憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

向き合って

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トモエがオユキに伝えていない事、王都に来て、教会での告解の時間でも口にしなかったこと。
実際には、己自身でも漠然としたものでしかなかったことであり、口に出すのは気が引けたと言う事もある。しかし、それを行うのだと決めてしまえば、成程実に効果は覿面ではある。

「反省を、したことがあります」
「トモエさんも、ですか」
「いくつになっても、己を省みる事のなんと難しい事か」
「己の姿は、己が見たいように。真に映すのは」

これまで、オユキは基本的に負荷を得るたびに暫く寝台の住人となっていた。回復をしたと言っても、それでも少し動けばはっきりと疲労が表に出てくるほどに。さらには、こちらに来たばかりの頃には出来ていたことが出来なくなっていた。
その原因を、トモエは外に求めた。
だが、実際には要因の一つにトモエもあった。
オユキという存在が根差す種族、それが如何なるものか。トモエが願いを込めて用意した姿。恐らく、その段階から既に作用はあったのだろう。由来が、間違っていないと暗に言われた、一つではないだろう由来が示すように身内に対して愛情深い柱でもある。そんな相手に選ばれたと言われるからこそ、願いの形、それに過剰な物が加わったこともあるのだろう。
冬と眠りに瓜二つと呼ばれる姿、そうなってしまった要因。だからこそ、そちらに対して方々から手助けがされることもある。それ以上に、トモエが望まぬことがあるために、オユキの願いを妨げることがままあるために、手助けがなされるという物。

「オユキさんが行える事、それを私がオユキさんに行えはずも無いのです」
「それは、確かにそうしたこともあるかとは思いますが」
「これまでは、オユキさんの不足を私からも。その程度ではあったのですが、積極的にと考えれば」

そして、それを示すあまりにも分かり易い結果というのが、今のこの場。
王都で借り受けている、ファンタズマ子爵家としての邸宅。始まりの町と、ある程度は似た形に整えられており、このままこちらに残ることを決めれば名実ともにとなるだろう屋敷。その庭で、今朝方迄間違いなく己一人では歩き回ることが出来なかったオユキ。そのはずの相手が、両の手に刃をもって、トモエに向かっている。
動きにしても、これまでにトモエが危惧していたようなものは、そこに存在していない。これまでのように、不調を隠すためにと作る、無理な動きがそこにはない。確かに、これまでにトモエが伝えた事、それを踏まえた上で自在にあろうと、そうした動きがきちんと見られる。勿論、オユキは病み上がりでもあるため、過去に両の掌を派手に怪我したこともあるため、周囲からきちんと圧は受けての立ち合いとなっている。くれぐれも、加減だけは間違えてくれるなよと。
カナリアどころではなく、セツナとフスカまでもが揃って監督を行われているのだ。
楽しい時間に無粋な、それを口にしてしまえば実力をもって分からされることなど、あまりにも明確と言うものだ。

「それで、ですね。こう、かつての世界での事に、私としても勿論若い頃には不満があったわけです」
「若い頃、ですか」
「はい、心が若い頃には」

そうして、教会で口にしたことを、相も変わらず足りない言葉でトモエは口にする。
はたで見ている者たちにしてみれば、そのような話はそれこそ座って行えと言いたげな視線。だが、トモエにしてみれば、己の心を伝えるには、こうして刃を振るえる場で。なんとなれば実際に行いながらというのがしっくりとくるのだ。オユキも、何やら途端に己の体調が回復した。己の内にあった、どうしようもない部分をようやく甘えても良いと考えられる相手に吐露した結果か等と疑ったのも僅かの間。
トモエが側に戻ってきた、これまではどこか遠い感覚であったものだが、それが突然にはっきりと感じられるようになったものだから何事かがトモエのほうであったのだろうと考えを改めてみれば。何やら、何処か吹っ切れた様子のトモエが、何も言わずにオユキの着替えを簡単に行い、その手にこれまで遠ざけていた刃を預けたのだから何を求めているかというのもよく分かる。向かった先の教会で、オユキの想像通り風翼の礎が置かれていたのだと言う事は、ローレンツが戻っていない事から想像がついた。シェリアが何やら随分と遠くを見る様子であった、少なくともオユキにはその程度の理解しかなかったのだが、そうした様子から何かあったのだとは理解できていた。
だが、トモエの口から出た言葉というのは、成程、確かに過去から連綿と砂糖を吐くようなとそう語れるに相応しいだけの惚気の類ではあるのだろう。
トモエの未練かと尋ねられれば、本人にしても難しいと話すだろう。
それほどに、己の心等と言うのは制御が難しい。
如何に制御にこそ重きを置く、そう語り戦場に置いては寸暇の乱れも存在しないと言わんばかりの確かを持っているように見えるトモエですらも。確かに、オユキの一挙手一投足、それで心が乱れているのだとそうして話しているのだから。

