憧れの世界でもう一度

五味

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34章 王都での生活

名月を

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王都に到着した翌日、早々に聞きつけたというよりも公爵の手配による物だろう。トモエとオユキの貸し与えられた別邸に、ヴィルヘルミナとカリンまでもがやってきた。それに合わせて、始まりの町に戻ったはずのカレンとユーフォリアまでも。
朝食をのんびりと、トモエとオユキの貸し与えられた部屋で摂った後に、庭先に出て軽く体を動かしていれば馬車からの一団がぞろぞろと。一体何事かと思えば、そうした集団であったという話だ。

「思ったよりも、早かったですね」
「ですが、私たちが魔国で過ごした時間も考えれば」
「それも、そうですか」

既に、一月と半分が立っているのだ。当初の予定と比べれば、聞いていた予定と比べれば寧ろ遅れが生まれている。そのあたりは、帰還に際しての時間と考えれば納得のいくものではあるのだが。

「私と、カリンがあちらに誘われているのよね。生憎と、私は美と芸術のほうが興味があるのだけれど」
「私は、闘技大会が終われば、でしょうか」
「確かにカリンさんも参加するのであれば、調整は必要ですか」
「言われていることも、ありますから」
「それに関しては、なかなかに疑わしい物ですが」

オユキが、少し座った目をカリンに向ける。
異邦人二人、アルノーも入れれば三人になるのだが、トモエとオユキを助ける様にと言われてこちらに来ているとそう嘯いていたのだ。確かに、助けられたと感じる場面はあるにはあったのだが、それ以上に各々が好きなように暮らしている。勿論、それを咎めるつもりはないのだが、こうして改めてしれっと口にされようものならと言うものではある。

「それにしても、オユキは少し変わったかしら」
「そう、ですね。セツナ様に、氷の乙女の長の方から色々と助けを頂いていますから」

事、これに関しては、オユキも心から感謝している。
カナリアに対して、明確に部屋を整える方向性を説明してくれたというのが、非常に大きい。一晩寝ただけでも、こうしてトモエに体を動かすことを誘われる程度にははっきりと回復したのだ。冬と眠りに連なり、ちょうど間とでもいえばいいのだろうか。氷の乙女の特徴も持ちながら、人としてこちらで形を成し。しかし、本質の一部がしっかりと冬と眠りに繋がっていると言う事らしい。眠らずとも、あの整えられた、かつてであれば屋内にまで雪が降るなどと聞けば辟易としたには違いないのだが、こちらで改めてとなってみれば、実に心地よい物。唯一の心配事でもいえばいいのか、それはトモエが体調を崩さないかどうか。

「それだけと言う訳では、なさそうだけれど」

ヴィルヘルミナが、なにやら楽し気に笑う。

「それよりも、こちらに来るまでの間とでもいえばいいのかしら。始まりの町で、随分と粗暴な方が増えていたのよね。私にしても、随分と乱暴な誘いを受けることが多かったのよ」
「ああ」
「武侠を名乗る者たちが、よもやあのようなとは思いましたが」
「品性と武は無関係ですから」
「オユキさん」

トモエが、相手がおらぬ場で、そこまで強い言葉を使うのではないと、オユキを窘める。トモエとしても、全くもって同意する物ではあるのだが、それにしてもこれに関してはオユキが実に簡単に不機嫌になる。理由が分からないでは無いのだが、どうにか自制をしておいてくれと、トモエから。
実際に、これが武国という冠が無ければオユキはもう少しどころでは無く、はっきりと抑えが効くのだ。此処まで、感情を露骨に表に出す事は無いのだ。間違いなく、その名を冠する神としてトモエの父が一部とはいえ含まれている。その事実が、何処までもオユキを苛立たせているということくらいはトモエにも分かる。何よりも、父の名誉を。トモエの為にとそうした考えを根底において、こうして怒りをあらわにしているのも理解はできる。

「そうですね、少し、楽しい話をしましょうか」
「ええ」
「公爵夫人からの報せもありましたので、明後日に布や糸をはじめとして、いくらかの品を持ち込んで頂いて買い物を」
「あら、それは楽しみですね」
「主体となるのはセツナ様ですので、私たちはどちらかといえば添え物ですが、そこで必要な物を伝えておけば」
「それは、私も同席をさせて頂いても」
「ええ、こうしてお誘いをさせて頂いていますから」

トモエも当然参加する場であり、広間、玄関のホールを使ってと言う訳では無く、別邸の中にある、食卓ではないかなり広い一室、そこに商人たちに品を並べさせるのだとか。言ってしまえば、部屋の中に簡単に商品の陳列を行わせて、そこをこの屋敷に暮らす者たちが自由に見ることが出来る場にと、そうした形。これに関しては、オユキから使用人たちに向けてもと考えており、こうした形式は可能なのかとマリーア公に頼んで実現した物となる。
かつての世界でも、ミズキリなどは買い物に関してはこうした方法があるだろうとそんな事を言っていたこともある。それこそ、彼の家族とというよりも、トモエとオユキがあちらの世界で入籍するとなった時には、その頃には既に彼の背景を理解していたために随分と愉快な買い物というのを体験した物だ。それに近しい形を、こちらでと。

