憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

揺れ落ちる

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「シグルド君、こちらへ」
「ああ」

馬車の中で、当人がおらぬからと益体も無い話をしていれば。乗っている者たちの心情などいざ知らず、目的地へとたどり着く。相も変わらず何処までも広がる草原に、少し先には森の緑。公爵家の本邸からであるため、いよいよ今ここにいる場所は王都から見て東か南か。魔物の種類を見る限りは、少々南寄りといったところだろうか。
相も変わらず、アイリスの加護による物だろうが、魔物の種類には変化がみられる。昨日乱獲したばかりのファンガスたちが、相も変わらず何やら毒々しい胞子を定期的に噴霧しながら。さらには、魔国でも見かけた子鹿の特徴でもある斑点模様を持った魔物迄。

「少々、気負いすぎです」
「わかっちゃいるけどさ」
「日取りが近いと言う事は理解していますし、あなた達は年少者の部では間違いなく最年長でしょう。ですが」
「ああ。っていうか、俺らも結局そっちなんだな」
「オユキさんと私が戦う機会を最小限にと、そうしたことを考えた結果なのでしょうが」

本来であれば、この少年たちにしてもトモエと同じ場で戦う事になったはずなのだ。だが、現実的な問題として、未成年者、年少者、そうなってしまうと、王都で暮らす者たちばかりとなる。そして、そういった物たちが何をしているかといえば、学び舎に通っている。
騎士学舎では、当然模擬戦など頻繁に行っていることでもあり、果たしてわざわざその区分を設ける事に意味があるのかとそうした疑問が上がってきた。当然、公爵もそれを退けられる訳も無く、オユキも同様。では、排するのかという話が出たときに、それでは他の区分、それこそ現役の者達と戦わせるのかとこれまた議論が紛糾する事となった。
トモエは恨み節交じりにそう口にしているのだが、実際には細かな背景がある。結局のところ、ある程度の自由が利く成人年齢に達した者たちも、数えである以上そこにはまだ差もあるから参加させたうえでと言う所に落ち着いた。落ち着いた、というよりも落ち着かざるを得なかった。
公爵にしろ、オユキにしろ。細かく話はしなかったのだが、ここでもまた色々と政治の力が働いた。オユキは、基本的にこういったパワーゲームの類を好みはしないのだが、それでもトモエが望む舞台を整えるためとなれば否やは無い。

「結局、今回はオユキ」
「ええ。不参加です。本人にしても、今更年少者に交じってとすることに価値を感じていませんから」
「それだと、あんちゃんは」
「私も、もとより見世物は好みませんし、年齢で分けられてしまった以上はそこまで興味も無いのですが」
「あー、いっこ上のは二十五までになるんだったか」

そして、トモエはトモエで年齢で分けた結果とでもいえばいいのだろうか。アイリスもいない、ローレンツもいない。そんな闘技大会に参加する意味をそこまで感じていない。カリンとであれば、少しは等と考えるのだが其方はそちらで別の方向でもあるため、トモエの思う仕合とはまた風情が変わる。オユキ相手を望ませぬためには、やはりトモエが一度思い知らせておかなければならないと言う事もある。あまり、トモエを超えてオユキに対して好き勝手してくれるなよと。後は、今後も変わらずトモエの目に移すのはオユキだけなのだぞと。

「ええ。ただ、前回の事もありますから、私は参加をしなければならないでしょうね」
「まぁ、王都にいて健康だってのに」
「前回の優勝者が不参加というのも、確かに興ざめでしょうから」

そうして話しながらも、魔物の領域、結界の外であるにも関わらずシグルドに素振りをさせては過剰に入った力が抜ける様に手で誘導して。何より、こうして普段通りに話していればシグルドにしてもこれが常の事だと力も抜けてくる。

「さて、シグルド君は、一先ずこれで大丈夫でしょう。次は、アドリアーナさん、ですね」
「あー、あいつはなぁ」
「皆さんの中でも、役割分担が固まっているのは良いのですが。なんにせよ、少し時間がかかりそうですから、皆さんで十分と思える程度にお願いしますね」
「ああ。呼んでくる」

シグルドの気負いから来る過剰な力み。それも一先ずはどうにかなった。だが、アドリアーナのほうはやはり少々根深い。最も困ったこととして、彼女の好む武器というのはトモエが扱えるものではないのだ。弓、弓術として、ある程度共通する部分があるとは聞いているのだが、所詮はある程度。そもそも、古来より分けられていた以上は、つまりそれだけの差があるという話。そして、常々そちらを使っているのがアドリアーナという少女であり、普段は近くに魔物が来たり、移動のさなかで矢玉の補充が効かぬ時に太刀を使う。
その程度であるはずなのだが、今度の大会では太刀をもって参加するという事であるらしい。確かに、遠距離で取り廻すことを前提としている武器である弓、近接での術理というのも確かに存在していると確かに過去に聞いたものだがそれ以上の何かをトモエが知る訳も無い。つまりは、参加をした時に距離を詰められ、それも確実に命を奪う程で射かけなければというものだ。いよいよ武技なども使えない以上は、鎧を着こんだ相手と向かい合う事になれば。

