憧れの世界でもう一度

五味

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35章 流れに揺蕩う

慕情が勝り

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どうやら、お茶を口にすることを選んだのは、トモエとオユキだけであるらしい。かつてであれば、オユキも目の前に座る二人と同じものを口にしただろう。だが、こちらに来てからというもの、多少の小細工を行ったにしてもかつてほど好んでいると言う訳では無いのだ。それこそ、かつての頃には、トモエと綺麗にそのあたりが分かれていたために、オユキはオユキで、トモエはトモエでとなっていたものだ。しかし、今こちらでは、トモエとオユキは同じものを口にすることが多い。それこそ、オユキの体が許さぬ物、苦手を覚える物はある。トモエと何かの共有が行われて、種族的な忌避感というのが軽減されているのだとしても、苦手意識を覚える物は無理がある。だが、それを感じないものに関しては、トモエと同じものをとするのがオユキはやはり嬉しいのだから。

「オユキさんは、キッシュの中身はこちらの物は如何ですか」
「少し、塩味がきつく感じます」
「使っている肉類が、どうしても塩漬けですから、そればかりは」

キッシュの中に入れる食材として、トモエとアルノーが相談したうえでベーコンを使っている。オユキは、そもそも肉の油を苦手にしている。ベーコンであれば、部位を選んだうえで、さらにはオユキ用の物は使う前に炙って脂を落として。
そうした細かい事を行っているのだが、その結果中和されるものがそのまま残った結果としてと言う事もあるのだろう。

「他の具材は、確かに私もそこまで嫌いではありませんが」
「定番の物ですからね」
「もう少し、どう、言えばいいのでしょうか」

キッシュにしても、卵を大目に使って、さらには脂をごまかすために少々値は張るというよりも、アルノーと彼の下で働く者たちが長い時間をかけて用意したクロテッドクリームまでを使っている。それでも塩味が強いというのであれば、もう少し考えなければならないのだろう。オユキの味覚が変わっているというのは、トモエも散々に思い知っていたのだがそれも少し考えを改めなければいけないのだろう。何より、オユキがトモエの為にとかつての調味料の生産に手を出すのだとして、間違いなく苦手な部類をこれからと考えているのが難点なのだろう。そのあたりは、トモエが引き取ってとも考えるのだが、取り合えず、初期部分だけはオユキに任せて、そこから味であったりをアルノーと協力して整えなければならないのだろう。

「以前の物は、ここまできつく感じなかったのですが」
「オユキさん、これまでに出てきたキッシュでいえば、オユキさんが口にする物は塩漬けではなく、胸肉であったり、他の物を多く使ったりとしていましたから」
「おや」
「オユキさんは、そのあたり変わらず苦手ですよね」

そうして、トモエに少し揶揄う様に話しかけながらオユキは口に運ぶ。
オユキは、己の目の前にあるキッシュに意識を向けているつもりなのだろうが、その視線は次に用意されているガレットに向いているのはトモエにとっては非常に分かり易い。他に気がつかれる事は無いのだろうが、トモエが手を加えた物、セツナが指摘したからというものそれが本当に細かく理解ができるようになっているらしい。
困ったことにと、そういえばいいのだろうか。
今後は、トモエが手を加えていない品に関しては、己の好みに合うかどうか、それを細かく判定していくのだろう。味覚だけで、かつては当てにならなかったその感覚をもって、今後は判定をしていくのだろう。
トモエとしては、嬉しい事であるには違いないのだが、それがかつてであればと考えずにはいられない。好き嫌いの範疇ではあるものの、食材単位ではないからこそ、料理人たちは合わせる事を求められる事柄として今後も難易度が高いと頭を抱える事だろう。

「こう、以前に比べればとも思うのですが」
「そうですね。味覚、感覚としては今のほうが鋭くなっていると思いますが、感じ方が変わっている以上は、皮革の意味があるのかを考えなければならないでしょうし」
「それは、確かにそうですね」
「私から見れば、今のほうがよほど健全ではあるのですが」

何やらオユキが己の感想が不適切なのかと、そうした気配を持ったためにトモエが改めて。そして、オユキに対して、今こうしてトモエと話しているのも良いのだがこの場に呼んだ相手が他にもいるだろうと視線で示してみれば。

「ヴァレリー様と、アベル様も楽しんで頂けているでしょうか」
「はい。こちらで食べるのは、どうしたところで以外を感じてしまいますが、王都で口にするものに比べて、王城で口にするものに比べても随分と上質ですから」
「王城、ですか」
「武国の神殿は、王都から少々離れていることもある。故に、ヴァレリー様は神殿ではなく、王都の教会でお勤めであるらしい」
「王族である以上は、仕方のない事かとも思いますが」

