憧れの世界でもう一度

五味

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36章 忙しなく過行く

悪くはない

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トモエの視線の先、生憎とという程も無く。ファルコは、一つ前で名前がどうにも記憶に残らない相手、そんな人物に下されて。優勝を決める戦いでは、ファルコを下した竜を殺した家だと、それしか誇るところのない、その名に負けぬだけの何かが当人にあるとはとても思えぬ相手を一刀のもとに切り捨てて。
そもそも、未だに年端もいかぬ、てっきりシグルドたちと同じ枠かと思っていれば、生まれた時期と言うものもあったのだろう。年頃であるがゆえに、一年の差はかなり大きいのだが、それを考慮することもやはり難しい。こちらの世界では、揃って新年で年が一つ上がるのだ。その仕組みがある以上は、確かに其処に生まれる有利不利を嘆いたところで仕方がない。
これでも、トモエ自身相応に心を砕いては見たのだ。
オユキが、どうにか楽しめるような下位にするためにと、年齢で縛るのは好まぬと示した。
しかし、それに対しては年齢、経験と言うものが技を積み重ねる絶対だという意見が返ってきた。事実、トモエにしても費やした時間、それがある以上は否定もできない。
上位の者たち、それこそ参加した者たちの中から優秀とされた者たちを競わせてはと意見を出した。
しかし、それに対してはあまりにも当然の如く敗れてしまえば結局時の流れが全てだと示すことになるのではないかと言われて意見を取り下げざるを得なかった。
では、勝者が望んだ相手と戦いを望めるように、そう願ってみた。
しかし、都合よく巫女が三人おり、それぞれが年齢が、用意すると決めた区分に合わせて存在しているとなれば、そこにあるのは必然ばかり。巫女との戦いを望む、そういうのであれば、己と同じ年齢の相手をあてがう事になるのが当然と言われて。
いっそのこと、年齢置ける制限をなくした場を。それこそ、前回オユキが、トモエが散々にこちらの者たちが上だと考える、年齢として上回る相手を下したのだという論理でもって向かってみれば。
では、それを導入した時に各年齢ごとに得られる栄誉。特に年少者の部を勝ち抜けた者たちに対する栄誉はどうなるのかと言われれば、トモエとしても己の我儘を通す気にはなれなかった。
この辺り、オユキの入れ知恵と言う事ではなく、闘技大会の開催にあたって、いつの間にやら責任者のような位置にいたマリーア公爵との会話ですべてがなされた事。
オユキの事もあり、勿論マリーア公爵にしても気を使いたいというのはトモエにも伝わってきた。なんとなれば、そうした否定に対してトモエが意味のある反論を行えていれば、事実通してくれたことだろう。マリーア公爵とて説得されていたかったのだ。トモエに、オユキに比べてそうした政治的な配慮というものが全くもって苦手なトモエに期待をするほどに。

「結果としては、順当ですか」

そして、目の前ではセシリアとシグルドが向き合っている。
トモエとして、シグルドに申し訳ないなと考えるのは、帰れに対して長物相手の理合いを伝えきれていない事。これまで、見せるにしても、教えるにしても。彼が得意な間合い、シグルドの手に有る両手剣の間合いでの動きを基本として教えてきた。
勿論、彼もそれを喜んでいたし、魔物を相手にする以上は、基本として己の常遣いの武器をどのように振るうのか、それをよく知らねばならぬと彼自身も理解している。結果として、セシリアの振るう薙刀、それに対抗するための手段をやはり教えられていない。
他方、セシリアはどうかといえば、身の回りに大量に存在しているのだ。己の相手としたときにどうすればいいのか、それを考えなければならない相手は大量にいた。シグルドが、トモエしか見ていない。それが気に入らないのだと言わんばかりに、セシリアは生来の目の良さをもって周囲を見ていたのだ。己が、間違いなくこの集団の中では頭一つ抜けている、その自覚と共に。

「まさか、なぁ」
「そうかな。私の中では、決まっていたことだけど」
「いや、そうなんだろうけどさ」

セシリアの振るう薙刀、腕力だけではなくどこまでも重量に伴う破壊力。円運動も伴って、容赦なく叩き込まれるそれが、速度にしてもトモエの教えをまっすぐに守りながらも、オユキがあれこれと話した方法を使う事でさらなる物として。
トモエは詳しくない物理学、運動における力学という観点からの話。それを、トモエの伝える経験から来る、先達の経験から積み上げられた理論を理解するための一助として。まさに、長足のと呼んでも良いだけの習熟がそこにはある。
受け止めるたびに響く、重い金属同士のぶつかる音。シグルドが止めようと思っている位置は、常に彼が思うよりも近い場所に。それを打開しようと動き出しを早くすれば、それに手元の動きで対応するために刃の奇跡を細かく調整して狙いを逸らして。

「私は、これまで少し下がった位置で見てたから」
「たまに、背中から何か、いやな気配がするなとは思ってたけどさ」
「うん。勝つためには、どうしようかなって」
「ったく、そんなとこまで似なくても」
「少しは、私たちを見せたいから」

