憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

讃える夜に

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「私からと、してもいいのよ」
「流石に、我としても腹に据えかねておるのは事実。故に、巫女へと命じたのだ、神国に一度足を運べとな」
「でも、あなたの巫女は、あちらでは立場が低いでしょう」
「そのあたりの改善を求めてもいるのだ」

ヴィルヘルミナが、せっかく王都に来たのだから当然色々と見て回りたいのだと、そう訴えた。だが、オユキから返せることというのは、高度に政治的な事柄であり等と言う、かつての世界で散々になじられるだろう言葉を口にするしかなかった。だが、得難い実感とでもいえばいいのか。ああ、時には本当にこうした言葉を使わざるを得なかったのだろうと。
そして、オユキの返答に納得がいかないというよりも満足がいかなかったのだろう。カリンを巻き込んだうえで、アルノーにヴィルヘルミナが働きかけ、別邸の庭に食事の場を、始まりの町で用意したのと同じ席を整えたかと思えば、確かに時期としては良い物でもあるからと。
こうして、神を降ろすことを実に当然とできるあたり、巫女というのは、異邦からの巫女というのは実に便利な存在なのだなと。そんな事をオユキはのんびりと。
今度ばかりは、アイリスもいない。だが、マナという面では、オユキよりも遥かに大量に保有する種族が幾人かおり、そちらはそちらで楽しんでもいる。
要は、オユキが実にのんびりと、こうした席では珍しくトモエに許されて、水で薄めていない、これまでそうされていたことに気が付かなかったのだが、そんな公爵家秘蔵のワインをのんびりと舐めながら。

「いつの間に、とは思いますが」
「貴女が特に気に入っていると、そうした話を聞きましたから」

そして、何やらヴィルヘルミナの動きに気が付いたオユキが、早めに公爵家に連絡を、といっても同じ門の中にあり、馬車での移動がいるとはいえ、歩いて一時間と少し程度の距離ではある場に人を遣れば。仕方のない事だといわんばかりに、公爵夫人と少し遅れて公爵が合流した。

「秋を讃える、月を愛でる会、ね」
「仕方あるまいよ、こればかりはな。新年祭という、大きなものがあるだろう」
「あれは、年が変わることに対する物だもの。私への物ではないわ」
「その、お母様、悪いお酒になっていますし、どうか程ほどに」
「貴女は、いいわよね。直系の子達がいるんだもの」

月と安息と、戦と武技。そして美と芸術が陣取る席では、ヴィルヘルミナの陳情に対して、公爵も交えて今後の事を図っている。異空と流離とその裔は、常と変わらず隙にしているために意識から外し、というよりもオユキの苦手な属性に寄っているために席を分けて。
そして、別れた先の席では、すっかりと気楽にこうして降りてくることが出来るようになった冬と眠りが、雷と輝きと氷の乙女の祖でもある風雪と氷嵐に対して管を巻いている。是非とも、この場については公爵夫人とセツナに舵取りを行ってほしい物だと、そちらはおいて起きオユキは隣に座るトモエに頭を預けてぼんやりと月を見上げる。
ここ暫く、こうして過ごす時間というのが、本当になかったものだと、そんな事を考えながら。
やはり、オユキは、トモエも。こうして過ごす時間が好きなのだと、そんな事を考えながら。

「それは、そうですが。お母様にも、私たちをはじめ」
「私の子供たちは、私の側にはいないんだもの。全く、裏層で四季を支える私達がいるというのに、みんな表層にばかり」
「仕方あるまい。あちら側では眠りの意味がまた異なる。寧ろ、眠ればこそ」
「貴方もよ。こうして、私を連れ出してくれるのは嬉しいけれど、あの子達がいなくても、そうしてくれても良かったじゃない」
「それについては、謝るしか無いものだが。我に与えられた権能にしても刹那の輝きでしか無くてな」
「そればっかりじゃない、いつもいつも」
「流石に、縛られていることもある。我の眷属を放ってとしてみてもいいのだが」
「あの、お父様、それはまだ早いと創造神様すら止めていることですから」

雷と輝きの眷属、要は雷と揃って語られるものなど、実に分かり易い。確かに、過去の貴族の手記であったり、それを討伐した者の末裔を名乗っている貴族なども神国にいるのだが、実物を見ていないなと。トモエはそんな事を考えながらも、この場を、なかなかに統制の取り切れないこの場をこそ楽しんでいるオユキの頭の重さを感じながら。
トモエはトモエで、こちらに来てからというもののやはり食の嗜好が変わっている。以前は、ワインを殊更好んでいたものだが、こちらに来てからというものより度数が高いといえばいいのだろうか。オユキに存在が知られてからは、専ら蒸留酒の類を口にしている。
アルコールの度数については、こちらで得た体にとっては余程の深酒をしなければ問題も無い。それよりも、熟成するためにと使った樽、それが与える木の香りなのだろう。それが、かつてワインから香る葡萄にも似た心地よさをトモエに与えてくれるのだ。