「王都でも、やはり」
「生憎と、見て回る時間をとったわけではありませんが、そのあたりはそうですね」

ユーフォリアが使用人として、エステールと共に傍らに立ち、カレンは招いた相手として席に座っている。その状況に、何やら居心地の悪さを覚えている様子ではあるのだが。

「カレンさん、少々見て回って頂いても。護衛といいますか、万が一を起こさぬためにローレンツ様を預けますので」
「それは、はい。ですが、私よりもユフィのほうが適任では」
「ユーフォリアは、こちらの土地勘が、いえ、そういえば暫く王都に来ていたのですか」

オユキの為にとこちらに来て、必要な事を学ぶためにと、暫くユーフォリアにしても王宮勤めをしていたはずだ。

「私は生憎と必要な事を習い、気が付けば文官仕事なども任されていましたので、正直な所」
「確かに、そうした生活を行っていれば、外に出る機会も多くありませんか」
「私は、学院に通っていたころ以上の知識が無いのですが」

そう、カレンが話ながら少し視線を巡らせる。事実として、この場には王都の暮らしが長いエステールにしてもいるのだ。職場が基本的に王城であり、そこに詰めていたと想像の容易い、近衛たちでは無く。それこそ、ローレンツをつけるというのであれば、そちらが適任ではないのかと、そんな視線が向けられはするのだが。

「エステール様には、その、私が別で頼みたい事がありますので」
「そう、なのですか」
「はい。トモエさんの衣服ですね、公に着る物が、近々開かれる闘技大会で着る衣服、その襟元に簡単に刺繍位はとそう話していますから」

そう、オユキが手布に思いのほか上手く行ったからと、そんな事を言い出して。今、エステールはこうして側に侍ってはいる物の、ユーフォリアも使わなければならないくらいには頭を悩ませている。それこそ、此処から辞してまずは図案の用意をとそれくらいには。さらには、この後魔国から来ている者たちに対しても、改めて指揮系統を構築しなければならないこともあり、街中で噂を集めてというのは流石にそこまでの暇が無いのだ。
侍従長とでもいえばいいのだろうか。家宰、についてはトモエとオユキはユーフォリアに頼むと決めている。そして、屋敷を、日々を整える使用人たちを纏める侍従長にはエステールをと。
長く側にいたシェリアのほうが、そうした話はされたのだがシェリア本人の希望もありそもそも王妃から借りた人員と言う事もある。今、この屋敷に勤める中で、明確に雇用関係にあるのは、ユーフォリアとエステール。それからまだまだ経験不足なカレンだけなのだという話をすれば、エステールにしても随分と珍しく何も言わずに数度目を瞬かせて。てっきり、タルヤあたりから話が回っているかと考えていたのだが、思い返してみれば彼女はそうしたことを気にするような者でも無い。

「私としては、刺繍に使う糸をはじめ、鞘に使うための紐ですね、そのあたりも求めてみようかと」
「鞘の、紐、ですか」
「ああ、こちらに関しては、公爵夫人に相談したところ、マリーア公爵領だけでなく、他の領も交えてとそういう話になっていますので」

相談したところ、何やら非常に興味を持たれたのだ。武器とはいえ、武器だからこそとでもいえばいいのだろうか。もとより、そうした飾りを好まないと放言していたオユキが、トモエに送るための品とはいえ、武具を飾ることを求めたのだ。オユキとやり取りを行っているのは、表立ってやり取りを行っているのは公爵夫人なのだが、これに関してはマリーア公爵と王太子が非常に喜んだこともある。
近々、それこそ降臨祭に合わせてダンジョンからの糧を神に感謝する祭りもある。そこに出すための品を、合わせて探そうという話も出てきている。鞘を作るのに、果たしてどれほどの時間がかかるかはオユキも分からないのだが、少なくともこうして公爵夫人が手配を行って、そうしたことを考えている、寧ろその場で並べられた鞘の内、神々が好む物をこれと選んでも良いのではないかとそうした話もあるのだから。

「オユキ、貴女飾り気を、そうした遊び心を持つようになったのね」

カリンが、何やら感心したといわんばかりに一人うなづいているのだが、ヴィルヘルミナがそちらに対しては止めておきなさいと、そうした視線を向けている。

「トモエさんのための物ですから」

だからこそ、未だに自覚の薄いオユキからの返答というのは、あまりにも分かり易い。
尋ねたはずのカリンは、まさに意表を突かれたとばかりに目を開き。だが、その背景にあるだろう物に気が付いているヴィルヘルミナとトモエは互いに軽く視線を交わしたうえで、笑いあって。その雰囲気に、そこの二人の間にあるものに、何やらオユキが僅かに気分がささくれ立つとでも言わんばかりに視線を向けるのに、また笑みがこぼれて。

「何にせよ、その、皆さんには申し訳ありませんが、王都の中を出歩くときにはくれぐれも気を付けて」
「そちらについては、早期の解決を私は求めたいわ」
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