憧れの世界でもう一度

五味

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35章 流れに揺蕩う

ささやかな

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夜会の開催は、オユキの中では当主の仕事に分類されている。勿論、その当主というのが男性が就くことが主体となっているというのも含めて。かつての世界でも社交の場として、それらしい会場を抑えて知人を、それこそ伴侶や子供、家族に向けて招待を出すというのままあった。
かつての世界でオユキは開催した事は無く、それこそミズキリや取引先からの招待があれば渋々と、いやいやながらも参加したものだ。言ってしまえば、オユキにとってはこれにしてもしっかりと業務なのだ。だというのに、その名の通り基本は夜であるし、休日返上で行われるというのが厄介なことこの上ない。だが、こちらではそもそも休日という概念が存在していない。安息日というものが、存在しないのだ。勿論、新年祭をはじめ、祭りの日をそう考える者たちも多いのだが生憎とオユキに与えられている物がそれを許してくれないと言う事もある。
そして、トモエに軽くもたれるように腕を絡めて。主体としては、オユキがとするのも正しいのだろうがそれでもトモエに案内を任せて。
会場は、王都にある公爵家の本邸。トモエもオユキも、数度とは言わない程度には足を踏み入れたこともある場。立食形式がこちらにもあると言う事は、始まりの町の屋敷で理解はしていたのだがそれにしても高い天井からつるされた豪奢な証明。かつては、一体どのように明かりをともしていたのかとついついオユキは考えてしまうのだがこちらでは魔術を使って。壁際にも、魔術の明かりがともされて。夜だというのに、随分と明るいその場には既に多くの顔ぶれが己の伴侶を伴って会話に興じている。

「確かに、こうした場で見ると分かり易くはありますか」
「トモエさん、あいさつの後にと言う事もあれば、紹介をと言う事もありますので」
「言われてみれば、そういった流れもありますか」
「別れて固まるのは、凡そ中ほどでしょうか。退出をと言う事であれば、今度は己の知己に挨拶を行うでしょうし、これからもと特に考えている相手、何より主催者にとなりますから」
「意外と、難しい物ですね」
「この辺りは、私もそこまで得意と言う訳ではありません。トモエさん、まずは」
「ええ、公爵様からお伺いしていますし、そのあとはマリーア伯が」
「成程。私達は不慣れだろうからと言う事ですか」

誰を優先するべきか、まずは誰に声をかけるべきなのか。それについては一先ず公爵から、トモエに伝えてくれている物らしい。だが、いよいよ急に開催することになったのだろう。本来であれば、その後の流れについてもトモエに伝えているはずなのだが、それが無い。代わりに、彼の子を後見としてつけて、実施で教えると言う事であるらしい。

「ファンタズマ子爵とその伴侶か。この度は急な事となったが、よく来てくれたな」

見知らぬ人物からの挨拶を受けていたのだが、少し遅れて入ってきた、どうやらそうなる様に案内をされている様子。他の来客について、トモエに視線を向けてみるのだがそのあたりは流石に話をされていない様子。

「マリーア公爵様からのお声かけです。万難を排してと、お応えしたくはありますが」
「何、この世界が人の足で動くには広すぎるというのもただ事実。同じ王都内でも、王城を挟んでしまえば日を跨ぐほどではある故な」
「ご厚情に感謝を、それとお招きに預かりまして、ファンタズマ子爵、並びにその配偶者として。改めて、御身へご挨拶をさせて頂きたく」
「何、本日は我の急な招きに応じてくれそうな者たちばかりに声をかけた。そこまで畏まる事も無かろう」

そうして、公爵から改めて挨拶を述べているトモエではなくオユキに対して、今夜がどういった趣旨で行われているのか、そうした説明がなされる。それこそ、この後伯爵から聞かねばと考えていたのだが概略でも聞けるというのならば、今後の事についてはある程度省略もできる。
この夜会では、オユキのお披露目が内々にと言う事もあるのだが、途中でどうしたところでオユキが眠気に襲われて抜ける事を考えられているために、それを理由にトモエが途中で切り上げなければならないためにそこまで時間が無い。そうして、軽くトモエの礼儀作法とオユキの振る舞いに対する採点という名の挨拶が終われば既に参加者は一通りそろっている者であるらしい。改めて、公爵が今夜の会について急な開催になったことを述べた上で音頭を取れば、方々からはそれまでに行っていた会話なども一度止めた上で視線を向けて。この辺り、魔術でも使っているのだろうか。広々とした空間に、平然と隅々まで声を届かせているあたり位置によって聞こえ方が変わらぬ当たり魔道具のようなものかもしれないが。

「ファンタズマ子爵は、久しぶりとなるな。トモエ卿も」
「お久しぶりです。ご子息をお預かりしておりながら、なかなか御身へご報告を直接させて頂く機会が無く」
「そのあたりはマリーア公の言葉にもあった通り、何分この国は広すぎてな。一応、領都と我らの伯爵領との間を繋ぐという話もあるにはあるのだが、身内を優先するのかと、そうした話にもなってくる。身内だからこその、どうしたところで同じ名を持ち、実際に親子でもあるからこその難しさとでも言えばいいのか」
「御身がこちらに来ていると言う事は」
「領は代官に任せてとなるな。流石に、新年祭のたびにというのは、堪えるものだ」

