憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

寒露の頃に

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公爵夫人に連れ出されたオユキを見送って、異邦人二人は、かつても女性であった二人については成程と納得する反面、トモエに少々厳しい視線を向けて。そんな視線を向けられたところで、トモエからオユキに対してそうした社会通念とでもいえばいいのだろうか。そうした話をする機会というのは、非常に少ない。そも、どうしたところで周囲に人がいることも多いため、トモエから話すのも色々と難しい。何より、細かい差異があるかもしれない。それどころか、根本から違う理屈があるのかもしれないのだ。
それこそ、オユキについている侍女たちからそうした教育をと言われたこともあるのだが、確かそれに関しては許可を出していたはずだと、トモエがシェリアに視線を向けてみれば。

「その、少し踏み込んだ知識はご存じのようでしたから」
「それは、そうですね」

周囲には商人たちがいるために、トモエは己が異邦から来たことについては口の端に乗せずに。この辺りは、オユキであれば気にせずに口にしそうなものだと、そんな事を考えて。どうにも、オユキは色々と勘違いが多い。というよりも、この世界に来てから、過去よりも視野狭窄を起こしている。かつてであれば、オユキが平然と口にする言葉、戦と武技の巫女でもあるため、個人として伯爵位相当でもあるためなかなかに止められる相手がいないのだと、そういった理解がどうにも及んでいないのだ。そして、どうにも子爵家としてとそれを繰り返し、ファンタズマ子爵を名乗る事は多いのだが、オユキ個人としての位を名乗ることが無い。

「ええと、こう、必要な事は知っているはずですが今公爵夫人に注意されているだろう、誘い文句の類ですね。凡そ、私が思いつく範囲であれば、私以外に言う事は無いでしょうが」
「トモエ様、その言葉にしても」
「失言でしたね、忘れる様に。ええと、要は私に対して、特に今回は意識せずに口にしてしまったといいますか。恐らく、では無くかなり可能性の高い物として、周囲に人がいる事を忘れたといいますか」

そうして話しながらも、恐らく買い物として考えている時間に関しては、オユキはもう戻ってくる事は無いだろうなと、そう考えているために。オユキの代わりに、オユキが良いとした色合いで種々の布を用意させて、手触りなどを確認していく。オユキは、ベルトと同色のベルトに関して懸念を覚えた物だが、トモエとしては案外とそれも悪くないと考えている。こちらではいよいよ屋内で着るか、乗馬の時に着るか。それくらいの物でしかないため、ベルトにしても今日オユキが見たようなものでは無くもう少し丈夫な物をつけるために問題はない。
今は、少々薄い物をつけているのだが、コートの上からでもつけて問題が無いものもあれば、剣帯すらもあるのだ。寧ろ、平時はそちらを身に着けていることも多い。

「オユキさんは忘れていますが、メイ様にご用意いただいたものもあるのですよね」
「せっかくですから、この機会にはと」
「オユキさんに任せると、そう決めていますから、今回の事は」
「差し出口でした」
「そのオユキさんは、間違いなく戻ってはこないでしょうが」

それこそ、次に回してもいいのだ。今回だけでなく。

「のう、幼子の伴侶よ」
「セツナ様、どうかされましたか」

そうして、次に思いを馳せるのもやはりトモエにとっては楽しい事でもある。オユキは、何時からだろうか。この世界に来て暫くは、とはいっても未だに一年と半分ほどしかたっていない。だというのに、以前はと枕を作る程度には。トモエは、以前からやはり変わっていないのだ。
オユキが、あそこまで熱を上げていた世界。トモエとしても、かつては意地を張っていた世界。だからこそ、第二の生を得たというのならば、その生を全うして見せたいと位には考える。オユキが、かつての流れに戻りたいだろうと、そんな事を言い出したときには、確かにそうした考えもあるのだと頷いて見せた。だが、割合でいえば極僅か。
今もいるこの異邦人二人、一昨日に催された会と同様の場でオユキがはっきりと、そこまでの間にかなり参っており考えが変わったと言う事を改めて示した場で。そこで、理解の及ぶものには伝わる様にトモエなりに伝えたつもりではある。
終わりの時には、間違いなくオユキは元の流れに、あるべき流れにとそう言うだろう。
それに対して、トモエは今更だと口にすることだろう。
万が一オユキの考えが変わったとしても、こちらで両親の事が間に合わなかったとしても。それでも、オユキは既に決めたこととして口にすることだろう。だからこそ、トモエもオユキに協力するのだ。その場で、投げやりにならぬ様にと。オユキが全てをトモエに預けようなどと考えないように。そして、未だにある勘違いについては、どうなるか。それを楽しみにしてはいる。

「妾のほうでは良人に良いと思うものだけでなく」
「そのことですか。構いませんよ、どうぞ選んでください」
「なかなかに剛毅な事よの」
「環境が違うので、やはり価格も相応に差がありますから。貨幣でのやり取りを行う文化があるのであれば、それぞれの値段を確認していただいても構いませんが」
「前に言うたと思うが、妾たちは交換が主体での」
「その、クレド様をはじめ、狩猟に出た折に魔物は貨幣を落とすと」

