憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

本祭

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「トモエさん、よくお似合いです」

平素と言うよりも、屋敷の中であればまだしもこうした場ではやはりトモエとオユキの着替えは別々でとされる。勿論、現状着付けが出来るのはトモエだけであるためオユキの着替えにはトモエが同席して。それが終われば、今度はトモエが着替えるためにと別室に。出てきたトモエは、オユキと揃いと言えばいいのだろうか。流石に千早を着ているわけではなく、狩衣姿。戦と武技からはっきりと位を与えられたわけではないのだが、そう読んでも構わないと言われたからだろう。オユキの千早と揃いで緋色に染められているそれは、トモエの真紅の髪色と合わせてかよく映えて。オユキにとっては、かつて自分が使っていた姿ではあるのだが、今となってはもはやトモエの物として。改めて、こうした盛装をする度にてらいなく褒めて。

「ありがとうございます。オユキさんも、衣装と合わせての化粧もよく似合っていますよ」
「正直、眦に朱を差した、それくらいしか分かりませんが」

オユキがトモエをほめれば、やはりトモエもオユキをほめる。オユキとしては、あれだけ時間をかけて色々な道具を使って。一体何が変わったのかがよく分からぬという物なのだが、トモエが褒めるのならば今の時分は誇れる姿をしているのだろうとそう改めて頷きを一つ作って。そんな様子に、案内役のリザ助祭までもがほほえまし気に。

「では、オユキ様、トモエ様。改めてご案内をさせて頂きます」
「良しなに」

ここからは、ここまでは平素の事として、私的な場として扱えどもこれより先は祭りの場。言ってしまえば、神殿や教会に勤める者たちにとってはまさに本番。公的な場として振る舞ってくれと、それを言外に言われたためにオユキもそろそろかと切り替える。

「収穫祭の間、いえ、大司教様の」
「はい。改めてご説明させていただきます」

昨日のうちに、式次第と言うよりもオユキの行わなければならないことについては、すでに説明を受けている。収穫祭に併せて、神話の朗誦が行われ大司教の説法神国からの豊穣を祈るための供え物など。行われることは多岐にわたるのだが、オユキが行わなければならないのは、基本としてお飾りではある。かなり長時間にわたるのだが、その間お行儀よく座っておいてくださいと、そういった話。
神降ろしをはじめとして、大きな出来事については祭りの終わりに併せて巫女の舞が捧げられることもありその時にとなっている。勿論、オユキとしては後夜祭でと考えているため、今日この場でそこまでの数をと考えてもいなければ、今後の事を考えて得るのも明日の予定でいる。そう、オユキはそうした予定でいるのだが。

「改めてお伺いしますが、例年と異なり巫女様の舞を最後にとしたのは」
「大司教様のご判断に依る物です」

そう、そこには水と癒しの分御霊による判断が介在している。実に不安を煽ってくれるものだと、そんな事を考えながらもトモエと並んで、侍女を引き連れてリザ助祭の後をついて歩いていれば、相も変わらずどう歩いたかわからない道順で歩いていけば目的地らしき場所にたどり着く。階段を上った記憶も無ければ、何も水中を泳ぐようにして上に進んだわけでもない。そこは、外から見たときにはこれまでに存在しなかったはずの一段高い場所。この上には大司教と巫女がと聞いている。要は、来客全体を、祭りに参加する者たちを一望できる高さを持った舞台。日が昇る前から起きたとはいえ、準備にはやはりかなり時間がかかっている。既に、眼下にはこれから王が来るからと準備に余念のない騎士たちに、侍従や侍女たちの姿。勿論、空間を広げる奇跡を持つ馬車もあるため、かなりの倍率だとは聞いているのだが今度ばかりは一般からの参加も相応になされている。神殿と王都をつなぐ道、その道中には相応に強力な魔物が出るのだから。目的地には、出発地点ではどちらも現れはしないのだが。

「まもなくと、そういった様子ですね」
「はい、戦と武技の巫女、オユキ様」

トモエとオユキと言うよりも、リザに案内されてオユキが出てきたからだろう。下で動く者たちからの視線が、一斉に集まる。そちらに向けて、特段何があるわけでも無いとそう簡単に手振りで示したうえで、リザに案内されるままに己がこれから半日ほどお世話になる席に。椅子を引くのは流石にリザの仕事ではなく、シェリアの仕事になるため、そちらに任せて。エスコート役としての振る舞いはトモエもまだ合格が出ていないため、そのままシェリアに手を引かれて腰を下ろす。
席には、長丁場となることが決まっているからだろう。飲み物だけでなく、軽食までも用意されている。他の者たちは、それこそ入れ代わり立ち代わりになるとそう聞いているのだが、トモエとオユキはもはやここから逃がす気は無いとそうした構え。

