憧れの世界でもう一度

五味

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31章 祭りの後は

氷精

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簡単な着替えなどを終えて、オユキがいよいよ自分で体を動かせないために客人の待つ部屋に、抱えられて運ばれて。その時に、既にオユキとしては疑問があったのだ。何やら、連れていかれる部屋が違うなと。客間として用意をしていた部屋ではなく、以前にカルラ、現クレリー公爵が利用していた部屋に何故と。さらには、装飾を外すだけ、オユキとしてはそう考えていたのだが、何やらせっせと着こまされることもあり、それにしても疑問に感じて。
だが、案内され、通された部屋を見ればそれも当然のことだと理解が及ぶ。
室内だというのに、当たり前のように雪が降り積もり、さらには小さな何かが部屋の中にいくつか浮いている。薄青に光る球とでもいいのだろうか、そのような物がセツナを中心に、いくつかふわりふわりと。オユキにとっては、こうして空けられた場から流れてくる何か、それが随分と心地よく感じるものではあるし、呼吸にしても同様。これまでに感じていた息苦しさと言うものがすっかりと消えて、寧ろ、こちらに来てから己は呼吸にしてもかなりの苦痛を覚えていたのだと改めて感じる。室内に待機せざるを得なかった者たちは、随分と下がった気温に少々震えていたりもするのだが、そのあたりはこの後入れ替わって整えてもらうとして。

「全く。そなたもそのような有様で、よくもまぁ永らえていたものよ」
「異邦からこちらに、それ故なのでしょう」
「ふむ。身の丈に合わぬものを外したのかえ、それも良かろう。今暫くは、毒になるともいえるしの」
「まずは、己の身でとそういう事ですか」

外に助けを求める、それも悪い解決策ではない。寧ろ、医療という観点から見れば、独力でどうにもならぬというのならば、当然の処置でもある。だが、補助として以上に、常に必要とするのであれば体が弱くなっていく。本来であればそちらを回復することを目的としているのだとしても、やはり他から得られるのだと分かってしまえば体は自然とそちらに流れていく。要は、使わなければ、体というのも相応にさぼるのだ。

「しかし、こうして場を作ることもできぬそなたでは、確かにここでの暮らしが難しいというのもよく分かる。妾も、流石にこうして作り変えねばひと月もすれば、相応に弱るであろうしな」
「弱る、ですか」
「如何にも。己と相性の悪い場に長居をして良い事など、やはり何一つ無い。故にこそ、妾たちは集まって暮らして居る。外に出ていく者たちもいないではないが、数も少なければそれなりに長じてからでなければ難しい」

そうして話しながらも、部屋の中を整えることに余念がないのかそれとも以来として受けたことを達成するためか。かざした手、吐く吐息。それらを使って、何かをしているらしい。オユキにとっては何かとし感じない範囲ではあるのだが、それでも、何かが変わったとそれくらいには感じるのだ。既に、呼吸はあまりにも楽になっている。

「こうして、屋内であれば、まぁ整えるのは容易いのじゃがのう」

そうため息の様に、少し細く息を吐きながら。

「カナリアさんに頼んで、何度か整えて頂いてはいましたが、その、ここまでの物では」
「カナリアというのが如何なる者かは分からぬが、我らに必要な環境というのは我らをよく知る者以外では分かるまいよ。その方は、少し只人の気配も残しておる故、この程度としておくが」
「あの、それは、セツナ様にとっては」
「妾程にもなれば、それ以外の環境でも問題はない。いや、他で暮らしても問題が無いとなるのは、何も妾程ながらえずともよくはあるが」

どうにも、そのあたりは色々と難しい定義があるのだなと、オユキはただ納得を一つして。シェリアに改めて視線で合図を送って、冬と眠りから与えられた功績をセツナのほうへと運んでもらう。今のオユキは、護符もそうなのだがそれを外してしまえば一人で起き上がっていることも難しいため、客人の前ではどうなのかと思いながらも長椅子にオユキは身を横たえて。そんなオユキの姿を、仕方のない事だとばかりに鷹揚に受け入れつつも、シェリアが運んだ冬と眠りの手による氷の結晶が連なる飾りを改めて眺めている。
さて、その間に今度は何やらセツナともまた趣の違う、クレドという人物に視線を向けて。そちらはそちらで、オユキとしては、どういえばいいのだろうか。何やらトモエとの間に、しっかりと互いに共通する部分を見出していたであろうこの人物。その人物は、今も矯めつ眇めつと飾りを眺めるセツナを楽しげに見守っている。しかして、オユキからの視線にも気が付いたのだろう。というよりも、オユキが手持無沙汰だと言わんばかりに視線をクレドに向けていることに気が付いたセツナがクレドに向けて簡単に手で示したからだろう。

「俺に、何か用か」
「いえ、セツナ様はご自身を差して氷の乙女と名乗られましたので」
「確かに、そうだな。俺は確かにセツナともまた種が違う」

種が違う、ならば何だろうかと、そうオユキは続く言葉を待ってみればしかし特にそこから続くことが無い。そして、ああ、成程とそんな納得をオユキは己に作るのだ。どうにも、この人物は多くを語ることが苦手な手合いらしいと。

