憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

今更ながら

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「そういえば、祭りの日取りですか。豊穣祭や新年祭は日取りが決まっているようですが」
「ああ、そのことですか」

祈願祭の本番。王都で行われるそれは、基本というよりも、やはり主体となるのは神殿を擁していることもありそちらでのものとなる。水と癒しの神殿、そこでは多くの人たちが詣でる事となる。長蛇の列、それが出来ないのはやはり結界の外をある程度移動する必要があるから。ちょっとした抽選とでも言えばいいのだろうか。如何なる御業か、王都から外に出るための門、そこに詰めかける者たちの中から、明確に選ばれる者たちがいるのだ。その者たちにとっては、確かに周囲に自分以外の者たちがいるのだとそうした認識を持ちながらも、それでもその中をまさに水が流れる様に動けるのだと。そんな話を、マルタ司祭から聞かされた。
そして、巫女が三人も揃っている戦と武技の教会はといえば、それを知る者たちというのは闘技大会の参加者は当然として、その友人や情報が伝わっただろう者達。その中から、一部が訪れる事となった。それでも、流石は王都とでも言えばいいのだろうか。これまでに比べて、随分盛況だと戦と武技の教会にて常々勤めを行っている者たちは喜んでいたものだ。訪う者たちが、神々へと願いを届けるために、司祭をはじめ巫女達にも是非にとそうした話をされていなければ、こうして裏手で疲労困憊といった様子の巫女三人は勿論いなかったには違いないが。

「日取りが決めやすい物と、そうでは無いものがありますから。豊穣祭は、冬の終わり、農作業を始める時期に。新年祭は言うに及ばず。四大というだけあり、祭りは全て共通はしていますが」
「確かに、領主様であったりが移動を考えるのならば、寧ろずらしてというのが理想ではありますか」
「私たちのところは違うけれど」
「そこは、国毎、まとまり毎とそう申し上げるしかありませんね。獣の特徴を身に宿す方々の祭りは、私たちの物とはまた異なりますから」
「おや、四大、では」

異なる場でも変わりなく。先ほど、そのように行われるのだとヴァレリーから説明があったばかり。

「巫女様、巫女ヴァレリーの言葉も、間違いではありません。巫女アイリスが語った言葉というのも、それはそれに連なるからこそと言うものです。そも、私たちのように混種が基本となる種族にとっては、祈願を行うべき相手というのがあまりにも煩雑なのです」

曰く、祖霊という存在があり、己が何に連なるのか、それが明確な種族にとっては祈願を行うべき相手も決まっている。己の行く末にかける思い、それを見届けてくれと願う相手にしても当然の如く決まっている。だからこそ、各々の祖霊が良いと思う日があり、降臨祭がそれを兼ねることが多いのだと。

「流石に、よく知っているわね」
「異なる祭祀とは言え、それを司るからこその位ですから」
「とすると、アイリスさんは巫女ではなく」
「その、そのあたりはまた面倒な話になるわよ。私は、どちらかといえば祖霊様の跡目をという話もあるから」
「確かに、そのように言われていましたね」

オユキはすっかりとトモエに持たれるようにして長椅子に座り、アイリスはこちらも種々の詰め物がされている柔らかなクッションに埋もれる様にして。ヴァレリーにしても、経験があるのだから大丈夫ではないのかとそう考えていたものだが、こちらもいよいよ疲労をしっかりとしているようで、長椅子に完全に横たわっている。
巫女三人がそのような状態だというのに、司祭とトモエは何ほどの事も無いと、そのような様子というのが長時間にわたって、多くの人を前に神を降ろすという負担。巫女が、祭祀における役割として持っている物がどれほどかと実に分かり易い。

「それにしても、この度は本当によく勤めてくださいました。戦と武技の神も、いたくお喜びでしたよ」
「そうであれば、此処までの疲労を得たことにも納得が出来そうですが」
「オユキさんは、いよいよ座ったままでしたが」
「それは、色々あったからとしか」

そして、祭祀の最中。アイリスはそもそも系統が違う事もあり、こうした形式の祭りはよく分からぬと話。さらには、オユキはやはり侍女たちだけでなく、トモエもはっきりとオユキから功績と護符を取り上げるという選択を行った。では、祭祀の主体は、誰が詣でた者たちの願いを、己のこうあれかしと、見守ってくれという訴えを聞くのかといえば闘技大会において一切らしいことを行わなかったヴァレリーが執り行う事になった。
アイリスとオユキに関しては添え物として、というよりも特にという望みがあれば、已む無く応えてと。

「お二方は、私とは違って、やはり自然に行えるのですね」
「私は、散々に習っている物、祖霊様から。自然にというのなら、オユキね」
「私にしても、異邦でトモエさんや師に習った振る舞いもありますし」
「そうですね。かつてからの監修とでも言えばいいのでしょうか、道場にはやはり置いてありましたからね」

