憧れの世界でもう一度

五味

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31章 祭りの後は

門を見た後には

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夕食の席で、トモエからの話があったためセツナは一度門を見たいとそういう話になった。オユキとしては、初めから用意されていた門と、新規で作られる門とでは流石に少し異なるだろうとそういう見解。ただ、そのあたりはトモエやオユキよりも、実際に見て確認できる者たちに任せるのが、一番良いと言う事にもなり揃って魔国の王都、門の置かれている知識と魔の神殿に向かう事になった。
少年たちのほうも軽く誘ってみれば、瞼を晴らし、目の周りも少々赤みが差しているパウを気遣いながらも、少女たちが揃ってこちらの神殿に行くのならば言われていることがあるからと。始まりの町の司教、ロザリアから頼まれていることもあるのだろう。

「そういえば、実際に私たちがこちらの神殿にお邪魔するのは初めてでしょうか」
「そうですね。私どもといたしましては、御身がこちらに訪う度に、機会があればと考えておりましたが」

門の確認を終えて、というよりも神殿に設置されている門の確認に関しては、セツナとカナリアに任せて残りの者たちは早々に神殿へと足を運んだ。先触れを一応とはいえ出していたこともあり、大司教自らがわざわざ迎えに出てくれているという厚遇をされて。今は、知識と魔、それが示すように納められた膨大な研究成果が詰まった図書館というよりも、資料室とでも呼ぶべき場所に案内されて。
それもあってか、オユキはどうにも気がそぞろ。トモエが珍しくとでもいえばいいのか、基本的に受け答えを行っている。オユキにしてみれば、これほどの蔵書があるのならと、そこにどれだけ多くの知識が存在しているのかと気になっているのだろう。教示の奇跡を持つ魔国の王妃、そちらに話を聞くのもオユキにとっては楽しい事なのだがそれ以上に色々と自分の歩調で学ぶことを好んでもいる。
それこそ、トモエとしては寝室で行うのは勘弁してほしいのだが魔国にくる少し前までは、カナリアと向かい合って何やら魔道具の作成を、銀の板をせっせと削っていたこともある。金属片の掃除などは、それこそ侍女たちがきちんと行ってくれはするのだがどうにも粉塵が残るとでもいえばいいのだろうか。掘っている本人にも、呼吸と共に舞い上がる物もあり何やらオユキの髪にも紛れ込んでいるのだ。夜毎オユキの髪を手入れしているトモエとしては、細かな金属片が付いたオユキの髪が輝く様を、意図しない物でありこれから後は寝るだけだというときには煩わしく思うのだ。それこそ、日中や、これから出かけて等と言う事があればよい物であるのには違いないのだが。

「こちらの部屋は、どのような」
「知識と魔の神が、特にとお認め下さった研究成果をまとめた資料が納められております」
「随分と、数が多いようにも」
「それこそ、この世界の成立前から連綿と続く習慣ですから」

月と安息、水と癒しの大司教は女性だったが、知識と魔に関してはやはり男性。この辺りは、いよいよもって分御霊であることを隠しもしない。そのあたりに関しては、トモエから何を言うでもなく。気になる事は、強いて言うのならば知識と魔として出会ったときには老人のような姿をしていたのだが、こちらの男性は未だ壮年といったところ。

「成程、知識を積み上げて塔をと過去に聞いたこともありますが」
「ええ、当神殿はまさにそのような物でしょうとも。さて、私が話を聞かねばならぬのは、そちらの子供たちからとしましょうか」
「ええ、始まりの町から預かりものがあるようですから」

そして、まずは用事を済ますべき少年たちがいる。そちらが、用事を済ませるのなら、その間に少しとオユキがふらりと離れようとするのを過去と同じ動きを見せるものだと、トモエがとりあえず手をつないで止める。少年たちが、これまで一応とはいえ、ここ暫くは慣れていた少年たちの晴れ舞台ですよと、そうした思いを込めて軽くというには強い力を入れて。
どうやら、そこでようやくオユキも気が付いたようで意識をどうにか少年たちのほうに向けなおす。この辺りは、周囲の話が聞こえなくなる、己の趣味に気がそれてしまえばどうにも周囲の事に気が回らない。そうした悪癖と呼んでいい物にしても、トモエから見れば可愛らしい物となるのだが他から見てと言う訳にもいかない。特に生前こうしたオユキの癖に関しては、幼い時分の子供や孫たちは不満を抱えていたことでもある。

「恐れながら、大司教様。この度、私水と癒しを司る女神の持祭アドリアーナ、始まりの町、最古の教会より碩学の粋たる知識と魔の神を奉じる神殿へと、預かりし書簡を届けに参りました」