「その、氷の乙女の側で暮らすとなれば、獣の特徴を持った方のほうが何かと楽ではないかと考えますが」
「お前の眼にどのように映っているのかはわからんが、俺もそうだ」
「その割には、ええと、特徴らしきものが」
「お前の伴侶も、同じではないか」

確かに、それを言われてしまえば、どうにもならぬ。オユキにとっては、見た目でしか分からないのだから、それで分からない以上は難しいのだ。

「何、妾の良人は狼としての特徴を持つのは満月の夜だけよ。常のの事ではない故、驚くであろうがな」
「俺にとっては、当然の事なのだがな。集落にも、そうした者たちばかりだ」
「区分としては、精霊になる故獣人とそう呼ばれる者たちとは違うのだと、そのような話も残っておるじゃろうというのに」
「他人の決めた括りなど、正直興味が持てん。俺にはまずお前とそれ以外があるのだから」

クレドの言葉は、成程よく分かるものだとオユキとしては頷くばかり。
そう、この世界における対人関係、そこでまず始めるべきは生物学的などうこうではなく、己が一体だれを最も優先するのかなのだと。
そんな事を考えていれば、何やら検分が一先ず終わったのかセツナがシェリアに飾りを渡して、そのままオユキのほうへと運ばせている。さて、一体何が分かったのだろうかと、オユキとしてはその様な事を考えながらも、ほのかに薄青く光る球が何やら自分のほうに近づいてきているなと視線で追いかけ。さらには、部屋の外に感じるいくつかの気配。少しというよりも、着替えまで含めてかなりの時間を使ったからだろうか。トモエが、何やらある程度の用意を整えたようで、ミリアムを連れて部屋の外にいる気配。
勿論、シェリアにしても気が付いているようで、オユキが扉に視線を向けて一度頷けば、そのまま他の侍女が二人を招き入れる。
オユキとしては、事前にミリアムに、木精の彼女にこうした明らかに寒い環境は大丈夫だろうかと考えているため、確認してほしかったのだが、人の多くが活動できており、ナザレアにしても平然としているのだから問題も無いだろうと、そう思いなおして。

「なかなか、部屋の中が様変わりしていますね」
「謝るつもりはないが、まぁ、確かに妾も事前に確認位は取るべきであったか」
「いいえ、こちらが無理にお招きしたこともありますし、オユキさんもかなり楽になっているようですから」
「まぁ、それはそうであろうな。幼子にも満たぬものを、妾たちに連なる気配が濃い物をこのような環境に置けば、それはこうもなるであろうよ。冬と眠りにしても、妾たちからはやはり少し遠い。確かに助けになる様にと、周囲から取り込めるものを冬と氷雪に変えてはいるようではあるがな」

さて、何やら色々と言われているのだが、どうにもオユキにとっては今一つ理解が出来ない。というよりも、そこまでする気も無い事ではある。己の体調の回復が成れば、一先ず細かい理屈は一度気にするのをやめておこうと、最早そう考えているのだ。どうにも、己の身に着けている知識の範囲と言えばいいのだろうか。それも、これまでに話を強請った相手は、カナリアという翼人種、世界のどこにでも行ける事を隠しもしない種族に生まれた相手から聞かされた話。しかし、こちらは常として使う言語が違うため、他の制約もあっての事だろうが、オユキの理解の段階によっては当然全く違う内容と聞こえるのだ。間違ってはいない、正しい事を伝えているには違いない。だが、そこから積み上げてしまえば、全てが崩れてしまうような、そんな流れで組み立てられている。知識と魔の王妃によってもたらされる情報、教示の奇跡によって伝えられる情報についてはその価値によって負担が変わるのだとそんなちょっとした裏話が神国の王太子妃からもたらされた。つまりは、王妃が良しとできる負荷、それによってオユキは知識を得られることとなったと言う事らしい。だが、同時に欠点とでもいえばいいのだろうか。奇跡として知識を得てしまった以上は、文字通りそこまででしかなくなるのだと。己の研鑽、過去から未来へとつなげるための知識を積み上げるという研鑽、それにはとてもではないが認められない。

「その、セツナ様からみてオユキさんは」
「ふむ。少し違いはあるが、凡そ妾たちの同種であろうよ。氷精達も、好ましく思って居るし、不安にも思っているようではあるからの」
「氷精、ですか」
「こうして、今は部屋の中を自由に動き回っている者達じゃ」

困ったことに、またも少しの違いがあるとそんな話は出ている。だが、オユキとしては確かにこのセツナなる人物が大いに変えたこの部屋の環境がただ心地よいのも事実。それこそ、起きてからまださほど時間も経っていないというのに、眠気を覚えるほどに。それも、これまでの様にどうにもならぬ体力の不足から来るものではなく、何処かあんしんの出来るものとして。そして、オユキに対して、トモエに対して何やら言いつのりたいと言った様子を隠さないミリアムを、この部屋にいる者たちは揃って放って置きながら。
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