憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

本祭の準備

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昨夜は、いつものようにトモエと話して。気が付けば、神殿が水の中にあることなど互いに忘れて。話し合いながらも、気が付けばオユキは眠りに落ちて。そんなオユキをいつものようにトモエが寝台に運んで、隣に並んで眠りに落ちる。そんな時間を過ごしてみれば、随分と早い時間に部屋の戸を叩く音に起こされた。未だに日の出前であろうに、随分と早い時間から起き上がっているものだ、そんな事をトモエとオユキは考えながらも促されるままに水垢離へと向かう。
昨夜の入浴で一度は見たと言えど、如何なる理屈があって水中に存在する神殿の中で日常的に使う水を認識できるのか。そう首をかしげるトモエに対して、オユキからは分かり易い理屈としてそもそも生物、特に陸上呼吸を行うものの肺には液体が入るという状態に対しての忌避感が存在する事。それに対する反射としての咳などが、現状互いに起きていない事。挙句の果てには、こうして水中にある神殿から外に出る時にそもそも吐き出したりといったことが無いのだと。とかく、オユキが思い当たる中でトモエでも実感しやすいだろう部分を起点に、どうにかこうにか説明する。要は、こうして水没しているとはいえ、実際の水とはそもそもが違うものなのだと。
だが、オユキがそのような話をしてみれば、ではこの中で生きている魚や海藻、水中花などはどうした理屈なのかとトモエからの反応が返ってくる。そちらについては、いよいよオユキとしても不確かな奇跡の存在を前提してどうにかこうにかとオユキの中で成立する理屈を話すしかない。しかし、オユキ自身があやふやだと、あまりにも都合が良いと考えていることがトモエに通じるはずもなく。

「トモエ様、何もそこまで難しく考える事は無いかと。神々は常に私どもの側に」
「いえ、それとこれとは、こう、話が違うと言いますか」

トモエとオユキのじゃれあいには違いないこうした討論に、場を選ばなかったからだろうか。押され気味のオユキの補助をと考えて、リザからそのようにトモエに声がかけられる。いまは、リザをはじめ、他の侍女たちを相手にもオユキの千早をどうやって着付けるかの実演中。実際にはシェリアが、既に何度かトモエから習っているシェリアが行っていたのだが所々トモエからは合格が出せない部分もあるからと、今は変わって簡単に手直しを。
こうして身に着ける千早にしても、実際には戦と武技から与えられたものではない。寧ろ与えられたのは、その下に着ている純白の小袖に緋袴だけなのだが。

「オユキさん、髪はどうしますか」
「これまでは、基本的に一つに結ぶのがと伺っていましたが」
「オユキ様、そちらについては水と癒しの祭りに関わる物だけです」

トモエの質問に、一体なぜいまさらとオユキが首をかしげながらも返してみれば、リザからはそもそもそう決まっているのは水と癒しの神殿に勤める者たちだからこそなのだと。

「オユキさんは気にされていませんでしたが、これまで神職の方々も奉じる神によっては、髪を纏めていましたよ」
「はて」

トモエにそう言われてオユキは己の記憶を多少なりともs探ってみるのだが、やはり心当たりがない。というよりも、これまで出会った神職の髪形と言うものを陸に覚えていない。出入りするときに見かけるだけの人物については、いよいよ記憶に残っておらず。顔を合わせて話す相手、高位の神職については帽子やベールを身に着けていたこともある。なんとなれば、一時は共に暮らしていたエリーザにしても正装としては鎧を身に着けていた。普段の髪形はどうだったろうかと考えて思い返そうとしてみるのだが、全くもって記憶に出てこない。

「思い出せそうにありません」
「そうでしょうとも」
「あの、オユキ様。戦と武技に連なる方々は、一般的に兜をかぶられる方も多いですから、髪は纏めることも多く」
「おや」

リザから、よもやとそんな色を含んだ声で。トモエからは、然も有りなんと。
オユキの記憶にないだけで、トモエはエリーザが髪を降ろしていることも確かにままあったのだが、それ以上に勤めとしている中では纏めていることも多かったのを覚えている。だからこそ、常々オユキの髪を纏めているのだ。そして、ここまでの間にもオユキの髪を公務の間も纏めようとしているところをオユキから止められていた、その勘違いを改めて正そうと。

「そういう事もありますか。いけませんね、どうにも神職の方々と一括りに」
「異邦から来られて、短い時間でどうにか私どものやりよう迄覚えようとしてくださっているわけですから」
「生憎と、神職としての振る舞いを習う時間はすっかりと取れていませんが」
「今となっては、子爵家当主ですからね、オユキ様も」

そんな、何処か自嘲半分で告げるオユキに対して、リザからはどこかほほえましいと言わんばかりに。

「その、まさかとは思いますが、リザ様も」
「何のことでしょう」
「いえ、私の年齢と言いますか」
「ああ、オユキ様が今年の新年祭で成人と言う事ですか」

オユキとしては、そこまで大々的に公言したことが無いどころか、つい先ごろに自覚したばかりの事なのだ。それを、何故こうして数得る程しか会う機会の無かった相手が知っているのかと、甚だ疑問に感じることもある。
だが、確かに思い返してみれば、そもそも場所を借りようと考えての事。であれば、オユキの年齢に関する事、何故ここまで先延ばしになっているのか、そうした話も勿論耳には入っているのだろう。そして、オユキが一応はトモエに隠しておくつもりだという話も伝わっているらしい。具体的な事には一切言及しないように、何やら苦笑いと言った様子。本当に、そうしたことに疎いのだなと、何やら随分とほほえましさを感じるものだが。

