憧れの世界でもう一度

五味

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32章 闘技大会を控えて

再びの席には

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そして、夕食の席。作るべき料理があまりにも多く、さらにはどうしたところで加熱に時間がかかるために、輝く月が柔らかな光を落とす席。それこそ、前回の違いといえば、今度ばかりは少年たちも同席していることだろうか。アナ以外に関しては、オユキが疲れ果ててトモエに凭れている時間、セツナ達との話し合いの時間ではローレンツとシェリア、さらにはラズリアをはじめ幾人かの騎士までも混ざった上で徹底的に絞られていた。では、カリン一人を相手にしていたアナが楽だったのかと言われれば、勿論そんな訳も無く。話し合いの後に、オユキと揃ってきちんと洗われた上でひと眠り。それが終わって、屋外に用意された、オユキが寝ている間にトモエが報告をしたのだろう。何やらオユキが思うよりも、オユキが予定していたよりも随分と仰々しい場となった席に、少し離れた席にまたオユキが何かをしたのかとそんな視線を向けて。

「信用が痛い物ですね」
「オユキさん」
「全く。随分乗り気だし、用意だと分かる事を私に言うと思えば、貴女、本当に」
「少し回復するたびに、確かに私もそうは思いますが」

呆れたようなアイリスの視線に対しては、オユキからは理解はあるのだがなさねばならぬことが多すぎるのだと、そう返しておく。そも、今回こうしてセツナという助けをフスカが連れてきたことにしても、今後に向けての用意を考えての事だとそうした理解が有る。要は、今後の回復を、長期間こちらで暮らすのだと決めたときに間違いなく助けになる相手を。しかし、それ以上については、切欠は確かに用意したのだからそこからはとするだけの厳しさがそこにはある。

「まぁ、貴女の言い分は分かるけれど、その子は反省はしないわよ」
「我が巫女は、やはり悪いとは考えておらんからな」
「私の子、私に連なる子だもの。意志は固く、何処までも積もる物に押し固められて」

そして、食事の用意が出来たからと言う訳でもなく、今まさにこアルノーが侍女たちに配膳を頼もうかとしたその時に。オユキとしてはすっかり慣れたと言えばいいのだろうか、随分と前触れもなく現れるものだ。相も変わらず想定外とでもいえばいいのだろうか、オユキが呼びたいと考えた相手というのは確かにこの場に現れている。だが、想定外の相手というのも、やはり多い。この辺りは、やはり巫女と伝道者とでもいえばいいのだろうか。美と芸術に、華と恋に間違いなく気に入られているだろう異邦人二人がこの場にいることもあってと言う事なのだろう。
今回、臨席を賜るは九柱の神。
初めから、それを願った異空と流離、木々と狩猟、三狐の神の三柱。
さらには、巫女としての位を頂いている戦と武技に加えて、神殿があり場を用意するためには、神国でもそうであったように、知識と魔が。
此処までは、確かにオユキも予想していたのだ。予想外なのは、残りの神々。
夏の気配が強いというのに、以前は、夢の中でしかなかったというのに、冬と眠りが改めてその姿を。そして、その付き添いとばかりに、繋ぐ物として雷と輝きが。さらには、次に向かうと決めた華と恋に加えて美と芸術までも。

「此処には、異邦の者も多い。さらには、雷と輝きもおる」
「流石に、私に連なる子たちに過剰な負荷を与えるのは、許せないわ」
「負荷を与えようなどとは思わないけれど、仕方ないわよ。勿論、私が降りるにあたって基本とするものは裔に負担させるけれど、切欠を作るのはその子のほうが早いんだもの」
「そうね。私としても、一応すぐ近くと感じる者はいるけれど、流石に今回は遠慮しているのよ。となると、私が目印とするべきは、水と癒しの力に依っているその子でしょう。いくら私が見える物が多いとはいえ、少し難しいわ」

そのあたりの話に関しては、是非ともオユキがいない場で、それこそ神々として話し合いをもって欲しい物だと。

「さて、我が巫女の求め、それを叶えるにはその方、既に十分な物を得ているであろう」
「それは、そうだけれど。この子の願いの形を考えたときに」
「それくらいなら、私が支払うわよ。私を祀る物も、少しづつ増えているもの」
「私は、どうしようかしら。十分な物を確かに得ていると思うけれど、どうにも裔の不足を補う事を望まれているようだし」

こうして集まってしまえば、姦しいというのもまた違うのだが。此処で、こうして話している内容というのは、本当に各々が相談の形をとっているのだろうかと、オユキとしては疑問を覚えながらもとりあえずとばかりにシェリアとラズリアに視線を向ける。目を覚ましてからというもの、神々が同席する食事の席だと言う事もあり、今のオユキはしっかりと持ち込まれていた仕事着をきっちりと着せられているため、身動きも案外と難しい。寝起きというには時間が立っているのだが、ここ二日の間散々に体を昼間に動かしたこともあって、相応に疲労がたまっている。寧ろ、眠らなければならない程に、追加で睡眠が必要な程度には疲れている。そうした事実は、少年たちの視線もあるため一度置き。

