憧れの世界でもう一度

五味

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32章 闘技大会を控えて

和やかな食卓の中でも

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オユキが好む料理の傾向とでもいえばいいのだろうか、それについては味覚としてそれなり以上に鋭敏な物を持っているとトモエも理解はしている。だが、どうにも、それ以上の物をかつての世界からも感じ取っている節がある。言ってしまえば、トモエが作ったものと、そうでないもの。その差をきちんと理解している素振りを度々見せている。トモエにしても、それは同様ではあるのだが、アルノーに話してみたところ、細かな違いがありアルノーは当然として気が付くのだとそうした話をされたものだ。
ちょっとした癖とでもいえばいいのだろうか、そうした物を慣れているからこそ、常々口にしているからこそ癖というのははっきりと意識が向くものであり、そこに覚える感情というのは様々だとそうした話をされもした。料理というのは、何処までも複雑だ。そして、均一な物を出すには工業的な手法をとるしかなく、それを行なったとしてもどこで作られたのか、要はその工場がどこなのかなんとなくとはいえ浮かぶ者なのだと。さらには、そうでない場合に関しては、いよいよもって作った相手の顔が浮かぶものなのだと。そして、オユキの作ったものだと分かるケーキを口に運びながら、トモエは改めてそんなことを実感するのだ。

「トモエさん、嬉しそうですね」
「ええ、それは否定しませんが」
「ってことは、これ、オユキちゃんが作ったの」
「監修はアルノーさんに頼んでいますが、それでも一応は」
「オユキちゃん、休んでたんじゃなかったの」
「いえ、皆さんが狩に出ている間に、確かに魔術の講習を受けてはいましたが、午後から庭での鍛錬となっている間は私は私で色々と行っていましたとも」

そう、なんだかんだと休息の時間であり、外に出る事は一切トモエが許さぬという構えを見せていたからこそ。オユキはオユキでそうした時間を使って、アルノーとあれこれ相談したというものだ。生前のトモエの好みというのは、オユキもよく覚えている。というよりも、最初に贈って以降はこういった物が好きですよと、トモエがオユキに示してくれたこともあり、こちらで探しても見つからないから改めてアルノーに相談したというものだ。
ただ、問題と言えばいいのだろうか。

「アルノーさんは、やはり出身の国もあって、ケーゼクーヘンはお好きではないのですよね」

なにも、かつての世界であった確執が原因と言う訳では無く、もとより彼の生国ではチーズというのは塩気があるものだという前提があるのだ。それを押して、オユキが無理に頼んだという程でも無いのだが、完成品の味についてはいよいよとオユキとシェリアだよりとなった。勿論、アルノーにしてもある程度理解はあるのだが、そこにはどうにもならない好みの問題が存在しており甘いチーズというのがどうしても彼の舌に合わなかったのだ。
生前から、こちらに来ても、トモエの好みというのはしっかりとした甘さを持つ者が好みなのだ。そこで、オユキが相応の甘さを求めた結果として、彼が良しとできる範囲をやはり超えてしまった。

「これって、そんな名前なんだな」
「えっと、私はチーズケーキって呼ぶ方が慣れてるけど」
「なじみのあるいい方であれば、そうですね。レシピとしてはそれなりに差がある様にも思いますが」
「こうして、タルト生地とでもいうのでしょうか、少し硬めの生地を下に、そこにこうしてチーズフィリングを流し込んで焼き上げた物が、ケーゼクーヘンという理解で良いかと。ただ、オユキさんとして甘さを蜂蜜を使っているようですが」
「へー」
「えっと、レモンの香りがするのは」
「そちらは、一般的な物ですね。通常のチーズケーキにも、物によっては入れますからね」

懐かしい、ともまた違う。アルノーに頼んだと分かってはいるし、暇を持て余したからだとオユキが嘯いてはいるのだが、なんだかんだとオユキはオユキでトモエがオユキの為にと日々用意している者に気が付いているのだろう。それこそ、ベシャメルソースに関しては、かつての様に市販品と言う訳では無いが完全にアルノー任せになっている。さらにはマカロニ状のパスタをはじめ、グラタンを作るために必要な食材というのはほぼすべてがアルノーによって用意がされている。トモエのほうは、それを組み立てるだけといった形ではある。そのあたりは、トモエとオユキのお互い様としか言いようも無い。

「オユキさんにとっては、これでも少し甘くは感じられるでしょうが」
「ええと、私も嫌いではない範囲に収めていますよ」
「ですから、ありがとうございますと」
「私も、ここ暫くはトモエさんの厚意に甘えていましたから、少しでもお返しが出来ればと」
「えっと、オユキちゃん、やっぱり料理ってしてないの」
「アルノーさんがこちらに来られてからは、私が望んだとしても今回のような、それこそ別の物のように特別な理由が無ければ早々に追い出されますので」

そして、シェリアにしても、エステールにしても。オユキが厨房に出入りすることを、やはりよく思わないのだ。

「ええと、オユキさん」
「前時代的、等とは言いませんが」

そして、そういった振る舞いにオユキが少々否定的な意見を持っているのだと、そう示してみればトモエがオユキを窘める様に、困った様に。その様子に、シェリアとエステールの様子を伺ってみればいわれのない事だと言わんばかりの表情を浮かべている。

