憧れの世界でもう一度

五味

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32章 闘技大会を控えて

魔術を習う

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「その方、存外に不器用じゃのう」
「ええと、未だに、こう、マナというのがですね」

オユキの言いたい事、それは実に多くある。確かに、重さを感じる以外にも、己にとって胸やけを起こすただそのような呼吸に伴ってといった物としての認識しかない。己の内に取り込んで、そのあとに何某かの操作や加工を行えと言われたところで全くもって実感が出来ないというものだ。
そもそも、そうした部分に関して、果たして生前の生き物のどの程度があまりに複雑な化学反応、何処までも無自覚に行われる仕組みでしかなかったそれを自覚していたというのか。そんな事をただただ考えながらも、魔物がいる場所、月と安息の守りの外。そこで、カナリアに言われるままに結跏趺坐となり、セツナが言うように呼吸に意識を向けながらも己の内にある魔術文字、何れかの柱に与えられたそれを意識しながら文字の切り離しを試している。
セツナが言うには、とにもかくにも与えられた文字があるというのならばそれぞれに対しての習熟度を上げねばならぬと言う事であるらしい。カナリアが言うには、オユキの内にある文字と、魔国の王妃によって与えられた護符にしても文字が違うと言う事。身に着けるだけで、寧ろオユキのほうにと文字価値がづいていることから、新しく取得するのであればこれだろうと、カナリアが語るその文字を使うためにと言う事でもあるらしい。

「オユキさん」
「幼子よ」

そして、何よりも宜しくない事に、オユキはどうにもマナに対する集中が散漫になる。
それもそのはず、少し離れた場所ではトモエがシグルドに対して、流派として如何に戦えぬものを守るのか、そうした心構えを説いていることもある。というよりも、こうして外に出てきたというのならば、己もトモエと並んでとそんな思いがどうしてもオユキはぬぐえないのだ。

「集中できていないというのは、はい」

そんな事を考えてしまうからだろう。オユキとしては、何も外に出て行わなくても良いのではないかと。それこそ、この後王都に、借り受けている屋敷に戻ってからでもいいのではないかと。どうにもそのようにしか考えられない。勿論、今こうして王都の外で、魔物の領域で腰を下ろして鍛錬を行っているのはカナリアの提案に依る物。
カナリアにしても、戻ってからはいよいよ鍛錬も行わねばならず、何処までも体力のない彼女は少年たちと揃って素振りなどしようものなら、早々に疲労の結果として動くこともままならない状態になる。さらには、そこから回復するにはそれなりに時間がかかる。その頃には、今度は夕食の時間が、トモエとオユキの二人で使う時間がと他になすべき事ばかりになっていく。
では、セツナに習うのかとそういう話になるのだが、こちらは未だに支払うべき対価について明確になっておらず、こうして今オユキの面倒を見てくれているのはどこまで行っても好意に依る物。それについては、オユキとしても流石に申し訳なさを覚えるのだ。もとより、カナリアたちの種族、その中でもはっきりと頭抜けた族長であるフスカによってはるか遠い地から拉致されてきた相手だ。戻るための道筋、それはオユキのほうで流石に用意するつもりではあるのだが、そんな理由で連れてこられている以上、本来であればオユキに対して何も教えなくてもどころか、オユキが頭を下げなければならない相手なのだ。習う習わない以前に。

「セツナ様には申し訳ないのですが」
「よいよ。妾も種族としての事ゆえ理解はある、理解はあるのじゃがな」

では、そんな理由でこちらに来ているセツナが、こうしてわざわざ時間を作ってくれているというのに、何故オユキが集中できないのかと言えば、話は戻る。揃って、今この時を使うしかない、そんな事はオユキも頭では理解しているのだがどうにも心が付いてこないというものだ。
シグルドとパウ、それからアナにセシリア、アドリアーナといった懐かしい顔ぶれ。あとから加わったサキにしても。暫く離れていたこともある。そんな相手と、こうして久しぶりに外に出ているのだ。魔物を狩る、刃を振るう、それと手関係を深める一環だと考えるオユキとしては、混ざりたいとその欲求がどうしても消えはしない。何故、こうして己は進捗のよく分からぬ、どうにも気乗りしないものを学ばねばならないのかと、どうにもそんな子供じみた思考が形を作ってしまう。
年齢に対する自覚が進んだせいだろうか。オユキの中で、そんな言い訳じみた思考が形を作る。だが、己の同じ年ごろを振り返ってみれば、寧ろこちらに来た時、その年齢というのは両親が失踪したのだと気が付いた年齢より一つ前。振り返ってみれば、今まさに気が付いた、この頃だろうかそれとももう少し後だったのであろうか。つくづく、過去と今、それがよく似ているのだと同じ流れを辿るのだと、そんな事をオユキは考えてしまう。そして、考えた結果を、やはり頭を振って振り払う。

「どうにも、集中が」
「ふむ。その方、自制は聞いていそうなものじゃが、いや、それは安息の守りの内だけか」
「オユキさん」
「そこな炎熱の鳥よ、どうじゃ、壁の内に戻ってから改めてとしても良いのではないのか」