「その、無理を、言っているなとは」
「いえ、そのあたりは構いません。ですが、太刀を用いて、それを前提に直しますので」
「私は、やっぱりこれが好きなんです」
「はい。そうした思い入れは大事です。それに、皆さんの中でそうした遠間からの手段を持っておくのも大事だとは思いますから。パウ君にしても、ローレンツ卿から盾術を習ったことで、皆さんでもかなり安定してきたでしょう」

今も、少年たちの前に立ち、トモエとしても質量とは、運動エネルギーとは何だったのかと首をかしげたくもなるのだが、パウが見事に子鹿の親だろうか。魔物にそんなものはないかもしれないが、二回りでは効かぬほどに大きい、始まりの町で見たシエルヴォがそのまま大きくなったという見た目の魔物の突進を見事に止、さらにその角を盾で受けるついでに打撃を加えることで折っている。

「そして、遠間から狙う、アドリアーナさんがいれば牽制なども行えるわけですし安定はするでしょう。ただ、その、弓を主体にというのであれば、今後は参加の折にもといいますか」
「ええと、それをしたいとは思うんですけど、初めから番えて向かい合ってとかは駄目みたいで」
「確かに、互いの武器が届く範囲でというのが暗黙の了解のようになっていますから」

それが今後変わるのかと言われれば、色々と難しい。

「その、極論するならば、ああした舞台で弓というのは他に向かうという不都合もありますので」

そして、トモエの懸念としては、合ってほしくは無い事なのだが、今後規制がかかる恐れがあるのだとそうアドリアーナに話して。

「色々t、難しい事もありますから。ですが、アドリアーナさん。もしも、付き合いで。仲のいい他の子が出るからと、それを動機にするのは止めておきなさい」
「やっぱり、トモエさんは分かりますか」
「他があるのは、他があるのも分かります。ですが、最期に決めたのはそれ故でしょう」

太刀を改めて両手で構えさせて。何処か気が進まぬその様子に、トモエがどうにか彼女が納得の上で当日を迎えらえる様にと。参加でも、不参加でも。正直な所、トモエにしてみればどちらでも構いはしない。
視線の先では、パウが防いだ魔物にサキが切りつけセシリアがとどめを刺している。シグルドとアナのほうはパウが縦を構えているというのに、こちらはそれぞれで魔物と向かい合って。これは、また後で集団戦に関する話を、トモエでも分かる範囲の話をしなければと考えながらも今後アナに教える時には、さてアドリアーナ同様にどうしたものかと。
彼女は、いよいよトモエの外にある理屈でもって動いている。この世界における巫女の役割、その対価として得られるものが歌と舞だという。そして、彼女の動きというのはその舞の結果。少年たちにしても、時折不思議そうにするのだが、それがきちんと成立していると分かるというよりも、トモエが口を出さないからだろう。もしくは、少年たちの間で訪ねてみた結果として要領の得ない回答を得ているからかもしれない。
いや、トモエとしては、老巫女が気にかけているという事から、各々が薄々とそれこそシグルドとアナ本人以外は感づいているのかもしれないが。本人には伝えるなと、そう言われている以上は、そのあたりの確かめようも無いのがまた頭の痛いところではあるが。

「例えば、あちらのクレドさん」
「えっと、すごい、ですよね」
「ええ。ご本人は加護が無ければというかもしれませんが、間違いなく脅威となる方です。武器の有無、そこについての規定を言うまでも無く、鎧を着ていたとしてあの身体能力で容赦なく打撃を加えれば」

鉄の鎧であろうが、紙のように。それを行うには、彼の語る様に祖たるものからの加護が必要になるだろう。だが、トモエが説明をした時にも、加護が無ければできぬなどと言う事も無く。ただ、己の矜持に、己の爪牙を振るう場とは考えられぬと切って捨てた。

「あれほどの方にしても、やはり舞台として望む物でないのなら。ええ、そうした物ですから」
「えっと、例えばアイリスさんと」
「何度か見ましたが、大人が子供をあしらうかの如くと、そうした様子でしたよ。この世界では、長く在ればそれに応じて加護が得られると言う事もあるそうですから。いえ、クレド様が暮らしている地が人狼という種族にとっては加護を得るに値する環境と言う事なのでしょうが」
「それは、オユキちゃんとかセツナ様の」
「かつての記憶でいえば、相応に寒い地域にも生息域を持っていたように思いますが、それは毛皮によって防げるというだけですし」

部屋を、それこそ屋内を整えた結果として、平然と氷と雪を共とするのが氷の乙女。生前の話でいえば、かまくらの中に家財を置いてと、トモエの感覚としてはそうなるのだ。中に火鉢でも置けば、確かに暖かくなるのだろうが、セツナは寧ろそこからさらに気温を平然と下げていく。彼女自身が、寒々とした目が覚めるような、氷の如き冷気を放っているのだから。オユキは、全く気が付いていない様子を見るに、オユキ自身もその内、こちらに長く在れば、幼子と呼ばれる事がなくなれば同じような状態になっていくのだろうが。
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