて硬度を決めるなどと言う事を行ったとそれくらいにはトモエも習い覚えてはいるのだが。

「オユキ、そちらが殊更浮いており、気に入らないというのは分かりました。他の物については」
「いえ、気に入らないと言うほどでは無いのです。ただ、目標といいますか、これを作った間違いなく異邦人なのでしょうが、その人物が目標としただろう物を知っているので、どうしても粗が目立つと言いますか」
「そう、ですね。私にしても己の手で作る事は間違いなく適いませんが、目標としているものが判り、それに対してどれだけの不足があるのかが分かってしまいますから」

この品をここまで運んできた、少なくとも成果物として受け取り、いくらかの選別を行ったうえで持ち込んだであろうグティエレス伯爵に、品評を行っている者たちの視線が向かう。

「この鞘を用意した者も、最期まで抵抗をしていたようです。ただ、こちらとしましても」
「素材の用意、費用の回収を考えれば何もなしにとはいかないものでしょう。その理解は、こちらとしてもあるのですが、トモエさん」
「一応、確認をしたい事があると言いますか」
「それは、こちらで間違いなく。ファンタズマ子爵家に、それを相手が望んだ場合は」
「流石に私たちの物だけを、それを考えての事でしたら、手の空く時間も随分と長くなるでしょう。始まりの町か、領都か」

光る物はある、というよりも明らかに生前の知識という最も厄介な部分を共有できる相手を見出すことが出来た。ならば、この人物を明確に召し上げて、囲ってしまう心算はあるのだがとそれを伝えながらも不安点をトモエが口にする。
言ってしまえば、確かにその心算はある。だが、飼い殺しにする心算が無い。
仕事として、継続して用意できそうなことというのが、ファンタズマ子爵家では、ファンタズマ子爵家だけでは限られている。さらには、ほとんどお抱え扱いをされ始めているウーヴェ、こちらも既に鞘師の知己が存在しているのだ。その人物と、ただ今後刀、太刀の装飾を頼もうとしたときに多くの手順が省けるだろう相手、しかしトモエとオユキではまた評価が異なるのだが、トモエとしては側に置いておきたい、己の趣味を得た金銭を使って叶うならと考える相手ではあるのだから。

「成程。トモエ卿の懸念ももっともではありますが、例えば領都でとなった時には」
「生憎と、マリーア公爵家として頼む先は決まっています。勿論、当主の交代、他の機会、今後であれば降臨祭での神々による評価、そうした物を考慮する事はあるでしょうが」
「始まりの町では、その理屈でいえばリース伯、ですか」
「ウニルは、どうなのですか」

トモエを主体として、他にも有る太刀を、何とはなしに手に取りながらどれもオユキの希望に合わせて足金物が取り付けられているため、どのように帯執りを渡そうか等と考えながら、寧ろよそ事を考えているからこそ、実に気軽に。

「確かに、あちらであればとも思いますが、今後の事を考えると」
「ウニルは、その、オユキさんが既に近隣に。あの、あまりにも、こう」

実際には、レジス侯爵と、リース伯爵の共同統治となるはずの場所なのだ。だというのに、ファンタズマ子爵家という下級貴族が随分と好き勝手、あまりにも外聞が悪そうだとトモエとしては流石に気が引ける。

「そちらに関しては、そもそも当家からも先代様を願っていますので、実質と対外的な説明は異なるものとして扱えます。ですが、あちらにはオユキから既に報告を受けていますが」
「そういえば、その問題もありましたか」

そして、無理を通して、マリーア公爵夫人の言では、全く無理などないといった風情ではある。寧ろ、問題視しているのは今後の事。
オユキの中では確定事項なのだとして、既に報告も上げている事柄。
ミズキリが、かつての世界と繋がる門を己の拠点に、魔国と神国を結ぶ橋のどこかしらに作る予定だという話がここで問題となる。
成程、現時点でトモエの目から見て、オユキはともかく、問題があると言う事であるらしい。そして、召し上げて潤沢な環境を用意する事にも問題はない。だが、その人物の成長を待つことが出来るだけの猶予があるのか、それをマリーア公爵夫人が、そうしたことが苦手なトモエに尋ねるのだ。オユキが何やらよそ事に気を足られている間に、トモエの能力を測ってくれようとばかりに。トモエとしても、この場には身内ではない人間が存在している、その自覚があるからこそ迂闊な言葉は口にできない、そう考えたところで、ようやく思い至る。
先程、己が何も考えずにと言う訳でもないのだが、口にしてしまった言葉、それが問題があるからこそ現状こうして公爵夫人が軌道修正を計っているのだと。

「どちらにせよ、すぐの事とはなりませんね。考えることも多いようですから。一先ずは、他の鞘も見た上で」
「ええ、それが良いでしょう、現状では」

そして、トモエに最低限のことが伝わったのだと、マリーア公爵夫人が薄く笑い。
グティエレス伯爵が、何やら僅かに苦い気配を湛える。
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