「その、トモエさんは、今の私の感情というのが」
「嬉しい物です。だからこそ、こうして、オユキさんが望まぬと分かっているというのに」
「それに関しては、私にも落ち度のある事ですし、その、甘えとして判断された物については容赦が無いでしょうから、今後も変わらぬでしょうが」
「そう、なのですか」
「多分に感覚的な物ではありますが、そもそもアイリスさんの事もありますから」

さて、いまこうしてオユキの過分な望みに対する罰、それがトモエに負担を分ける形で、少なくともオユキがカツナガにして見せたように、トモエがとできている。しかし、そのトモエが一切の負荷を得ていないように見えるのは明らかに理屈が合わない。
少なくとも、トモエほどの感情を確かにオユキは向けていなかった。なんとなれば、己の心に湧き上がる物を殺すことにこそ腐心せざるを得なかったような体たらくではあるのだが、それが無くとも間違いなくオユキは負荷を受けただろう。
だが、今の共にそのような様子は全くない。
刃に曇りがあるのは、己の心、それを未だにトモエが迷っているから。オユキに受け入れてくれと願いながらも、それを己に許すのは甘えではないかと迷いがあるから。そこには、オユキと変わらぬ物が、只映し出されている。
つまるところ、肉体的に一切の不調を覚えていないのが、現状のトモエ。
それでは、トモエの語る様にオユキと同じかと言われてしまえばやはり疑問を覚えるという物。

「とすると、華と恋、でしょうか」
「私たちが足を向ける、というよりもそちらに門をと望んだことを寿いでくれているのではないかと思いますが」
「それでは足りぬというのであれば、此処までの二度ほどの事、それに対してなのでしょう」

少なくとも、こうした感情を、このような感情が起こる根を司るのがその柱。恋等と言うのは、愛情等と言うのは人によって示す形も違えば、現れる形も異なる物。トモエとオユキが、どれほど己の形が見にくいと考えたのだとしても、それが互いに納得できる形であれば、喜べる形だというのなら余すことなく祝福するのがその柱でもある。
特にオユキは、戦と武技経由とはいえ、この神国において他の物たちからも期待されるほどの。今も、何やら美談として語られヴィルヘルミナがどうにか歌にしてみようと腐心していることを引き起こしたこともある。そちらに対する感謝として、それが最も納得のいく形では、確かにある。

「その、過去私がどうしても受動的であったと言いますか、トモエさんが満足いくだけの形で示せていなかったことに関しては」
「いえ、私もはっきりと示してほしいと伝えなかったこともありますから」
「それに、私にしても、その、セツナ様に少し相談に乗って頂きましたが」
「いえ、私がそれを喜んでいますし、その、ですね」

オユキが、トモエにかかる負担。これまで、オユキが間違いなく仕事で感じた実に多くの面倒。それが降りかかっていることで、罪悪感を募らせているのもトモエは理解しているのだ。だが、どうだろう。過去には、確かに仕事に向かい、明確な対価を得て持って帰ってくるからこそ、球の休日にはあちらこちらへと旅行をして。子供たちの世話にしても、積極的にとしていたからこそオユキはそこまで感じる事は無かったのだろう。確かな言い訳が、オユキの中で作れていたのだろう。二人の間で、きちんと話し合いを持ったのだと。

「戦と武技には、少々お叱りを受けるかもしれませんが」
「それは、いえ、確かにトモエさんがと言う事でしたら」
「はい。これまでは、オユキさんに掛かる負担、私はそう確かに口にしたでしょう。ですが、本来であればそのための功績なのです。こちらに来た時に、かつての世界の創造神様から与えられている物というのは」
「かつての、ですか」

薄々とは、気が付いていたのでしょうと。手に持つ刃に思いを込めて。

「こちらの創造神様は、禁止されていると」
「それは、いえ、確かに細かく決めてというのも確かに、いえ、それにしても法と裁きや」
「創造神様、ですから。禁止を言って、それでとできる方は」
「凡そ、こちらの世界にはいませんか」

同じこの世界で暮らす相手、それも同族と見える相手ですらはっきりとトモエとオユキにとっては理外と世場るような者達が多くいるのだ。そして、そのような物たちをしても測れぬ存在、それらを作り出した、もしくはかつて戯れと言う事も無いのだろうが滅ぼすだけの力を振るえる存在等と言うのはいよいよもってと言うものだ。そして、そうした背景を持つからこそ、彼の柱に対して何事かを禁止しようと思えばそれ以上の力を持つ相手を頼むしかなくなる。

「それよりも、オユキさん」
「はい」

互いに、話をしながらも、型の応酬を超える、はたからはそう見える動きを作って、既にそれなりの時間が立っている。

「やはり、これまではかなり無理をしていたのですね」

だというのに、オユキは今となっては汗を流すことも無ければ、息を乱すことも無い。
日々の狩猟、その範囲でオユキが疲労を隠せなくなるのは、つまりトモエからオユキに向けてとすることが無かったからだというのが実に分かり易い。

「常の事となりつつはありましたから。それにトモエさんも」
「オユキさんの不安を、私に向けるこれまでになかった感情があるのが、やはり嬉しいですから」
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