憧れの世界でもう一度

五味

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37章 新年に向けて

さらなる問題として

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「説得を、頼んでいたとは」
「一応、オユキさんには少し私の考えを説明したのですが」

どうやら、トモエの考えていた物、オユキの考えていたものとは全く異なるものであるらしい。さらには、生前に父の希望を叶える形とでも言えばいいのだろうか。これまでの間も、何かと演武の依頼などを受けていたこともあり、式としてはそちらを選んだこともある。
そう、洋装の物ではない以上、所謂コンサルタント、実際の言葉ではブライダルプランナーとされていただろうか。そうした相手に話を求めたこともあり、オユキには必要十分な知識が身についてしまっている。今頃は、改めて、アベルがこうしてトモエに伝えている以上はオユキにも式の形が変わるのだと伝えているには違いないだろう。そして、そこで過去に聞いたもの、そしてオユキが興味をもって調べたかもしれない、会場としてトモエが、トモエの掌中に収めた流派が何かと世話になっていた場の主、神主から聞いた話と合わせて今頃あれこれと話している頃なのだろうか。そして、漠然としたものではなく、よりはっきりとした予感として感じるトモエとしては、他の問題というのもやはり気にかかる。

「一応、当日であれば場が分かれるとは思いますが」
「当日、か。流石に公爵家の当主として受ける以上は、当日にあまりにもというのは」
「そこは、自信を持っていただきたくはあるのですが、正直これまでに出会った方々の中でかろうじて勝負になるかもしれない、そう思えるのはフスカ様だけかと」
「翼人種の長、か。そっちは、正直どうなんだ。俺としちゃ、どうしたところでカナリアを基準に考えちまうが」

アベルの言葉の裏には、イリア程度の護衛が必要な存在だったのだと示されている。彼にしてみれば、己が長を務めていた傭兵ギルドに所属していた相手、能力に関しては明確な理解が有るのだろう。
ただ、トモエにしてみればそれにしても情報の更新が出来ていないと言わざるを得ないのだが。

「イリアさんにしても、ここ暫くはクレド様にもまれていますので、かなり実力派伸びているかと思いますよ。それ以外にも、既に獣精に足を踏み入れ始めていると言う事らしいですから」

それを言えば、同じように遊ばれているアイリスもかなりの伸びがあるのだが。
トモエとしては、実のところそちらにしても懸念があるのだ。
逸話と知られている物には、確かにトモエの記憶にはない。だが、狐は祟る物として度々扱われていたものだ。実際には、約束を破る、恩恵を受けているというのに信仰を薄れさせる、そうしたことがあれば祟る存在であるとはされていた。だが、神々が度々異邦の想念を受けると、そうした言葉を発していたこともある。だとすれば、事実とは違っているのだとしても、それが異邦をもって正しいとされていることであれば、事実となっているかもしれないのだ。
さて、己の裔として、己の一部を引き渡してもいいと繰り返し語っているあの神が、己の知らぬ相手。近縁種ではあるのかもしれないが、生物として全くもって異なる相手。そんな相手に散々にいいようにされている現状。それを、本当に面白く眺めていられるのだろうかと、トモエとしてはどうしたところで考えてしまうのだ。

「俺は、どうしたところで既に疎遠だからな。お前がそういうなら、間違いはないかもしれないが」
「ところでアベルさん、大分煮詰まっているようですので、そろそろ一度気分を変えるのが良いかと」

イマノルはすっかりとクララに贈るものを決めた様子で、商人と細かく職人を交えて打ち合わせをする段階に入っている。反面、このオユキをしても優柔不断であり、武力はともかく、戦場での事はともかく、日常という場面においては決断力にかけているとみる人物はトモエがアイリスは複雑な色身の物を好むと、そうとれるようなことを口にしたからか随分と珍妙な色の組み合わせの腕輪を手に取り始めている。貴石、宝飾、そうした物の数であったり、それこそ下世話な話にはなるのだが、金額という面だけで考えれば確かに公爵家に相応しい物であるとは思える。だが、そもそもアイリスがそのような物をこれまで身に付けていたのかと、そうした観点がやはり抜けているのだ。
成程、こうして他の物たちが品を選んでいる姿を、改めて性別を変えて眺めてみればオユキが、当時はトモエが考えるよりも、求めるよりも随分と熱量が低い物だと考えていたのだが、当時のトモエが思う以上にオユキは気を使っていてくれたものであるらしい。

「ああ、当時のオユキさんは、確かに。いえ、ええと」
「惚気は、お前ら二人の時間で、いや、確かに俺らにしてみりゃ伴侶とだけの時間なんてのは、望めるようなもんじゃないが」
「そちらに関しては、私は無視をすれば済むと考えているのですが、どうもオユキさんは気になるようで」
「お前は、そのあたりの割り切りがはっきりしてるからな。で、話を戻すとだ。そうだな、式の前日までにとなると、お前の考える不安というのは」
「そうなると、オユキさんは間違いなく呼ばれるでしょう」

