憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

誰かではなく

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楽しい食事会、オユキにとってはトモエがかつてとは違って、そこまで海産物を好んでいないらしいとそれが理解できたことが一つの収穫。また、セツナが、クレドはさして興味をひかれはしなかったようだが、随分と気に入る様子を見せたのが一つとでもいえばいいのだろうか。他の物たちにしても、種族というには数が少ないのため何とも言えぬのだが、それでも新しい可能性とでもいえばいいのだろう。今後の食生活の彩を増やすことが出来るだけの物は、確かにそれぞれが見つけられたことだろう。そんな確信が抱けるような時間を過ごして。

「何故存在しないのかといえば、要はそれを利用できるものが居ないとそれ以上の物ではないのでしょう」
「利用が、出来ない、ですか」

そうして、客人たちが帰った後には鍛錬に打ち込んで。そして、相も変わらず陽が沈めばこうしてトモエとオユキは肩を並べて。
ここ暫くの事もあり、トモエから提案しての事なのだ。
かつては、それこそ差し向かいでというのがほとんどであった。それこそ、たまに縁側に並んで腰を下ろしてのんびりと時間を過ごすことはあった。だが、それは食事、というよりも肴の類ではあるのだが、それをつまみながらとするような場ではない。それこそ、かつてと同じくそのような時間を設けるとなれば、今まさにそれ以外に当てている時間を使ってとそうなるであろう。それを、トモエもオユキも望みはしないのだから。

「火鉢のような物、それを考えたときにこちらで真っ先に選択肢に挙がるのは魔道具ですから」
「ああ」

オユキが用意を頼んでいる物もあるのだが、こちらの世界ではオユキの知る限り陶器などと言うものは基本的に存在していない。それは、歴史の発展を考えたときにどうなのか、そんな事をついつい考えてしまうのだが、それこそ魔術が存在しており、明確に神が作った世界だと考えれば理解はできるのも確か。納得がいくかは、置いて起き。

「陶器の用意を頼んでは見ているのですが」
「子供たちが、体験をしていたかと」
「その折に私も少しは調べたのですが、炭、いえ木炭と呼ぶのが良いでしょうか、その熱に耐えられるほどの物となるときちんと選ばなければなりません」
「その、そもそも陶器を焼成する際には」
「現状が、それ以前ですから」

確かに、炭焼き小屋と同じように、少なくともよく知らぬトモエにしてみればそのように見える窯で焼き上げるのが陶器。ならば、そもそも木炭の温度位に耐えられないはずもないと、そう考えての事。だが、オユキにとっては、また異なる観点が。

「気泡が存在すれば、それ以前にも釉薬をはじめ」
「つまり」
「少なくとも、私の知識の範囲では難しいでしょう。一応、他の方々もいるそうですから、そうした物に詳しい者が居ないのか公爵様経由で探していただいてはいますが」

それこそ、美と芸術、その国にはいそうなものなのだ。なんとなれば、オユキは実のところ華と恋の神殿を擁する国よりもそちらを先にと一時は考えていたのだが。

「そこで、代替案として存在すると言いますか、より簡単なものが魔道具となるわけです。ですが、そちらは起動に魔石が必要になりますし」
「人が代わりにとすれば、そもそも魔術師でなければと言う事ですか」

トモエの言葉に、ご明察とばかりにオユキは頷きで返して。しっかりと薄められた葡萄酒を改めて口に運ぶ。
かつてであれば、昼の食事、その折にはビールが欲しい等と言うそぶりをオユキも見せたことだろう。だが、こちらに来てからというもの、己の酒量の許容値に対していやでも理解したオユキは懸命にも控えて。そして今、用意させたものは、それぞれが気に入ったものに関しては参加者それぞれに心づけとして渡してしまい、それでも残ったものを改めてアルノーとトモエが加工したものに舌鼓を打ちながら。
生憎と分かり易いホタテ、マテ貝などは公爵夫妻をはじめ気にいる者たちが多く、そちらは早々に送る先が決まった。ムール貝に関しても、以前に領都でパエリアを食べたときには使われていなかったこともあり、こちらではそこまでなのかと思えば当然そんなはずもなく。今は、残った二枚貝、少々大きさの違うものが混ざっており纏めてザルガイとして用意されてはいるのだが見るからに違うとでもいえばいいのだろうか。この辺りの区分に関しては、やはり海洋資源の多い国であればあるほど細かいのだろうなとそんな事を考えながらも。

「良いお味ですね」
「元が良い物でしたから。アルノーさんに言わせれば、大きさが違うと言う事に懸念を覚えておられましたが」

そして、それらをからのついたまま、砂抜きなどは勿論されているのだが、それをトモエが簡単にバターと白ワインを使って酒蒸しに。軽く塩で味を調えたそれをチーズの合間に口に運びながら。

「魔石を使った物を、そう頼んでも良いのですが」
「現状で、そちらに浪費をというのは」
「私達であれば手に入れる事は容易ですが、やはりそちらは税収の基本といいますか」
「なかなか、難しいところですね。あの焼き台にしても、魔道具とされている物は多いようですが」
「大量に料理を、それこそ屋外でも行えるものと、室内で楽しむための物ではやはり色々と」