「これで、少し話が纏まると良いですね」
「どうでしょうか。各々が求める事、難しさ。そうした物を共有する場、それで終わりそうな気もしますが」
「互いの問題点が分かったのなら、後は」
「解決策については、こちらにとなりそうなものですが」
「オユキさんは、積極的にとは」
「正直な所、トモエさんが散々に私を不安視していたことが、ここ暫くで、セツナ様の手を借りて改めて一日休んで身に染みたといいますか」
「無理を常とすれば、それに慣れてしまいますから」
「慣れれば、そうでは無くなると」
「見極めが出来る相手がいればこそ、ですよ」

周囲では、それぞれに集まったものが、それぞれにと話している。そんな様子を、遠景として眺めて。かつての老境に得た、楽しさとでもいえばいいのだろうか。それが今目の前にある。どうしても、置いてきてしまった物を、やむを得ない理由が、明確な理由があるとはいえおいてきてしまった物を思い起こさせる風景に。胸に去来する寂しさのようなものは、仕方が無いと一度おいて。

「良い席ですね」
「ええ、楽しい席です」

軽く、お酒の回り始めたオユキが、熱に浮かされた目で眺めながら。
相も変わらず短い時間だとは思えないほどに、アルノーはこうした席の用意をと頼めばそれが当然と熟して見せる物だ。勿論、カナリアにしても調理の補助、というよりもセツナとオユキが口にしやすい料理や菓子の為にと駆り出されたとは聞いている。それにしても、本当に多種多様な食材がこの宴席の場には並んでいる。
カリンの馴染んでいる点心に始まり、トモエとオユキがお酒を飲むことを前提としているからだろう。つまみの類として、干物を軽くあぶったものにはじまり、果物にオユキが何やらこちらに来て殊更好んでいるチョコレートなども。一時期は、発酵まで終わったカカオ豆をすりつぶす工程で手間取っていたらしいのだが、事前に使えないものを取り除き、皮ごとではなくロースト後に空のようになっている物を取り出して。そうした細かい工程を思い出したオユキがアルノーに伝えて。かなりの手間をかけなければならないために、そうした作業をアルノーが連れてきている子供たちに任せながらと。

「ワインには、あまり合う印象がありませんでしたが」
「そう、ですか。私としては、悪くないと思いますが」
「どうにも、ブランデーといった物に合わせる印象が」
「確かに、そうしたことも多いでしょうがレーズンを入れたりと言う事を考えれば、早々とも」
「言われてみれば、そうですね」

そうして、二人でのんびりしている処に、やはり方々からの視線というのも向けられる。明確に声をかけに来ないのは、それぞれに己の祖霊であったり、神々であったりを優先せざるを得ないからか。それこそ、そうした陳情を受けて、必要であるならオユキやトモエもその席に呼ばれるはずではある。神々にしてみれば、一つ手をたたく、それ以下の労力でとできるには違いないのだから。

「オユキさん、ありがとうございます」
「いいえ、私としても、やはり腹に据えかねていますから」
「そちらでは無く、手布と、それから私が今度の闘技大会で着る衣装。後は、飾りを凝らした鞘の手配」
「どういたしまして。ですが、未だにできていな物に対してのお礼というのは、受け取れませんが」
「それでも、心遣いがうれしいから、そうですよね」
「そうでしたね。そう言い出したのは、私でしたか」

かつて、オユキが度々そうして感謝の念をトモエに伝えた物だ。日々の事、子供たちの事。孫たちの事。それから、どうにも時間がとりにくかった、多くの事を代わりにとしてくれるトモエに対して。
クレドが、セツナを助けるためにと、何やらこちらも楽し気に眺めていたのだが大量に用意された肉を一度おいて。カリンが憤懣やるかたないとばかりのヴィルヘルミナを宥めるついでに、公爵と戦と武技、月と安息の神の席に向かい。異空と流離については、いよいよその数を増やした翼人種たちに、カナリアが絡まれている。
年若いとは聞いている以上、成程と、そう考えてしまう程の惨状とでもいえばいいのか。カナリア一人に対して、長老と呼ばれる者たちだろう。オユキが面識があるのは、パロティアとフスカ位なものだが、他にもフスカと並ぶ者たちに加えて、パロティアと並ぶ者たちまでもがカナリアい取りに対している。席次というよりも、並び方と言えばいいのか。カナリアの正面にフスカが座りその左右に六人ほどが。さらに背後にパロティアをはじめ他にもいくらかが。

「オユキ、貴女は、助けるつもりはないのですね」
「私が割って入って、それも良いかもしれませんが」
「確かに、そうですね。全く、己の寄子に甘えるばかり等と言うのは、あの人も」
「個人で解決しかねる事柄、私であればとそう考えて頂けるのは嬉しい物ですが」
「そうした物が積み重なって、現状を得たのでしょう。全く、貴女を望んでいるのは王太子妃様もだというのに」
「そういえば、そのような約束もありましたか」

定数を超える初めての子供。明確に、それを選択する以前に、一つの試練として与えられている子供。その子供に加護を分け与えるという仕事も存在している。

「そちらについては、折に触れてとそういった話に」
「その機会が、今だと言う事でしょう。闘技大会、貴女は其処に必ずいるのですから」
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