「さて、今日はこのままゆっくりとしましょうか」
「できると、良いのですが」

トモエが半ば苦笑いと共に、そうオユキに話す。互いに、こうして注目を集めてというのはやはりそこまで慣れていない。トモエは見本として門下生たちの前で、頼まれれば他で演舞を観衆の前で行う事はあったのだが、こうして実に仰々しい催しの中でただただ視線を向けられるというのは慣れていない。オユキについては、一応慣れがあるのはある。こうして明らかに身分さを出してと言う事ではないのだが、なんだかんだと公園であったりという機会は多かったものだ。寧ろ、そうした場合は聴衆のほうがオユキよりも高い位置にとなっていたものだが。

「今暫くは、こうして準備を眺めてというのが基本になるかとは思いますが」
「国王陛下並びに王妃様は」
「そのあたり、昨夜リザから既に説明があった様に思いますが」
「いえ、オユキさんは理解している様子でしたが」

トモエから、そのように言われて改めて昨夜のリザとのやり取りを思い返す。確かに、すっかりとトモエではなくオユキが主体として応えていたものではあるし、ユーフォリアについては、ファンタズマ子爵家から納めるものがあるからとそちらを頼んでいる。トモエが分からない部分については、そちらから説明があるだろうと考えていたオユキとしては、明確な失態だと改めて考えて。
要は、こうした祭りというのは政でもあり。国王夫妻と、公爵家から必ず人が出てこなければまずいのだと。王城では、それこそ祭祀を司る人物が工事を任されたうえで、そちらの差配は現状であれば次代が行う事になる。そうした説明から始まって、今後の式の流れや、その折々で置かれている式の一部であったりを改めて共有して。

「ですが、オユキさん、そうなると」
「今回については、位の高い方から先でとしなければ」

そうしてオユキが示すのは、しいて言えば結界の範囲とでもいえばいいのだろうか。神殿に関しては、明確に壁という境界が存在しているわけではない。今はマリーア公爵の麾下と言う訳でもないのだろうが、完全に消耗品とされている短杖を騎士たちがせっせと配置している。

「ああして、安全な場所を確保していくとはいえ、わかっている部分と言いますか」
「そういえば、先代の王妃様がというよりも、王妃様の初仕事がと言う事でしたか」
「ええ、そうした部分も含めて、ですね。もとより私たちが望んだ時に、すぐに用意が出来たというのがその証左でもありますから」

以前には、神殿を眺めてのんびりと話を強請る時間を求めたこともある。その時に、王太子が腰を下ろしても問題がないだけの格がある席を用意できたというのが、祭りの時に、もしくは他の機会に使われるから。そも、神殿のためだけに庭を整える仕事が、王妃の初仕事と言うのもまた少しおかしな話でもある。

「おや、そろそろ、ですか」
「ああ、その様ですね」

そうしてゆったりと話していれば、神殿の前庭にゆったりとした動きで助祭や修道女が持祭の子供と分かる者たちが連れ立って出てくる。これからは、祭りの来歴を語る者たちと、そして併せて教会に納められる供え物を順次集めていくことだろう。そして、この場で、要は位の高い者たちから順に納めていくこととなる。今度の参加者として案内されてくるだろう者達、これまでは神殿ではなく王都で祭りを祝っていただろう者たちにしても、色々と頼まれたものをここぞとばかりに持ってくることだろう。

「私からも刺繍を納める事としていますが、そちらは」
「ユーフォリアに頼んでいますので」
「オユキさん」
「ええと、トモエさんだけでというのも無いわけではないでしょうが」

そして、オユキが伺うようにリザに視線を向ければ、実に良い笑顔で。断固として許さぬとばかりに、ただただ笑顔が返ってくる。その様子に、オユキが緩く首を振れば、トモエのほうでも苦笑い。

「あの、そこまでされると言う事は」
「一応、昨夜の事もありますが、私に求められているのは、こう」

あくまで、神々にとって目立つ存在を利用して。そうなって欲しいとオユキは考えている。実際に、こうして案内などはされているのだが、そこにはやはり他が座るための場というのもあけられている。オユキとしては、何が起こるやらと言った物ではあるし、トモエのほうではこの空席にいったいどの柱がとそういった話。互いに分からぬ事ではあるのだが。

「この機会にと、そう望む方々も多いでしょうから」
「オユキさん」
「いえ、流石に私の負担とはならないはず、なりませんよね」

長時間座っていなければならない、中座できないと言った話。そういった物を考えればオユキに対して求められているのは、これまでにもよくあったことでは無いかとトモエが警戒して。それをオユキとして嬉しく思うのは事実なのだが、やはりオユキの考えとしては己の立場がそうした諸々に立脚しているのだと考えて。
神殿だからと言って、確かに主たる神は、かつての世界からこの建造物を持ち込んだ相手は降りてくるにしても大司教と言う存在が既にいる。そうして、トモエが視線で色々と示すのだが。

「ええ、あの子が負担はするのですが、別れて久しいというのもまた事実ですから」
「神殿や教会の中にある域であればまだどうにかなりますけれど、こうして外に、それも広くこの世界で生きる者たちの前にとしようと考えると、どうしても」
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