オユキの言葉に、トモエも己の道場に据えられていた神棚を思い出しながら。

「ですが、祀るというよりも、日々の鍛錬、その安全を願ってといった意味合いの強い物でしたから」
「祈願祭、まさにその通りの振る舞いであったわけですか。その、でしたら、祭祀の主体は」

ヴァレリーの言葉に、トモエとオユキが改めて視線を交わす。
尋ねられた言葉、その意味を考えてというよりも。確かに、こちらで行われている祈願祭、それと実によく似た形で日々行っていたのだとそれを今になって互いに考え付いたのだ。
確かに、あの場で神棚に、その中に納められていた依り代としての札に願っていたことと言えば己の鍛錬を、この場で鍛錬を行う者たち、その在り方をただ見ていてくれと言うものであった。特別、そこで長足の進歩を願うようなものではなかった。ただ、それでもどうにもならぬことの多く、それらを避けてはくれまいかと。常々、道具にしても細心の注意を払って手入れを行い、怪我などしないようにと真剣に心を砕いていた。だが、それでもどうにもならぬ事というのはやはり起きる物ではある。天災に始まり、それこそ病であったりというものが。

「トモエ様、オユキ」
「いえ、申し訳ありません。つい、よそ事を。祭祀の主体と言われましたが、祀っていたのはトモエさんに」
「どちらかといえば我が家といいますか、あの道場を継承する、流派の名を継ぐと決めた者たちの仕事ではありましたね」

ああ、だから戦と武技の神が、己の思想を方々に伝える役を与えても良いとその様な事を言い出したのかと。今更ながらに納得もいくというものだ。
道場というのが、トモエにしてもオユキにしてもこちらに来てから目にする教会と全く異なるものだという認識ではあった。だが、門下生たちに対して、トモエも、義父にしても。オユキが覚えている範囲で、あの道場に通う者たちに心構えとして伝えていたではないかと。

「私たちにしても、教会に入りそれを当然の事として生活をして。その果てに、こうして色々と位を神々より賜りますから。異邦からの方というのは、専ら自覚はなくとも神々を讃える心をお持ちですから」
「さて、そうとばかりは、やはり限らないとは思いますが」
「無神論、でしたか。話に聞くことはありましたが、その理論にしても信仰といえるものですから」
「確かに、歴史を辿れば観測の出来ぬものを数学的な解法持ってとしていたことも多い物ですが、電子顕微鏡、加速器の登場によって」
「ええ。己の立てた理論、その証明のための道具。ひいては、観測できぬ物、その在り方の提言としての理論。将来は、実証される、間違っていたと、正しかったのだと。そうした時を待つ、審判の時を待つまでの間というのは、やはりこうした祈願と変わりはないと思いますが」
「明確な差異としては、先ほども口にしましたがそこに」
「オユキさん」

信仰論争とでも言えばいいのだろうか、こちらの世界には神と呼んでも問題が無い、そう呼ぶべき存在がいるというのはトモエもオユキも確かに理解している。だが、そこに対してやはり少々の差がある。マルタ司祭の言葉に、オユキがそのあたりを己の中で整理をするために、どうしたところで夜、夢の中から持ち出せない事をこの機会に議論を重ねて、少しでもと。表層では自覚のない事ではあるのだが、それでもオユキの中にはあまりにも明確な指針として刻まれている。僅かでも、己にはまった枷、それを緩める機会があるのならばと。
そして、トモエにしてもそうしたことには気が付いており、許したくはあるのだが生憎と今はそれも難しい。
確かに、座ったまま参加をしていたとはいえ、ただでさえ先ごろのトモエの願いをかなえるためにとあまりに無理を重ね、マナの枯渇に今も陥っているのだから。そして、それが回復するほどの時間を取れなかったというのに、今回の事。今のオユキは、間違いなくトモエに完全に体重を預けるどころか、体に陸に力が入らないという事実の結果としての今。こうして声を出す、その動作一つ、それにしてももはやオユキは己がどのように行っているのかとそれも自覚できていないだろう。トモエだけが聞こえた言葉、それを伝えているのだと、声に出さず魔術らしきものとして行っているのだとそれにも意識が向いていないのだから。

「これで、暫くはお休み頂けるのですよね」
「その、はずではありますが。問題としては」
「それに関しては、後日となるのか、はたまた」

そう、そもそもこうしてここまでの負担をオユキが得た。それを良しとするにあたって、明確に求めていたものがあった。風翼の門、それをこの世界で顕すために必要となる、切欠のような物。それを、オユキは願っているのだ。だからこそ、闘技大会でも花冠としての役を全うした。今回、この祈願祭にしてもトモエが否定的だと理解しているのだとしても、行って見せた。

「巫女オユキが願った物は、水と癒しの神殿に。生憎と、当教会では取り扱うというよりも、置き場ですら難しい物ですから」
「では、そちらを新年祭までに華と恋に運んでいただかなければなりませんね」
「ローレンツ卿に」
「それと、レジス候でしょうか。いえ、二つあるというのなら」

こうして、はっきりと疲労を隠せていない状況でもどこか張っていたオユキの意識が緩む。
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