少々、たどたどしいというよりも、用意された文面をそのまま読んでいるといった風情のアドリアーナ。その姿を見るにつけても、成程持祭の位を得たとはいえ未だに練習が不足しているようだと。トモエとしては、そうした姿に確かにほほえましさを覚える反面、これが己の流派の事であればと考えて確かに不安だろうとそんなことも考えてしまうのだ。この辺りは、オユキにしても、寧ろオユキに対して主体として話しかけていた内容でもあるため、オユキのほうが理解を深めている。要は、少女たちに対して教育を施したらしい、始まりの町にいるそれぞれの神に使える者たち。アナについては、年老いた巫女と助祭。セシリアとアドリアーナはそれぞれ修道士から。その二人が、渋々と一応は問題が無いと定められた期限の内に詰め込んだ成果だというのが分かり易い。
あの町にいる神職の者たちは、気軽に他に向かうことが出来ない。しかし、門が作られたことで始まりの町の司教、創造神の分御霊でもあるロザリアは、やはり他の神殿にいるそれぞれの柱の分御霊と今後についてやり取りをしなければあらないのだろう。アドリアーナの差し出す書簡の厚み、封書にしても覚えのない印が使われている。いよいよ、その中は何が書いてあるのだろうかと流石にトモエにしても気になりはする。オユキのほうは、そうしたほほえましさを見せるアドリアーナ。その背後で揃って礼をとる少年たちの姿に、ようやく意識が向いたからか何やら緊張を覚えているオユキの手を改めて力を抜いて軽く繋ぎなおして。

「遠き地より、よくぞ参られた。私は卑しくも知識と魔を貴ぶ神殿、この地に生きた者たちが己の英知と信ずるものを納めに参る神殿似て大司教等と呼ばれている物である。主として奉ずる神は違えど、神々を信仰する良き人々は須らくわが友でもある。どうかそこまで緊張などされぬよう」
「ありがとうございます、大司教様。改めまして、こちらをどうかお納めいただけますよう」
「無論であるとも」

そうして、アドリアーナがこれまた見覚えのない作法で、以前にアナがやっていたものではあるのだが封書に向けて切る聖印が違う。細かく言えば、所作もやはり違いはするのだ。アナのほうは、確かもっとゆったりとした所作で大きく円を描くような動きを基本としていた。しかし、アドリアーナに関しては小さな円を基本として、本来であれば流れる様に動くのだろうとそう見える動き。固さ、ぎこちなさについては緊張由来だと思うのだが、ようは緊張したとして。トモエが散々に繰り返しているように、訓練が本番よりも厳しい方がいいのだとそんな話をする理由がまさにこれだと思わせる動き。仲の良い子供たちにしても、そのあたりに気が付く素振りが無い辺り自分たちの振る舞いにまさに手一杯といった様子。周囲には、そんな様子をほほえましく見守る他の神職たちもいるためしっかりと所感を書かれたうえで、また始まりの町の教会に戻されることになるのだろう。そこでまた、みっちりと絞られるだろうことを考えれば、今はとやかく言うまいとトモエとしては考えている。オユキのほうでも、今はまず大過なく行えたことをほめる方がいいのではないかと、そんな事を考えている様子。
そうして、少しの間見守っていれば、大司教が書簡を受け取って、それに対して返礼なのだろうか。水と癒しの教会で司祭が行った物とは全く異なる動きを行う。こちらは神職の位としての違いなのだろうかと、そんな事を考えはするのだが知識と魔を奉じる他の神職の所作を見た事も無いので判断の基準が存在するものではない。何とも、今回主体として挨拶をしているアドリアーナに比べてしまえば、その動きは、直線的な動きであり差し出されたアドリアーナの持つ書簡を取り上げる所作にしても、実に洗練されている。下位の者に対してであっても、運んできた、遠い地から、今は門があるため移動は簡単になったとはいえ起動には相応の費用が求められることもあり、未だに難易度が高い事では確かにある。

「さて、遠方からの同胞、それを持て成さぬとあっては、私にしても礼の何たるかを知らぬ者とそしりを受ける事でしょう。持祭アドリアーナ、セシリア、アナ。勿論連れの方々も、どうか私たちの招待を受けてはくれまいか。」

困ったことにとでもいえばいいのだろうか。どうやらこうした誘いに対して、以下に応えるのかを今はまだ習っていないらしい。

「比例とは存じ上げますが、知識と魔、その神の奉仕者たる大司教様に。戦と武技の神より、巫女と呼ばわれる私から」
「無論、知っておるとも。私たちの神殿に、私たちの奉じる神を降ろして訪った、されど立ち入ることが出来なかったかの柱の巫女殿。気にすることなく、続きを。私としても、挨拶の機会をこうして頂けるのであれば、まさに行幸と言うものなのですから」
「以前は、日々の務めが足りず、御身を煩わせる運びとなりましたことを、改めて謝罪申し上げるとともに、魔国にて短くない期間を過ごしていたにもかかわらずご挨拶をさせて頂かなかった不手際、それを改めて謝罪申し上げる機会を頂けるのでしたら、是非に」
「謝って頂く理由はないのですが、ええ、それで巫女殿の心が救われるというのであれば。誘ったのは私からでもあります、皆様を改めてくつろげる場へとご案内させていただきましょう」

さて、少女たちの不足を、オユキのほうで引き受けてしまった事については、それも間違いなく書かれるだろうため、申し訳なくも思う。だが、互いにただ見合ってとそんな時間を過ごすよりも良いだろうと、オユキからはそういうしかないのだ。トモエが、オユキを促すように軽く手を引いたと言う事もあるのだが。
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