「初めてお会いした時、領都での事ですが。随分と懐かしく感じるものです」
「リザ様は、失礼、助祭リザは、その河沿いのウニルと呼ばれることが決まった町の教会に」
「はい。今後は司祭としてあちらに赴任することが決まっております。この祭りが終われば、始まりの町へと、まずは。そこから、領都に向かって、司祭様、その時には私も同じくらいとなりますが、ご挨拶をしてと」
「あの子たちも、喜びそうですね」

うっかりとこれまでに慣れた呼び名を使った事で、少し厳しい目をされて。ただ、修正をしながらも、オユキとしても心を残している相手の、共通の知人の話を口に出す。既に着替えは終わり、今は侍女たちの手によってこれが完成系でいいのだろう、ならばこれに合う化粧はと、色々と塗りたくられながら。トモエのほうでも、オユキの隣に立つためにと準備がいるため、そっとラズリアに部屋から連れ出されているため、いよいよこの場にはオユキと侍女、そして世話役であるリザだけとなった。
侍女たちからは、化粧の間はオユキにはあまり口を開いてほしくないと、そういった視線を感じるために話題を振った後には大人しく。リザにしても勿論、そのあたりはオユキよりも遥かに理解が有るために、苦笑い半分で、オユキが退屈なのだろうとオユキの降った話題に対してリザから返ってくる言葉のほうが多くなりながら今後の予定を改めて細かく説明がされる。新しい司祭がこの世界に、勿論、巫女ほど稀では無いと言う事らしいが、それでも各教会に一人は置きたいとそういった話でもあるようで、風翼の門を使ってまずは始まりの町へ。そこからすぐに赴任先にはいかずに、少女たちと同じように司祭と言う位を得たことをまずはこれまであれこれと頼んだ相手に、教えを受けた相手に報告したいのだとそんな話を聞いて。

「あの子たちは、騎士になる事を願っていたはずではあるのですが、どうしてもあと数年は、それこそ今のオユキ様と同じ年ごろ、成人するまでは教会の事をお願いしなければならないのでしょう」

そして、リザの懸念として、どうしても新しい教会に足りない人手を、これまで世話をしていた相手に頼まなければならないと。本人としては、やはり色々と不本意な事ではあるのだろう。この世界で生きる者たちには、自由な意思で、己の思う様に歩むべしと。それが神々の変わらぬ願いだと、オユキもそう聞いているのだから。

「頼めば、やはりあの子たちも良い子ですから、受け入れてくれるのでしょうが」

これまで暮らしていた場で、恩を感じている相手に頼まれて。それで断るような子供達では無いと、それにはオユキも理解が有る。トモエとオユキが、あの子供たちを教会に連れ出すときに頼んだことを、それをただ大事な事だと考えて。新しい教会の為に残らなければならない、そうなったときに泣き出してしまう程ではあったのだ。

「ままなりませんね」
「ええ、本当に」

そして、こうして話していれば、オユキの支度もいよいよ終わる。化粧台というのもまた少し違うのだろうが、オユキ自身は己の出来上がりをただ水鏡の中に見る。相も変わらず、これにしてもトモエが本当に訳が分からぬと首をかしげていたのだが、水没した神殿の中に、鏡のように周囲を映す水があるのだから、オユキとしても苦笑い半分で。そこに移る己の姿は、何やら普段とは違って、眦に朱を差されている、それ以上の判別がつくものではない。何やら、もっといろいろと塗りたくられていたはずなのだが、どうにもそれ以上の違いが分からないのだ。唇に薄く載せてある桃色はいつもの事と既になっているし、他の部分についてはそもそも化粧をしていない時にオユキが確認する事も無い。だが、確かにいつぞやに王城でこうして己を見た時とは、何かが違うとそれくらいにはわかる。
かつては、鏡の中の己が問いかけてくるような、そのような幻視をしたものだが今となってはそれも無い。随分と、暗澹たるとでもいえばいいのだろうか。何やら、色々と疲れて、諦めて。そうした己の表情も今となっては影を潜めている。

「こちらに来て、その、初めてなのですよね」
「オユキ様」
「降臨祭、新年祭、そのどちらも、参加者、いえ広義では参加者なのですが」

そう、参列するのではなく、参加するのはこれがある意味では初めてなのだ。それも、トモエと並んで。王都の祭りであり、神殿を使う祭り。この神殿にも当然水と癒しの巫女がおり、祭りの段取りが終われば挨拶をとそうした段取りとなっている。つまりは、そこまでの間に挨拶をしなくてもいいほどに、今回は見ていればいいのだ。神を降ろすためのきっかけの一つになるだけでいいのだ。
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