どうやら、彼女の意志を無視するといえばいいのだろうか。武国、神国とは違うのだろうとそうした理解はオユキにもあるのだが、神を奉ずるという割には目の前の相手があまりにも他を優先しすぎている。
人の自由な歩みを妨げない、それも一つの事実ではあるのだろう。だが、難しいところも当然ある。神々が人に対して何かの恩恵を与えるのであれば、それはあくまで支払われたものに対して。例えば、巫女を通して得られる信仰。神々への感謝。戦と武技という名の通り、魔物を討ち滅ぼして得られるもの。
加護を得て、さらにはそれを使って振る舞う事で、如何に素晴らしい物かを示して信仰を集める。巫女に対しての信仰は、位を頂く神への信仰になるらしい。神職の基本として、神から位を与えられている者たちというのは、そうした存在なのだとオユキは説明をされている。

「今後の事を考えるのであれば、必須だとは思いますが」
「それは、間違いないだろうが。オユキ、さっきの話を」
「いえ、武国の者たちが許さぬというのであれば、そこは私が戦と武技から直接お言葉を頂きますが」
「と、言いますか、ヴァレリー様が言えば」

巫女でもあり、王族でもあるのだ。そんな人物の発言権が、何故そこまで低いのか分からぬと、トモエが口にする。こちらに来てからというもの、神々の言葉を貴族たちは優先する姿を何度も見てきている。オユキがかろうじてここまで持ったのは、かつての世界の休日がこちらでも基本として保障されていたからだ。勿論、オユキにそれを保証せねばならない以上は、他の者達、借り受けている使用人たちがその割を食う事にはなるのだが。

「その、アベル様は幼い頃だけというのは理解していますし、巫女として公にされたときには居られなかったというのは理解していますが」
「それに関しては、私から父上に問い合わせているのだが」
「間に、誰が」
「いや、そればかりでもない。父上にしても、そもそも知らないのだという話であったからな」
「王族の存在を、公爵様が御存じないのですか」

そんな言葉を信じられる訳も無いだろうと、オユキの視線がアベルに向かう。だが、それをされたところで、いよいよアベルも理解が出来ないのだと、こちらもただ首をかしげるばかり。そして、揃って視線が向かえば嬉しそうに食事を勧めていた手が、此処までの事を散々にぶちまけて少し気分が楽になったのだといわんばかりに食事を勧めていた手が軽く止まる。

「醜聞の類、ですか」
「もしくは、王妃と側室との確執か」

ありそうなことを、オユキとアベルで別々に口に出してみれば。

「私は、愛妾の娘ですから」
「それだけで、ですか」
「正妃様は男子が御一人、跡継ぎ候補になる男子は第二妃様と第四妃様がそれぞれに」
「神国では改善されていると聞いていますが、武国ではそうでは無いのでしたか」
「ああ。人口の上限が解消されているのは、神国だけだ」
「アベル様」
「これに関しては、取り決めがある。神々の言葉である以上は、伝えねばならぬ」

いえ、それはまぁ構いませんが。そう、オユキは一先ず返したうえで考える。今一つ、身分さと言うものが実感できる範囲での生活を行っていないのは事実なのだが、この人物が疎まれているだろうとそうしたことは理解もできる。言ってしまえば、正妃とされている人物の立場が危ういと、そうした話なのだろう。
だが、神国での振る舞いを見ている限りであれば、国の礎になる事を是としている存在だと、オユキはそのように理解している。それこそ、教育という意味では、正妃以上に与えられる人間はいないはずなのだ。
どうにも、武国に対する評価がオユキの中で順調に下がっていく。
アダムが、一体何を見出したのか、それがオユキにはやはり理解が及ばない。
何かあるだろう、当時から、今を見ていただろう現国王の兄。今でも、オユキでは及ばない程に国王として優秀だと分かる人物が、己の兄が他国に向かうという事を、そこで生まれるだろう多くの事柄とを比較してでも良しとした理由。それがオユキには分からない。

「ミズキリに、尋ねてみますか」
「あの男、ですか」
「いえ、トモエさんが嫌っているというのは、理解が出来るのでなるべく頼まぬ様にとしているのですが」
「オユキさんの体調も戻ってきましたし、そろそろ良いかとはお思いますが、そのときにはセツナ様とフスカ様の同席をお願いしましょうね」
「そこまで露骨に脅迫じみた真似をせずとも」
「お前らな、私が父上から情報を得ることが出来れば、父上が調べ終われば間に合う事だぞ」

若しくは、こうして今は食事を楽しんで、自分の境遇の話をされているというのに、それに対して細かい話を、補足を行いもしない相手に一度視線を向けて。こちらに関しては、いよいよ役に立たないといえばいいのだろうか。今後の事を考えれば、問題しかないのだが、本人にしてもどうやら理解が不足しているといえばいいのだろうか。
こうした振る舞いを見るに、王家としての身分、王族としての身分に関してはっきりと重荷を感じているのだろう。他国に嫁がせる、それ以外に価値を見出されることなくそうして暮らしてきたのだろうと言う事が分かる。言ってしまえば、指示を待つ、それ以上の動きが出来ない人物なのだ。
彼女の周囲にいる者たち、とくに世話役として言われている物の言葉に、ただ従う事が美徳とされている人物なのだと想像もできようというもの。
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