どうにも、オユキとしてはそこで気後れが存在している。トモエも、そもそもそれを求めはしないのではないかと、改めて話ながら伺ってみれば。

「石でできた下敷きを敷いて、その上に鉄製の物としましょうか」
「あの、トモエさん」
「そこまでせずとも、確かにそのようにオユキさんは考えるのでしょうが」

だが、何もそうして話しているのはトモエがそれを望んでいるからというばかりではない。

「オユキさん、ああした時間は大切な物であったでしょう」

オユキにとっては、それは一つの家庭の象徴とでもいえばいいのだろうか。
まだ、両親が確かにオユキと共にいた頃の、それこそ子供の時分の楽しい思い出として。確かに、オユキはそうした思いを抱えていたのだ。トモエの父が好んでいたこともあり、度々用意をするトモエは別に、二人で机に、寒さが厳しい時には炬燵に入って。オユキの向かいにはトモエが必ず座るからと、二人で炬燵に入る時には、少々角度が付いた位置に座りながら。時には、同じ鍋から。時には、それぞれに用意したうえで中央には日本酒を温めるためにと用意して。
そんな時間を、オユキが殊更喜んでいたのだと、ただただ大切を感じていたのだとそれをトモエは覚えている。

「なので、こちらでも用意ができるのであれば、その程度の我儘であればお願いしましょうか」
「その、私は」
「一応、セツナ様ですね、そちらの方の為に用意された火鉢もあったでしょう」
「あれは、どういえばいいのでしょう。見た目は確かにそうなのですが」

オユキは陶器を用意できないと、そう言い切っている。だが、今日の会にしても火鉢は確かに用意されていたのだ。ならば、同じような物は、少なくとも卓上に置いて炭火を熾せるもの程度は用意できるだろうと。だが、オユキにとっては、あれは明確に違うものなのだと語るしかない。熱に耐えるために、こちらならではの工夫がなされており、他に熱を与えないためにと、そちらも同様に。坩堝に近い物とでもいえばいいのだろう、そのような仕上がりになっているというのがオユキの見解。

「用意できる物は、整えられるものは整えておきましょう。どうにも、私もそうなのですがこちらでは心というのもかつてに比べればより強く、明確に影響を与えるようですから」
「それは、そうなのかもしれませんが」
「オユキさんは、こうしたわがままを言う私は」
「いえ、トモエさんがそう願うのであれば、勿論」
「では、そのようにしておきましょうか。それと、明日の事ですが」
「レジス候の紹介、その方ですね」

そして、話しはここまでの間オユキが避けていたものに。トモエがこうして急いだのは、オユキがそろそろ眠気に負ける時間が近づいてきているから。
先程から、すっかりと飲み物をなめる様に口に運んで入るのだが、既に肴の類に手を伸ばしてはいない。つまり、オユキ自身、疲労を感じ、眠気を抑えながらだと言う事なのだと実に分かり易い振る舞いを。

「カツナガさんと、そうおっしゃるようです」
「山鹿流の、ですか。槍術とは、いえ、それだけでは無いでしょうが」
「いえ、確かに私もそちらを考えましたし、心当たりとしてはそちらになりますがそう名乗っているだけでしょう」

槍の扱いを確かにレジス侯爵に伝えて、その名を名乗るというのであれば。よもや偶然等と言う事はあるまいと。トモエにしても、オユキにしても確かにそう考える。

「オユキさんの予想では」
「こちらに来てから、己の技を試すために」
「魔物を相手に、存分にとなされた事でしょう。ですが、今になって」
「治らぬ怪我、それを得てから以降に関しては、少々選択肢が多すぎるので」

戦と武技に言われた言葉、それを考えたときにその人物が治らぬ怪我を得ているのは間違い無い。だが、それを得た理由にしても、そこから先どのような流れに己を置いたのかも。正直、分かるようなことでは無いのだ。あまりにも、多岐にわたるからこそ。

「オユキさん、繰り返しますがオユキさんが過剰に負荷を得る事、私はそれを望みません」
「ですが、約束もあります」
「それは、いえ、今回の事はまた別では」
「同じ枠組みです。だからこそ、戦と武技の神、マルコシアス様も私にそのように伝えられたのでしょう」

トモエが、確かにトモエは心の内で、ごくごく小さなもの、とてもそうは呼べはしない程にそうした願いを持っている。オユキに、それを見透かされているというのは、確かにトモエも理解している。だからこそ、トモエのそのような度し難い願いの為に、己の身を費やしてくれるなと約束を持ち出して。
だが、オユキは其処は既に譲ってくれるようにと、そう話して終わったことだとトモエに言いつのる。
今回に関しては、オユキが己の身を、己の身にかかる何か、己の身を対価に求めるだけで事が済むのだ。要は、こちらの世界に対して、己の身を犠牲にするだけで済む事柄なのだと。
それに関しては、オユキが本気で望んだ時には、どうか止めてくれるなと。それは既にトモエが飲んでくれたことだろうと。
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