「会話を遮る事、誠に恐縮ではございますが御身らのご来臨を賜るにあたり、改めてご用意させていただいた品がございます。それらを、改めて供させて頂きたく」
「以前に見たのは、何時だったかしら。少しは、動きの優美さも増したようだけれど」
「我が巫女である以上は、動きとしては他をとも思うのだがな」

華と恋に、口上を、今後も必要になるだろうからと言われて習い覚える事になった口上をそのままに告げるオユキに対して。勿論、内心で敬意は持ち合わせているのだが、何処かするりと滑る言葉。それ以上の物を求められているのだとはわかるのだが、今のオユキにとってはやはりこの辺りの言葉遣いに関しても借り物でしかない。己の血肉として、そうするにはやはり習っている期間が短いというものだ。

「何を考えているのかは分かるわ。その心は確かに私に適うもの。あとは、少し遠いとでもいえばいいのかしら、私の可愛い娘、そこから生まれた一片の氷から生まれた子。その末裔たる貴女達。あまり、見てあげる事は出来ないけれど」

冬と眠りから、改めてセツナに。本人としては、幼子と呼ぶ相手がいるからこそ年長、種族の長としての振る舞いを考えているのだろうが、生憎と椅子から立ち上がることも叶いはしない。相も変わらず、既に席に座っている者たちには、容赦のないというよりも、過剰にへつらってくれるなとばかりに最低限の身動きしかできないように。

「祖の祖たる御方に、改めて奏上仕る。この身は氷の乙女と呼ばわれるこの世界における氷雪、冬と眠り足る御身の」
「その、いいわよ。貴女も分かると思うのだけれど、私は苦手なの」

距離を取られることを、この世界に、人の暮らすよどころか、神々とも遠い位置にいるという冬と眠り。その神が与えられている役割というのは、今こうして見せる精神性よりも余程実態は寂しさというのを強く感じる柱であるからこそ。そして、その系譜たる者たちには、等しくそうした性質が受け継がれているのだ。

「しかしながら、偉大なる御方よ」
「程ほどにな。そこの、戦と武技の巫女がよく似ているからと、少しづつ、本当に少しづつなのだがな」

雷と輝きの言葉に、セツナの視線が改めてオユキに向かう。色味以外は、セツナもよく似ている。だが、色味までを含めてしまえば、本当に冬と眠りの姿は、オユキによく似ているのだ。いや、それこそ逆なのかもしれないが。オユキの姿を作る時に、トモエが何を考えたのか。その時に、作用があったのか。そのあたりについては、やはり尋ねたところで明確な回答は返ってくるものではない。トモエにも、そのあたりはもはやはっきりと分かりはしないのだから。かつてのトモエの母親、オユキにとっての見知らぬ義母。遺影でしか見た事が無い姿、それに似せて、さらには生まれてこなかった妹の姿はとトモエが考えた結果が今のオユキの姿なのだ。そこには確かに思考の余地があり、他の意図を混ぜる猶予は間違いなくあったのだと互いにそう苦く笑うだけなのだ。

「確かに、妾たちの中でも、特に妾によく似てはおるが」
「貴女は、セツナは氷雪の気配が濃いのよ。それが、髪によく表れているでしょう」

真白の髪。それに対して、冬と眠りは夜闇の色。

「私は、姉さまと同じ色だもの。瞳は、お揃いというよりも、私に連なる相手はこうした色を浮かべる子が多いけれど」
「何、よく似合っている」
「あら、ありがとう」

雷と輝きの言葉に、冬と眠りが何やら嬉しそうに応えるものだ。どうにも、そうした特性とでもいえばいいのだろうか。末裔にまで伝わるだけの、この柱に連なる者たち、オユキにもしっかりと息づいている部分というのは、元をたどればと言う事でもあるらしい。

「生憎と、名は届かぬのだが月と安息に連なる者よ。生憎と、我らの姉については、こうして他がこちらに来ているために、少し難しい。どうにも、我が巫女が好まぬと言う事もあるのだがな」
「姉さまは誤解されやすい、と言う訳では全くないし、苦手と感じるのがほとんどだと思うけれど。私にしても、随分と長い事会っていないもの」

月と安息に関しては、正直オユキがはっきりと苦手意識を持っているというのもあるのだが、戦と武技の視線が向く先はアイリスでもある。どうやら、オユキの知らぬところで、そちらはそちらでしっかりと苦手意識を植え付けられるだけの何かがあったらしい。狐に関しては夜行性ではある物の、薄明りの下でより活発になる生き物でもある。夜の闇に溶けるようなあの柱、悪戯気で移ろうあの柱は確かにアイリスにしても苦手だろうとオユキとしてはそう僅かに考えもするのだが。

「あの、アイリスさんとは、こうよく似ていると言いますか」
「祖霊様と、でしょう」

そうした部分というのは、狐が化かしたようなとでもいえばいいのだろうか。

「確かにと思わないでもないですし、アイリスさんがそのあたり苦手そうなのは分かりますが」
「少なくとも、貴女に見せた事は無いように思うけれど」
「アベルさんとの事は」

オユキとしては、アイリスにしても似た気配を持っているというのは気が付いてもいるのだ。セラフィーナが、一時はそれこそ随分と怯えた視線をアイリスに向けていたこともある。そして、今回アイリスは連れてきていないのだ。
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