憧れの世界でもう一度

五味

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35章 流れに揺蕩う

満ちては流れ

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「その、おかしくないですか」
「よくお似合いですよ」
「えっと、オユキちゃんは、良かったの」
「皆さんの事ですから、頼まれれば余程無理な事でも無ければお受けしますとも。それに、頼られるのは悪い気のしない事でもありますから、トモエさんも」

昨日、少年たちに一連で行う鍛錬用の型を紹介し行わせて。ついでとばかりに、トモエがそちらに手を取られている間に、オユキはオユキで戦と武技の巫女を散々に走らせた。
武を修めるためには、最低限の体力と言うものがある。如何にトモエの流派が力に頼らぬものだとは言え、武器を持ちそれを振るう事を是としている以上は当然の事としてそれだけの膂力は必要になる。握力としても、振った太刀が手の中から抜けぬ程度の物が必要になる。さらには、繰り返し振るう以上は間違いのない運動であり、相応の強度を持っている運動となる。いよいよ正式にとなれば、膝を使いというよりも足腰にこそ力がかかる。そして、走り込みこそそれが効率的に鍛えられると言う事もある。
オユキがばてるよりも早く、ヴァレリーは早々に疲労と共に崩れ落ちる事になった。流石にオユキでは抱え上げることが出来ないこともあり、後の事は何やら突然にと言う訳でもなく、気にして様子を見ていたアイリスに任せ。戻ってみれば、そこにはセシリアからの相談を受けるトモエの姿。
セシリアのほうでも、親族、血族とでもいえばいいのだろうか。自分に近しい相手が近くにいる、その認識はしていたらしい。さらには、それらしき人物が自分に意識を向けている。猜疑とでもいえばいいのだろうか、あまり好意的ではない気配を感じるのだとそんな相談を受ける事になった。
そうしてみれば、トモエとしてもさて困ったものだと考える事になった。そして、オユキよりも先にトモエに相談したからだろう。一度席を設けなければならぬと、トモエの中では決まったこととなったために、その準備を戻ったオユキが言い渡されることとなった。サラリック男爵との席を整えなければならないと。
マリーア公爵経由で、それこそ今は彼も久方の休日を楽しむために屋敷に戻っているからと連絡を取ってみれば、呼びつければよいと返事が返ってきた。事実、先方からも面会の申し出があり、これまでに何度も断っていたこともあるのだからと。そうしてみれば、実に速やかに席が整えられ、トモエとオユキが、主体としてはオユキが開く場としてサラリック男爵夫妻を呼びつけて、公爵家の本邸、その一室を借りて顔合わせの運びとなった。少年たちのほうは、何やら不安げにしていたものだが、生憎と無位無官の子供たち。直接彼らと関係のある人物は始まりの町の代官であるため、今回は同席を遠慮してもらっている。

「一応、私は事前にお話ししていますが、男爵だけ、なのですよね」
「オユキさんも男爵夫人には」
「今日が初めてですね」

トモエの問いに、オユキが素直に応えてみれば、何やらセシリアが不安だとばかりに気落ちし始める。

「その、セシリアさん、そこまで緊張せずとも」
「あの、どう、言えばいいのか」
「セシリアさんがどうして始まりの町に、それに関しては私の予想をお伝えさせて頂いても良いのですが、一先ずはお会いしてからと、そのような話であったかと」
「そう、なんですけど」
「不安だという事であれば、部屋の外からという事もできますが」

マリーア公爵に席の用意を頼んだのだ。当然、護衛などが侍るための空間というのはいくらでもある。そこにセシリアが潜んで、話を聞きながら様子を伺う。それだけでも構いはしない。今後の事、それを考えるにはやはりセシリアは少々経験不足。本人としては、これまでの事もあり木々と狩猟の持祭である自分、それを手放す事は無いだろう。だが、それ以外の部分に関して、家名であったり、他との関係性であったり。そうした物を、これから会う相手に合わせてと言う事も行えるには違いない。
それこそ、先方の求めていることは至極単純。娘がおらぬ夫妻の間、子息が一人だけしかおらぬ夫妻の間で改めて己の血縁と思わしき相手と出会ったのだから、跡継ぎとまではいわぬが娘として可愛がりたいとそれくらいの事にはオユキも理解が及ぶ。というよりも、オユキはそうであってほしいと願っている。トモエも、それに気が付いており、事前にマリーア公爵を通して確認は行っている。
事、こうした親子関係とでもいえばいいのだろうか。過去であれば、よほどの環境でも無ければ身の回りで起きる事は無かったのだが、こちらではそうでは無い。オユキの心が、オユキにあまりに負担になるような話であれば、トモエが許容するはずもない。どうにも怪しいトモエの様子に、マリーア公爵が、夫人がトモエに対して尋ねてみたと言う事もあるのだが、オユキの事はオユキ自身よりもトモエが理解しているという信頼がそこにはある。