シグルドの気遣いとでもいえばいいのだろうか、パウの想いとでもいえばいいのだろうか。そうした物が、己の矜持を傷つけているのだと、ただただ己の刃をもってセシリアが突き付ける。
こうして、話をしている、トモエには不思議と聞こえてくるこの会話。それを行っている間にしても、シグルドはどこか気が抜けているのに対して、セシリアに一切の油断が無い。今も、彼女の頭の中で着々と終わりの形までが組み上げられているのだろう。トモエからすれば、はっきりと甘いとしか言いようのない物が。オユキからも、後から苦言として呈されるに違いない事が。シグルドも、それに気が付いているからこそ、平然としている。

「とどめを刺せる場面なんて、あったろ、今までも」
「それは」
「あんちゃんとの差が、オユキとの差がそれなんだろうな」

だからこそ、結果と言えばいいのだろうか。オユキは違うのかもしれないが、トモエには分かり切っていることがある。結局、セシリアではシグルドに勝つことが出来ない。技量では、確かにセシリアが勝っている。体という部分では技術を使って力を補助するため、此処でも同様に。それだけシグルドとセシリアの間には、かつてのトモエとオユキ程の差が、始まりの頃に合った差が存在している。
才能、そしてそれを正しく伸ばすための努力。それを行えた己の教導を、トモエとしては嬉しく思い。存在している、あまりにも分かり易い個々人の才覚の才に改めて思う所も生まれて。ない物ねだりというのは、重々承知の上で。それでも、こちらに来たことで明らかに才覚が伸びているという自覚もある。

「そろそろ、終わりにするか」
「終わりって、私が勝ったって認めるの」
「技ならな。これが、いつものあんちゃんたちの前でやってることなら、俺はとっくに負けって言われてるだろうしな」

そう、これが常の事であれば。トモエとオユキを相手にして行っていること、その範囲であれば間違いなくシグルドには負けを言い渡している。そして、それが理解が出来てきているシグルドには、確かに少しはそうした稽古を許してもいいかもしれない。彼が、そこで生まれる、己が制御せねばならぬ生来の気性ときちんと向き合えるのであれば。
そして、決着の形、それがシグルドがまさに思い描いてるままに繰り広げられる。
此処までの流れの中で、いくらでも機会はあったのだ。
シグルドに、致命傷を与える機会が。
セシリアが、己の刃を正しく振るえば、シグルドにとどめを刺す機会が。
だというのに、今もシグルドが負っているのは軽傷ばかり。このまま時間を使えば、確かにセシリアの考える様に散々につけられた切り傷。そこから流れ出る血の結果として、シグルドは剣を構えることも、立っていることもできなくなるだろう。つまり、セシリアが今の流れのままに勝利を掴もうというのならば、此処でシグルドの挑発に乗る必要が無い。
それこそ、オユキのようにただ淡々とこれまでの事を進めればよい。トモエのように、一切の容赦なくその首を、向き合った相手の首を落とせず、致命傷を与えられる覚悟が無いというのならば。
此処で、かつてセシリアが迷った事。実のところ、未だに本人の中で回答が出ていないものが彼女の足を引っ張る。
セシリアが、晴眼に構えたシグルドに向けて、中段から、シグルドの首を狙って刃を振るう。これまでであれば、シグルドは回避を選択するなり己の武器で防ぐなり。そうした選択を行っていた。だが、今回はそうしない。そして、ただただまっすぐにセシリアに視線をおいて。

「やっぱり、お前は止めるよな」
「え」

何が起こったのか分からない。セシリアにしてみればそうだろう。寸止め、それが出来たことは褒める事だ。シグルドの首元、そこできちんと止められた薙刀の長大な、分厚い刃。それを確認することも無く、止めると判断した段階で、シグルドは容赦なく最速の一手を、刺突を選んだ。
滑る様にセシリアに近づいて、その喉を貫き通す。
その姿に、そういえば前回の戦いで、トモエとオユキの間での決着がそれであったなと、そんな事をついつい思い出してしまうものだ。

「負けるつもりにはなれない、その気がない。そんな相手に勝つ方法、そんなの、一つしかないだろ」

実際には、一つではないのだが、それは後々教えていけばよい事として。

「此処は、そういう場だってのは聞いてるからな」

そして、セシリアの喉を深々と貫いた刃を、シグルドがそのまま横になぐ。首を半ばから断ち切られる形で、その瞳には何故と言わんばかりの動揺を浮かべるセシリアが、そのままに。暫くは、いつぞやのオユキと同じように、体に不調を覚える事になるのだろうか。そんな事を、ただトモエは考えながら。

「後で、きちんと条件については教えなければなりませんね」

さて、仕合の順序。四面あるうちの、二つを使って行われていた仕合。トモエの立っている場にしても、相手を早々に切り捨てた事もあり流血の惨事。シグルドたちが使った舞台も、同様に。これが、かつての世界であればまた厄介な物だが、今は浄化の奇跡がある。
後に残るのは、一つの試合だけ。
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