セツナが、幼子と評するオユキに対して、同族に対する配慮としてそうはっきりと尋ねるのだが。

「えっと、イリア」
「そうなると、あんたもここで少し狩に混ざることになるんだけどね」

毛先が少し黒く染まっているイリア、月と安息に連なる形で、どうにも足を進めているらしい。獣人と獣精、その関係というのはどうにもオユキとしても理解の及ぶものではない。だが、そうして毛色が変わっているところを見れば、これまでに見た全く同じことを行っているアイリスをイリアがなんと呼んでいたかを考えれば、そちらに足を踏み入れたのかと、そんな事を考えてしまうというものだ。

「えっと、魔術を使って援護位なら」
「あんたが狩るんだよ」

オユキが魔術に対して熱を入れない、それと同じくらいにはカナリアも体を動かすことに対して嫌悪感を覚えている。そのあたり、相見互いとそんな視線をオユキは送りつつも、改めて、少しくらいはと。このまま、トモエは一巡させてから、次にと進めるだろう。オユキが混ざるのであれば、その頃が良いだろうと考えて。トモエのほうからも、今暫くはきちんといい子にしているようにと、そんな視線が向いていることもオユキの後押しをして。
姿勢は結跏趺坐のまま。息を、長く、細く。そうしながらも、改めてオユキは己の内にある物に、魔術文字に意識を向けてみる。浮かんでくるのは、オユキの中にあると理解ができるのは一文と呼ぶには少し短い、七文字で構成されている物。これから、一文字づつを切り離せと言われているのは理解ができる。だが、オユキなりに改めて文字一つに意識を向けてみても、それが取り出せるというそのような物ではない。

「繰り返しになるのじゃがな、一連として浮かんでいるのだとしても、それにただ流し込むのではないのじゃよ。魔術文字、この世界を構成する法則を示す神々の仕組みの一部。それを、己の物に、神々ではない者たちが付空ける様にと世界に刻まれ、簡略化された奇跡の断片。それを己がものにというのじゃ、時間がかかる事を覚悟せよ」

セツナの言葉を聞きながらも、オユキとしてもここでうっかりとマナを流し込もうものなら周囲の環境が変わるという自覚もある。

「魔術文字とはいうものの、魔術としては奇跡を構成する形で文として。無論魔術に親しむために、己が意志で世界を書き換えようと、イドとオドの関係を己の意志を伝えるマナに乗せてとする以上は。」

セツナの語る話は、やはりカナリアとも少し違う。いや、種族としての理解、幼子とオユキを呼ぶからこそ、伝えることが許されている範囲が広いのかもしれない。
オユキが気乗りしない、その一因となっていることに、この世界における言語の伝達、その不都合が存在しているのだ。勿論、翻訳が、言語に対する加護が働かなければ、会話が、意思の疎通がままならないというのはオユキにしても理解している。神々の言語とされている公用語、それこそ貴族たちが使う言語が英語である以上は、それを身に着けている相手と会話を成立させる事は出来る。だが、他はそうでは無い。こちらに来て、すぐの事というのであれば、渡り鳥の雛亭で宿泊していたころを想えば、スペイン語を扱えなかったのならばかなりの困難を得ただろう。
それこそ、ロザリアであれば全く問題が無く会話が成立するのだろうが、その場合進先は一つだけしかない。

「起動せぬ程度に、僅かにマナを流すのじゃ。今、その方が行って居る様にな」
「起動を指せない程度に、ですか」
「うむ。そも、与えられた魔術を意識すれば、必然それにマナは流れる。炎熱の鳥やそれこそ妾の様に純粋な存在であれば、その限りではないのじゃが、その方の様に人が混ざっておれば、マテリアルとしての器が存在しているのであれば、意識はそちらが近い」

さて、他にも色々とオユキに対して伝えようと、間違いなくより詳細な説明をセツナがしているというのは分かる。カナリアが口を挟まず、黙して聞いているというのもあるし。

「何にせよ、これを維持してみればと言う事でしょうか」
「それを行ってしまえば、寧ろ固定されてしまうのじゃがな。故にこそ、文字を切り出さなければならぬ。神からは、分かり易い機能として与えられておる。しかし、妾たちが扱う場合には、当然他の形も考えるものじゃからの」
「それは、ええ、分かりはするのですが」

少なくとも、オユキとしても氷雪を、周囲の環境を変える部分と、魔物やオユキが敵だと考えている相手を眠りに誘う部分は切り離しておきたいのだ。魔物を狩りに出て、周辺の環境を変える。それをやはりオユキは望まないし、眠りについてしまっても、それはそれで鍛錬にならない。

「おや」
「少し集中したと思えば」
「いえ、覚えのある馬車が。後続の人員でしょうか」
「ほう」

覚えがあるのは、馬車の加護に飾られている紋章。神殿は王都の内にあるため、オユキの知人というのは凡そそちらから来るはずなのだ。しかし、こうして町の外からと言う事は。

「橋を渡って、そういう事でしょうか」
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