「それに、その、お洋服まで」
「今後の事を考えれば、アドリアーナさんばかりと言う訳にもいかないでしょうし」
「それは、分かりますけど」
「練習の場、今回の事はまずそう捕らえるのが肝要でしょう」
「えっと、でも、男爵様、ですよね」
「お気になさらず。諸々のといいますか、公爵様からも少々の事であればとそうした話を頂いていますから」
「今後の事を考えれば、色々と問題になることも出てくるでしょう。ですが、まずはセシリアさんと男爵との間で最低限の合意を得る事からですね」

不安げなセシリアに対して、改めてオユキから。
唯一良かった点を探すとすれば、それこそ闘技大会の前であることだろうか。困ったことに、少年たちはあくまで同年代でしかない。つまりは、今回、それと翌年にも。セシリアが年少の部で参加してしまう事になる。
少年たちの中でも、特に才ある少女のセシリアだ。トモエが、眼をかけていることもありその伸びは、現状の能力は加護を含めない場では明らかに頭一つ抜けている。どころか、加護を含めてですら、多くの相手に土をつける事だろう。この少女が、シグルドたちすら下して勝者となった時に何を望むのかは想像がつかないのだが、目立つには違いない。
いや、そもそも狩猟者ギルドの定める最低要件、それに関して改めて考えなければいけないとオユキとしては。

「お客様が、ご到着なさいました」

カレンに声をかけられて、セシリアに改めて視線を向ければ頷きが返ってくる。

「では、ご案内を」
「畏まりました」
「えっと、私たちは席を」
「いえ、今回は腰を下ろしたままで構いません。一応、位だけで見れば下位にはなりますし、実態としても私のほうが高位と言う事です。トモエさんと、セシリアさんは私の配偶者と庇護をする相手となりますから」
「オユキちゃん、そのあたり詳しいんだね」
「私が詳しいといいますか、詳しい相手から色々とならった結果といいますか」

オユキのほうでも、やはり色々と手習いが進んでいる。エステールを経由したうえで、改めてマリーア公爵の麾下にある貴族家の話であったり、多量の主要な貴族であったり。そうした知識を家紋という、これまた難解な物も含めて。紋章学にしても、少しづつ学んで入るのだが、いよいよ基礎となる図案自体は王家からの派生となっている者の、そうでないものがあまりにも多すぎる。オユキとしては、いよいよ頭を抱えるしかないとでもいえばいいのだろう。オユキにとっては、同じにしか見えぬのだが、それを教えるエステールに言わせれば、全く違うというものがあまりにも多すぎる。かつての家紋にしても、オユキが覚えているのはそれこそトモエの物と、そこから連なる過去の高弟達の物だけ。それぞれに相応の差があるため、いよいよ苦も無く覚えられた。だが、こちらでは盾の位置に来る者はともかく、その周囲に置かれるものに関してはいよいよ難解を究める。
マリーア公爵の始まりがミリアムである、その事実もあるために植物を意匠として使う事になるのはまだ理解が出来る。だが、分家と本家の差を、葉の枚数で示すのは、オユキとしては心底勘弁してほしいのだ。枝の数で差別化を行う、せめてその程度の極端な差が欲しい。オユキは心底からそう願うし、何故そうしないのかと深く疑問を抱えてしまう。だが、エステールに言わせれば、過去には枝野数、何処から分岐するのかで表すこともあったのだがとそう前置きをした上で実例をいくつか取り出して。そうしてみれば、あまりにも複雑になったため、とてもではないが家紋として収まる範囲ではなくなったために、現在のようにマリーア公爵であれば盾に置く月の満ち欠け。こちらの世界では存在しないそれに預けて、本流との関係を示す流れが生まれ、では枝、枝葉末節、それを用いてとするときにこれまで既に枝を使ってしまった事もあり、他に使える物が葉しかなかったのだと。

「えっと、オユキちゃん」
「オユキさん」
「ああ、申し訳ありません。どうにも、ここ暫くで詰め込まれたものが」
「大丈夫」
「ええ、今は関係が無いかと言われればまた妖しいのですが、どうにか」

子爵家の当主として、オユキが貴族家として振る舞うためには学ばなければならぬ事は、やはりかなり多い。今後の事を考えれば、また難しい話。それを流石に、少年たちに、被保護者にするつもりはない。そして、そのあたりを理解しているトモエはただ苦く笑うだけ。
そうして少しは泣いていれば、部屋にはノックの音が響く。

「お客様、サラリック男爵夫妻をお連れいたしました。」
「どうぞ、お通ししてください」

さて、そうしてオユキが応えを返せば、扉が開かれる。
そして、その先には既に見覚えのあるサラリック男爵その人と、いよいよ見知らぬ妙齢の女性が。恐らくと言う訳でもなく、その人物こそがセシリアのではない。サラリック男爵の伴侶なのだろう。彼自身が自覚を持っている、これまで、その人物以外にはいないと考えていた。
その人物が、セシリアを目にして、僅かに目を瞬かせる。どうにも、男爵本人に自覚は無い事では合うらしいのだが、こちら夫人には思い当たるところがあるらしい、困ったことに。
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