憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

神々と

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相も変わらずこうした神域とでもいえばいいのだろうか、そこでは本当に前触れなく降りてくるのだなとそんな事をオユキは考えながら。事前に聞いていただろうリザが、身を固める様子を見て司祭としての振る舞いはまだ慣れていないのだなと、そんな場違いな事を考えて。
ただ、こうして一段高いところから眺めることが出来るだろうか。オユキが視界に納めている先では、何人かの貴族が徴収されたマナに耐え切れずに体を揺らし、酷いものに至っては倒れ込んでいるのをぼんやりと眺める。己だけが、度々病床に臥せる事になっているのだとそんな事を考えていたものだ。随分と、貴族として身を成している者たちから理解が得られるものだと不思議に思っていた。だが、成程。こちらで生きている以上は、マナの枯渇と言うのは生命の維持に問題が出るほどの消費というのはやはり当然の知識として存在している。
そして、神降しなどという奇跡の中でも最上位と呼んでもいい物を行ったときに、どれだけのマナが必要とされるかというのもしっかりと想像がついているらしい。

「貴女一人から、それとはまた質が違うのだけれど」
「その、以前にお伺いした話では」
「日々の事、奇跡の対価として。それと、こうして直接と言うのは」

人の祈りを、己のマナを、世界にマナを満たすためには、祈りが必要だとそんな話を聞いた覚えがオユキにある。実際には想定していたことを、カナリアとの会話で積み上げた物を漠然と追認を受けただけ。はっきりと、それが正しいのだとも何が正しいのだとも、それを神々から保証されたわけでもない。
そして一足先にと言う事なのだろう、降りてきた水と癒しの神が準備の為にと向かい合っていた水鏡を机の中央に用意する。はて、空を映して何をするのかとオユキが思えば、そこには王都での祭りの喧騒が映し出される。要は、神々としての視座、それを共有するための道具として用いたのだと実に分かり易い。ただ、それを望んでいるのがトモエだからだろうか。オユキのほうでも、トモエが望んでいるのだと理解が有るからだろうか。オユキに掛かる負荷、それと天秤にかけるほどでは無いにせよ。

「そのあたりは、もう少し色々と気が付いてからとなるでしょうね」
「ええ。この世界には伏せてあることが多く、私たちも今話せないことがあまりにも」
「気が付いた時には、流石に許すのだがな」

そうして話が進んでいれば、気が付けばまた一柱。
今この席にあるのは、水と癒しに秋と豊穣。そして、オユキに掛かる負担を許さぬ様にと言う事で、戦と武技が。

「この後のご予定をお伺いしても」
「まぁ、その方の考えている通りではある。後夜祭までを無事に務めれば、此度もまた二つとなるであろう」
「あの、そうなると私のほうも再び魔国に戻る前に、また頼む相手の選別をと言われるのですが」
「それについては、その方にそこまでせよとは言わぬとも。我が、我が眷属でもあり、流れを汲む物から印を与えられるであろう」

言ってしまえば、守護と軍略、そちらについてもこの豊穣祭の本祭でとなっている。後夜祭で行う事というのは、言ってしまえば人の祭り。儀式などといった肩ひじ張ったものではなく、喧騒が、喜ぶ人々の声が響く祭りが。今も、王都では行われているのだが、それにしても何やら喜びに満ちて等と言う事は無い。王都の中にある一角、そちらにアイリスが主体となって用意した社に参る人の流れもあれば、王城からの施し、それぞれの暮らす場を担当する貴族たちからの施し。それに対して、素材を、狩猟者たちが日々の糧で得た物を、さらにはそれで加工した品をと。住民と、貴族。その垣根が一部ではかなり取り払われている、こうして水鏡に映る風景の範囲では、確かにそうなっている。
それは、間違いなくこれまでにはなかったはずの姿。
大きくなったお腹を、オユキから見ればその姿で歩くのは不安があるとそう思えるほどの状態で、歩く女性。その隣で、心から嬉しそうに、これから訪れるだろう、間違いなく訪れるこれまで願っていた存在が来ることを喜んでいる男性が支えながら。そして、まだそうした結実を見ていない者たちに改めて挨拶をしながらだろう、歩いている姿が。そして、不安を抱えているだろう者が、それなりに年の言った相手に、きっとこれまでに色々と、なにくれとなく話を聞いていたのだろう貴族と思しき相手に相談して。そして、相談を受けるほうはただ笑顔でもって。
勿論、その内心では今後の負担であったりをきちんと考えているだろう。為政者である以上は、人の数が増えないことに問題があるのは事実。しかし、増えすぎてもまた困るのが事実。城壁の拡張などは流石にまだ考えてもいないとは聞いている。王都に住まう者たちは、これから熾烈な引き抜きなどが行われ、既に行われている者たちをはじめとして徐々に移動をしていくのだと決まっている。王都は、人口が増えるにしても緩やかに増える、それが事実。