伯爵領は、マリーア公爵の領内にあるわけではない。辺境伯と呼んでも差支えの無い位置、実際には公爵家としての任命権を使い、マリーア伯爵領の外側にこそ辺境伯領があるのだが、そのとりまとめを行うのが彼の仕事でもある。そして、マリーア伯爵と少し話し込んでいるからと言う訳でもないのだろう。
ファンタズマ子爵家としては、夜会への参加はこれが初めてとなる。勿論、この機会に知己をと考えるものも多い物ではあるし、改めて同じマリーア公爵の寄子同士と言う事もあり。挨拶の順番が来ればと考えている者たちも、実に多くはあるのだが。

「お話の途中、ごめんなさいね」
「これは、クレリー公。ご挨拶が遅れ」
「構いませんわ。今回の主催はマリーア公爵。その子息でもあるあなたは、初参加の者に心を置く必要もあるものでしょう」

しかし、やはりここでも順序が存在している。勿論、気心の知れた者たちであれば、その限りではないのだが。

「改めて、紹介をさせて頂けるかしら。私の伴侶となるイサークよ」

なかなかに難航していると聞いていたのだが、選定が終わったらしい。

「イサーク・カヨ・アスタルロサという。陛下の承認を得れば、今の家名は変わる事となるのだが」

この名乗りは短い間だけだと、少し、苦笑いと共に。
そして、オユキとしては習っていた家名の中から、該当の物を探し当てる。この辺りは、流石に伯爵の助けを得るようなものではない。それに、カルラ、クレリー公爵が挨拶をと視線を向けているのはトモエではなくオユキでもある。

「お初にお目にかかります、アスタルロサ侯。令息かとお見受けいたしますが」
「私は、第二だな。クレリー公爵家への婿入りとなれば、公爵家の長子でもとは考えるのだが、私は幸いにもカルラ公と学園で知己を得ていてな」
「ここ暫くの改革でも、手伝って頂きましたのよ。その縁もあり、この度は彼と」
「生憎と、私だけではなかったと言う事もある。かねてより同じ学び舎、同じ師の下で机を並べた相手でもある。その人物が困難を得ていると聞けば、下心もある以上は当然己の持てる全てをと考えるものだ」
「もう、またそんな事を」
「仲の良い事ですね。一端を担った身としては、嬉しい事ではあります」

アスタルロサ侯爵の第二令息の言葉に、オユキはただ微笑んで答えを返す。カルラにしても、同級生、同じ年齢の相手がここまで独り身で残っており、下心、公爵家の権力というよりも、ここまで独り身で残っていた理由そのものをもって彼女を望んだことを嬉しく感じているらしい。
侯爵としての腹芸は当然行える相手なのだろうが、それを今回は行うつもりが無いのだろう。オユキから見ても、そうした気配は見えない。トモエにしても、警戒に値しないというよりもそうした邪念の類は感じないというように、オユキに任せている気配。
こうした対人における直感というのは、オユキよりもトモエのほうが優れているからこそ。
そのトモエは、目の前にいる相手よりも、少し遠巻きに機会をうかがっている人物。オユキは見覚えのない、トモエにしても知らないだろう人物。二組ほどの相手に、意識を割いている。どうやら、本番はそちらなのだろうと、その様な事をオユキは考えながらも、目の前の相手と言葉を重ねる。
カルラとこうして直接話すのは、久しぶりの事ではある。
なにくれとなく手紙のやり取りをするような相手ではなく、公爵領で行われていること、カルラが奮闘をしているのだとそうした話を人づてに報告として聞くばかり。
実際には、方々で不足する薬の材料。こちらでは、魔物が落とすものあれば、採取として手に入れる物もある。そうした素材を、今となっては、ほとんどを引き取っているクレリー公爵家の人物として。

「そうですか。クレリー公のほうでは、やはりそうした問題が」
「異邦人たち、これまでは少々扱いかねていた者たちですが、その者たちの内二人ほどが知識を持っていたのは幸いでした。ですが」
「薬効を持つ植物の採取が可能ならばと、私はそのように考えてしまいますが」
「だからこそ、なのでしょう。その場を荒らす、他の木々を伐採して、それが難しいと、行いたくないと考えるのは道理というものでしょう」
「ああ。採取者たちに聞き取りも行っているのだが、森の木々を伐採して造船に必要な量をとしてしまえば、森がそのまま小さくなると考えているらしい」

そのあたりは、領主の権能とやらでどうにかならぬかと、オユキがカルラに視線を向けるのだがこちらはただ首を振って無理だと返ってくる。この辺りは、ミズキリに改めて領主のクエストであったか。メイでも行えるようなことではあるのだから、正しく管理者権限を委譲されるようにとしなければならないなと考えつつも。

「私のお世話になっているマリーア公爵の領地では、木材も豊かにありますが」
「輸送については」
「専用の馬車か、それこそ荷台かが必要になるかと考えますが、それこそ御身の領の得意とするところを」
「成程、確かに少し大型の物を用意すればと言うものですね」
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