確か、オユキがその様な事を言っていたはずだと。

「妾たちの暮らす場の周囲では、その様な事は無い」
「そう、だな。魔物である以上、魔石は残すが」
「ああ」
「セツナ様たちは、そういえば魔石はどのように」
「と、言われてものう」
「浄化は氷の乙女たちが行う。そうした魔石は俺たちが食べることも多いが、基本は他にとなるな」

クレドが何やら、非常に気になる事を口にしているのだが前者に関しては、尋ねたところで間違いなく聞こえはしないだろうからと己の好奇心に一度蓋をして。それこそ、カナリアにでも尋ねてみればいいだろうと。まだ、彼女のほうが、ある程度の理解が進んでいる彼女のほうが、身振りも交えて少しでも伝わる様にとしてくれるのだから。

「そういえば、取引先、ですね。お伺いしている限り私たちに近いといいますか、人の暮らしている地のように聞こえるのですが」
「ああ。いくつか集落がある。そこで暮らす者たちと、細々とではあるがな」

言っていなかったかと、クレドが実に不思議そうに。

「周囲にいくつかとは伺っていましたが、その、そこで暮らす人たちというのは」
「ああ、それか。割合までは分からんが、ひともそれなりにいるぞ。多いのは獣特徴を備える者たちと精霊になるが」
「精霊、ですか」
「花精、木精、雪精、氷精くらいか。把握しているのは」
「ええと、そのような中に人が暮らせる物ですか」

獣の特徴を備えているとはいえ、かつての世界にしてもそうだがセツナの口ぶりから想像ができる極環境というのはかなり選ぶはずだ。魔物として挙げられた名前にしても、鹿等と言う生き物は寒さには弱かったはずだと。勿論、そうした物に対するための進化とでもいえばいいのだろうか。環境に適応するための変化はあるのだろうが。
夏よりも、冬が得意だと語るアイリスが、冬場は実に毛量が多くなるように。

「こちらに比べれば、確かにあちらの者たちは毛の質も違うが」
「ふむ。その者たちと、妾たちが交換する品じゃな、その最たるものの一つが冬をしのげるようにと調節した魔石になる」
「セツナ」
「構うまいよ。こちらは、春の気配が強い。他に行った国と言えば夏の気配が少し強くなっている地であるしの。妾たちとしても、貨幣を持たぬ以上は求める時には」
「それは、そうかもしれぬが」
「聞かなければよかったことであれば、そのように。それに、私が裁量権を持っている範囲を超えそうですから、そのあたりはオユキさんと話し合って頂ければと」
「ふむ。その方が言うならば良いのじゃが、よいのか。妾が求めるだけとしてしまえば」

そして、セツナの視線がクレドには似合わぬと脇によけておくようにといった布。それにしても、実に分かり易く分けられている。クレドへの物、それについてはオユキへの対価として要求するつもりだったのだろう。残りの、分けられた布の山のうち多い方。そちらは里へ持ち帰るつもりだと、実に分かり易い。

「運送、門を使うための魔石や魔力がどの程度になるかわかりませんが、そちらにはクレド様の仕留めた魔物からの物を使わせていただければと」
「良いのか。こちらでの滞在と食費にと考えていたが」
「オユキさんを見て頂いていますし、気にかけて頂いていますから。そこでそれ以上の対価を求める事はありませんよ」

トモエの言葉に、少々周囲の商人たちが動きを変える。
トモエとしても、クレドとの会話はやりやすいのだが、もう少し分かり易い流れが必要だからとセツナが何やら気を使ってくれた様子。これまで、いよいよ表に出ていなかった者たちだ。見目に関しては確かにオユキに、ファンタズマ子爵家当主によく似ている。翼人種たちに関しては、あまりに分かり易い特徴を持っており、それこそ始まりは王都であったこともあり広く知られている存在だ。だが、この人物はと、分からないながらも、公爵家の本邸で好きにできるだけの相手であり、侍女たちが気を遣う相手なのだからと、そう考えていただけのところに。
要は、トモエとしては、オユキに対して非常に重要な人物なのだと示したいと考えて、話しかけられる前から機会を探していたところに、こうして乗って来てくれたと言う事だ。
それも、どうやってこちらに来たのか、それに言及することなく。

「礼品という意味であれば、正直私としてはそのあたりも含めてとしたくはあるのですが」
「何、その方があの幼子を、伴侶として大事に思っているのは妾も理解しておる。しかし、それとこれとは」
「ああ。俺たちとしても、これが前例になるとあってはな。今までと同じようにとできるのであれば」
「そう、なんですよね」

トモエとしては、当然の事として。オユキの回復の為にと、立った数日で分かるほどに、明確に体調が回復している。これほどうれしい事は無い。トモエにしても、散々にという程では無いのだが、それでもトモエの稼ぎと言うものが未だにファンタズマ子爵家の財の一割程度は存在している。その程度であれば全てとしても全く問題が無いのだと考えているのだが、生憎と相手にしても一種族の長なのだ。そのような余りに不確かな物が指標となっては、やはり困るのだと示されて。
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