「明日については、その方も既に聞いておるのだろうが」
「ええと、聞いているというのは」
「ふむ」

一体何のことだろうかと、そうオユキは心の底から首をかしげてしまう。そして、思考を読める相手が、常に行っているわけではないのだなと、一つの事実として記憶して。

「水と癒しよ」
「ええと、この後説明をと考えていたのですが」
「巫女を使えば、この時期であれば最低限の声位は届けられよう」
「あの子も、流石に祭りの前ともなると忙しくしていますから」

つまりは、今代の水と癒しの巫女については、常にと言う訳にはいかないのか、それとも他になさねばならぬことが多かったのか。ただでさえ、水という流れをその広すぎる意味の中に持つ柱。世界を今後も繋ぐと考えている以上は、そちらに今もかなり忙しくしているには違いない。ここにこうして降りてきているのは、あくまでも陰ですらない存在。髪の一筋、そこまで行けばまだ良しとそれくらいの自覚はオユキにもある。

「まぁ、その方に話すのであれば、我らの作る分霊の落とした影、そうなるな」
「ええ。やはりあちらで為さねばならぬことも多いですから。落ち着くのは、これは私たちの母から既に伝えているでしょうが世界が安定するまで、繋いだものが安定するまででしかないのです」
「どちらもで相応に混乱が起こるであろうからな。何より、繋ぐときに変換をある程度行わねばならぬ故な。周期の巡るころには、あちらもマナで満ちるとは聞いているのだが」

その言葉に、オユキとしては想定の範囲でしかない事だと、ただ頷きを一つ。ただ、ここで気にすべきはやはり明確に変換がいると言われた事ではあるのだろう。知識と魔の国、そこの王妃にこの世界の構成物質というのがイドとオドだという話を聞いた。原子論というよりも、最小単位の素粒子の標準模型とされている物でも十七は発見されていたはずなのだ、オユキの記憶にある範囲では。しかし、こちらでは明確に世界を作る者たちから二つしかないと保証されたことになる。
だからこそ、原子論を基本として組み上げた物理法則というのが役に立たないのだろう。

「オユキさん」
「まぁ、我が巫女は思索が趣味なようではあるからな」
「全く。私たちも失言の心算が無いとはいえ、よくもまぁと本当に」

トモエに名前を呼ばれて、脳裏に浮かぶ閃きのようなものが去らないようにと、そちらは改めて記憶をしたうえで。要は、失言では無いとしながらも、オユキを殊更とすることには納得がいかない。こちらに、以前に見た名簿に従えばオユキよりも遥かにそのあたりに優れたかつての団員とているのだ。そして、その団員を超えるものとて、この世界で遊んでいたはずなのだ。そういった物たちに比べて、特にオユキがと、己がそのように評される理由が、オユキは分からない。

「そのあたりは、探すが良いというしかないのだがな。ただ、その方の今頭に思い浮かべているものだな」
「ええ、ミズキリには既に伝えていますが、世界が繋がるまで、あの者が側に置く事を選べる数は限られています」
「はっきり言ってしまえば、合うことが出来ぬと私たちが定めているのよ」
「本当に、途方も無いと言いますか。ただ、ミズキリの様子を見るに」

そうした決まりと言えばいいのだろうか、制限と言えばいいのだろうか。ただ、ミズキリという人間は、きちんとその制限をかいくぐるための機能を、権能とでもいえる物を求めていたらしい。国を超えて連絡が出来るらしい、それについては既に想像もついている。恐らくは、そのあたりを踏まえた上でどうにか割り込んで見せたというのがミズキリの行っていることなのだろう。

「さて、耳目は集めているのだが、是非とも恙無くとしてほしい物です」

そして、こうして降臨している神々と歓談をしているように見える席。トモエとオユキの座る席に対して平服をする者たちが多いというのも、流石にオユキも気が引ける。何より、大司教のほうが、神殿勤めの巫女のほうが位置として上に。それを問題視しているのか、何やら忙しげな様子ではある。

「ふむ」
「さて、愛し子達」

そんな様子に対して、トモエが懸念を覚えているのだと言葉を作れば、それを受けて速やかに水と癒しから改めての説明がなされる。一段高い場所、特に今回はその場が意味を持つこともあるのだと。今後はともかく、今回ばかりは。水と癒しの神殿に新たに増えたもの、その制御に加えて今後世界の水量がどの程度増えたのかと、それを示すための指標として機能させるためにもなさねばならぬことがあるのだとそうした説明が行われる。
既に神話の朗誦は始まっている。そちらに耳を傾けたいと、トモエはそんな事を考えてはいるのだが、水と癒しに関してはお構いなしとでもいえばいいのだろうか。聞こえるものには、必要な部分が間違いなく聞こえているだろうと。トモエとオユキの耳に届く範囲、それ以外の者たちにしてもそれぞれに異なる説明が行われていると、実に分かり易い形で。

「その、端的にお伺いしますが、制限がなくなったとして、この辺りは解消されるのでしょうか」
「無理だな」

そんなトモエの疑問は、異口同音に三つの柱からはっきりと否定がなされる。
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