「おや」

そして、一体自分のどこに勘違いの要素があるのかと、オユキが首をかしげて見せれば。

「オユキちゃん、私も正直台所に立っては欲しくないかも」
「それは、ええと」
「うん。だって、雑だもん」

アドリアーナが、以前オユキが何やら不足があると感じて、手近にあった物を鍋に放り込んで味を足そうとしたときに、オユキから鍋を守らんと両手を広げて立ちはだかった相手が、オユキに対して否定的な意見を。さらには、アナもそれに賛成だと言わんばかりに頷いて見せる。挙句の果てに、一言を足して。

「ええと、私は、それなりに気を付けているつもりですが」
「その、切り分けたお野菜とかも全部お肉と一緒に入れようとするし」
「どのみち煮込むので、変わらないのでは」
「香草とかの入れ方も、少しじゃなくて、たくさん急に入れようとするし」
「香りが付けばいいわけですから。多ければ、後から取り出してしまえば良いのでは」
「自分の嫌いな物は、少ししか使わないようにってするんだもの」
「それは、あまり自覚がありませんでしたね」

少女たちが、口々にオユキに料理をさせたくない、まだまだ習うべきことがあるのだと口にするのだが、オユキにしてみればなんだそんな事かというしかないものだ。

「えっと、オユキちゃん、そうやって作ったものって、トモエさんに」
「はい。生前にも何度か私が用意したこともありますし」
「トモエさん」
「一応、おいしく頂けるものになっていましたよ」

最終手段とばかりにトモエに話を振って。しかし、トモエからは、そもそもオユキがそうして苦手を行ってくれることがうれしいのだと、ただそう返って来て。

「ただ、初めて会った頃には」
「そうですね。再三繰り返したことになりますが、あれは人が口にするものでは、少なくとも常習する物では無いというのが私の意見ですから。あとになって説明もしたかと思いますが、やはり必要十分と最低限は違います。体を動かし、体を作るとなれば、不足の多い物でしたよ」
「数年続けていた以上は、問題ないと私は考えているのですが」
「私が改めてとしてから、私の家で食事を食べるようになってから体つきも変わっていきましたよね」

つまりは、それこそが結果だと言わんばかりに。

「あんちゃん、そのオユキの食事ってどんなもんだったんだ」
「そうだな。異邦の料理と言う事だし、アルノーさんの事もある」

勿論、アルノーの料理というのが特別な場面で出ることが多い物だと、少年たちは理解している。毎日の食事とするには、少々重たいとみることもできるのだがそのあたりも含めて。シェリアとエステールにしても、トモエがそこまで忌避する過去のオユキの食事がどんなものだったのかと興味を見せている様子。

「あれも、良い物だったとは思うのですが」
「多忙な中で、そうであればよいとは思いますが」

オユキとしては、己が見出した物であり、トモエの言う通り十分すぎる程の物だったと話はするのだが、トモエからは完全栄養食と銘打った液体。要は、こちらでいえばジョッキ一杯程度を飲み込んで、それで一食分どころか一日に必要とされるものすべてをまかなえる等と、そんな事を謳っていた品。
トモエとしても、そもそも補助食品であり、そのような物は通常の食事をきちんととった上で、もしくは取れない状況に、肉体的に、時間的に、精神的に。そういった状況下にあるものが選ぶ手段であり、当時のオユキが選ぶようなものでは無いはずだと、それはもう滾々と説いたものだ。言われた本人は、不都合が無いのだから、問題ないのではと首をかしげていたものだが。

「こちらでも、再現は出来そうなものなのですよね。いえ、マナを使う事で、そもそも食事を嗜好品と語る種族もいるわけですし」
「オユキさん、流石に私が許しません」

そうして話してみれば、かつてトモエに止められていた理由とでもいえばいいのだろうか。己の状況は、現在の状況はまさにかつてトモエが語った状況に該当するのではないかとそんな事を言い出したのだから、困ったものだ。トモエとしては、そのあたりの話をしなかったのは、間違いなくオユキがそんな事を言い出すと、それを理解していたからこそ。そもそも、以前に話したときにも、たんぱく質を生成して、それで粉上に、さらには製剤をして等と言っていたのだ。今は、オユキが休暇と定めている期間。さらには、オユキの知らない工業機械などを含んだ工場の設計を行っていた相手にしても、こちらに、魔国と神国に、未だに顔を合わせていないがそんな者たちがいると言う事をトモエは警戒している。さらには、そちらに頼んでみようかなどと、オユキが考え始めていることも理解ができる上に、為政者たちに対して立つ言い訳すらもオユキが用意できると分かっているからこそ、トモエはこうしてはっきりとオユキを止めるのだ。

「ジークは、どう思う」
「オユキって、本当に食事に興味ねーんだな」
「でも、本人は一応こだわってるって」
「好きなのは、間違いなさそうなんだけど、でもそれってトモエさんが作ってるからじゃ」

そして、少年たちは、侍女の二人も。そんな益体も無い話を、夫婦の間で抱える過去から変わらぬ諍いを繰り返す相手を、仲良く喧嘩しているなと眺めながら。
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