アベルとアイリスだけの間で済めばよい。だが、現実として、間違いなくそうはならないのだ。
トモエとの祝言がある、オユキにとってこれ以上に重要な事柄が存在しない以上、オユキはその時においては、間違いなくそちらに気を取られることが無い。トモエがそれを求めている、その事実を伝えた以上に。オユキ自身、己の種族としての、新しい体がオユキにトモエの事だけを考えよと促すことに逆らいはしないだろう。そして、その意思を、特に儀礼の場に置ける、祭典において人の自由な心を神々は邪魔などしない。今度の事に関しては、戦と武技だけではない、華と恋、冬と眠り、月と安息ですらオユキをその時にはトモエの事だけを考えられるように、祭祀に集中できるようにとしてくれるだろう。だからこそ、三狐神がオユキを求めたところで、己が降りる割合を増やすためにとオユキを呼ぼうとしたところでと考えることが出来るのだ。

「そして、その場で私がオユキさんと意見を異にするとなると」

そして、その場でトモエがオユキに対して、オユキの考えを一度は諫めている以上、今一度アベルの側にとすれば、オユキはこれ幸いにとトモエと相対する事を選ぶだろう。

「闘技大会の意趣返し、いや、そこで貯めた不満がここでか」
「私としては、喜ばしい事ではあるのですが」

トモエとしては、寧ろそうしたオユキの在り方というのは寧ろ望むところではある。
だが、現実的な問題として、そこで面倒を被る相手がいるというのが問題なのだ。オユキは、アイリスとアベルの関係に関してはもう少し時間があってもいいかなどと考えているには違いないのだ。
今回、例えば今回の祭典で認められることが無くとも、認められることが無いからこそ、今後の事できちんと積み重ねていけばいいと間違いなく考えている。だが、それを是とできるのはやはり相手と場を選ぶ。

「これは、オユキさんに華と恋からの干渉があると考えるべきでしょうか」
「おい、まさか」
「いえ、オユキさんが試練として立ちはだかっている、現状はアベルさんにとってはまさにそのような物かと」

一度商品を見るのをやめて、休憩をすると決めたからだろうか。
商人たちがあれこれと品を並べなおしているのをしり目に、アベルとトモエが腰を下ろしている席には侍従たちが飲み物を。ついでとばかりに簡単につまめるものまでをどこから用意したのか、並べるためにと動いている。商業ギルド、グティエレス伯の手を借りている場ではあるのだが、一体どのようにして用意しているのかとトモエとしては疑問を覚えるものだが。

「神降ろしの巫女から、祖の愛娘としての格を持つ巫女に関わるための、明確な試練か」
「おや、これまでは間違いなく聞こえなかったことですが」
「ほう。いや、お前にしても相応にこっちで積み重ねがあるからな」
「それに関しては、いよいよと分からないのですよね」

これがオユキであれば、分からない事を考えるのを楽しむのだろうが、トモエはやはりそうでは無い。

「ですので、私としては当日をお勧めしたいのですが」
「だが、前日であればお前が」
「オユキさんを止める事は出来ますが、あの、前にもお話ししましたが」

ただ、そうなるとアイリスの祖霊だけではないのだ。降りてくるのは、アベルを試そうと考える柱というのは。

「戦と武技、か。いつぞやに、招かれた先で一度機会を頂いたのだが」
「加えて、華と恋と月と安息も、恐らくは」

トモエの付け加えた二つの柱に、これまでは見件にしわを寄せる程度であったアベルが明確に表情を引き攣らせている。

「あの、オユキさんはやはりかなり自己評価が低いのですが、オユキさんが考えている以上に、気軽に神降ろしを叶えますよ。私に対して既にそれに関しては約束を持ち出されてしまっていることもあり、言葉で止める事は出来ませんし」
「それなんだが、お前らの間での約束、それを覆す手段が存在していると考えても」
「基本として、存在はしていませんが」

そう。あくまで、トモエとオユキの間では約束こそが優先される。それ以上の事を、約束を覆すというのであれば最も最初に、そもそもそうした約束事を作るきっかけとなった事柄を、二人の間で選択する事となる。

「もしも、お互いに約束を使ったとして」
「確かに、そうしたことは起こりうるだろうよ」

アベルが、まずはとばかりに軽くカップに口をつけたからトモエもそれに従う形で。並べられている軽食は、寧ろトモエに対しての配慮なのだろうか、少々肉類が多く使われているサンドイッチをはじめ、レバーペーストの塗られたクラッカーといった物。オユキが同席していれば、これは軽食と呼べるのかと間違いなく首をかしげているには違いないのだが、トモエにとってはやはり軽食でしかなく。さらには、アベルにとっても。イマノルにとっても、やはりその範囲を超えないのだ。

「その時には、やはり私たちの間には、これがありますから」

そして、トモエとオユキの間で、互いに互いが大事にしたいと考えている物。それが、万が一にも相反することがあれば、約束として、相手が言い出したときには引かなければいけないのだとして、それこそが約束として存在している大前提なのだとしても。それでも、互いに納得のいかぬことがあるのならば、その解決は刃の輝きこそが定める事となる。

「私は、過去にも既に幾度かオユキさんを止めていますから」
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