憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

前夜祭

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豊穣祭については、前夜祭と後夜祭を設ける事と決まった。そして、前夜祭に関してはつい先日に王都でも行われた雨乞い。イリアのほうで同族を集めて夜に狩猟を行うのだと、そんな話を聞いている。一応部族に伝わっている物があるのではないかと、そんな話をカナリアがイリアにしたらしいのだが、やはり本人はそこまで詳しくないと。そこで、祭りを行うことが決まって暫くは、部族の中でも上位の者と言えばいいのだろうか。森猫では無いとはっきりと分かる、そんな相手をどうにかイリアが探し出したうえで、かなり面倒な交渉などもあったらしいのだが、その人物が出てくると決まったらしい。

「オユキさん、苦しくはないですか」
「その、仮に苦しいと言えば」
「此処で絞るのを止めます」
「解いてはくれないのですね」

そして、祭りに際して、オユキも当然正装を行う必要がある。流石は王都とでもいえばいいのだろうか。トモエが過去にあったものを思い出しながら頼んでみれば、本当に願い通りの物が作られてくると言うものだ。魔国に向かう前に頼んでいたものが、ようやく出来上がり。それを今オユキに改めて着せこんでいる。五つ紋の色留袖、生地はオユキの髪色や肌の色もあって白が似合うだろうとトモエも思うのだが、そちらは今後デビュタントやオユキの用意していることで使うからと避けて淡い水色に紫陽花をはじめとして、いくつかの夏の花に扇を裾にあしらって。今は色留袖の布地よりも少し濃い薄青の糸で織られた袋帯をトモエによって締められているところ。想像以上の圧迫感とでもいえばいいのだろうか、慣れない上腹部から肋骨までを締め付ける感覚に、オユキとしては息が詰まる。

「恐らく、コルセットよりは、楽なのでしょうが」
「どうでしょうか。あちらはあちらで、また別種の息苦しさがありますから」
「コルセットにしても、その、ふくよかな体系の方の場合は主人を跨いで足の力までを使って締めますので」

そして、正装として、勿論オユキの巫女としての正装に関しては神から直接与えられた千早もあるのだが、今度ばかりは一参加者として過去の世界にある物をとなっている。そして、今まさに実施でナザレアとラズリアが着付けの仕方をトモエから習っている。一度で覚える事は難しいだろうと、勿論そう考えてはいるのだがやはり少ない機会ではあるのだから、それを無駄にすることもあるまいと。帯を締めれば、形を作れば今度は帯紐。そして帯留めに関しては、金糸や銀糸を編んでというのもあるのだが、こちらは宝石をあしらった物となっている。上半身、帯から上で見える部分にはいよいよ家紋くらいしか飾りは無いのだが、それでもかなり豪奢な印象を与えるものにはなる。祭りの期間と言う事もあり、功績として与えられている指輪を鎖に通して首からかけるのだから、それにしても杞憂ではあるのだが。

「トモエ様、それぞれの意匠にはどのような」
「説明をすると、また長くなるのですが、花については一部の吉祥とされるものを除けば季節の物を。扇に関しては、末広がり、その今後の繁栄であったり先々が良くなるようにと」
「成程。豊穣を願う祭りには、これ以上に無い意匠ですね」

さて、そうして細かい部分についてまでトモエがあれこれと説明しながらも、細かい装飾に加えて着崩れを避けるためにとそれこそ色々な小物を使って、オユキの身を整えていく。そうして、装飾に話を振るくらいには、やはり近衛として務めるもの達は優れていると言う事なのだろうか。オユキは、どうにも身を縛る衣服の感触に空咳が出るのをどうにかこらえながら。この後には、さらに髪を結いあげてと本当に時間がかかる事だと、改めてそんな事を想うのだ。トモエのほうさ、さっさと一人で色紋付を着込んで後は外出の際には羽織を重ねればよいと言う所までしてある。

「私のほうでも、下履きが袴であればと思うのですが」
「オユキさん、そうしてしまうと帯も変えなければいけませんし、何よりオユキさんの正装としての物に近くなりすぎますから」
「確かに、それはそうなのですが」

小物として、帯に挟むのは扇子、檜扇となっているのだが変わらず袂には守り刀としての小太刀も用意されている。それらを扱おうにも、どうにもオユキとしては足幅を取れないことなども含めて、非常に不都合を感じる。試しにとばかりに何度か足を動かそうとしているのだが、そのたびにトモエにそっと止められて今となってはすっかり諦めている。
トモエの身に着けている袴であれば、それこそ鍛錬の時に身に着ける物でもあるのだから、オユキとしても十全に動けるというのに。いや、だからこそ戦と武技から正装として与えられたのが、過去にも散々に身に着けていたそれだったと言う事なのだろう。こちらの巫女の装いと言うのは、生憎と同じ神からそのように呼ばれているアイリスくらい。残りは神殿であったことはあるのだが、その時には本当に普段着と言った感じではあったのだ。

「そういえば、オユキさんは前が見えていなかったのですか」
「ああ、確かに領都の教会で」

トモエが、オユキの考えを読んだうえで、そうした話をすればオユキもようやく思い至る。

「あの、流石に私はあのような格好は」
「そうですね。オユキさんには、まだまだ早いでしょうから」

言ってしまえば、カリンが身に着けているような衣装。薄布を、要所を隠しながらといった程度のオユキからしてみれば煽情的としか見えない、そんな衣装なのだ。誰かが身に着けて動くことに忌避感を覚える事は無い。恐らく、というよりも過去を見るにそうした衣装が選ばれるだけの理由は、舞を踊る物の肉体の美しさまで含めて、そうした意味合い位はあるのだろうと理解はできる。だが、それを己が身に着けてとなるとやはりなかなか難しい。
戦闘において、特に羞恥心を感じるような事は無いのだが、それ以外となればやはり話が違う。戦うために、戦いのさなかで起きる事態と、それ以外の為に身に着ける服装ではやはり覚悟の種類が異なるのだから。それは、今にしても変わらない。外出の為に、あれこれと着せられる。それに今も正直慣れていないのだ、オユキは。平素は、それこそ狩りに出る時には侍女たちに対して戦闘には慣れた物を身につけねばならぬからと、こちらに来た時からすっかりとおなじみの簡素な長袖長ズボン。生地の質自体は、こちらに来た時に比べて格段に上がっているし、どうにもならない程に汚れたときには別だと分かるものが用意される。行先としては、処分されているのか下げ渡されているのか。

「オユキさん。慣れましょう」
「ええと」
「私からは、やはりそうとしか言えませんから」

結い上げても跡のつかないオユキの髪を、トモエがいくつかの房を作るためにと掬い上げながら。普段は、割と簡単に。それこそ基本の形らしいものに編みこんだうえで結い上げたりと。それくらいではあるのだが、今回は何やら煩雑な事を行うつもりであるらしい。オユキとしては動きの邪魔になるからと、平素は腰よりも上の位置に来るまでにして欲しいと、そうした話をしているからだろう。団子のように丸めた部分を作り、そこで長さを消化しているのだが、何やら今回はそれもしない様子ではある。しかし、普段参加する祭りとは違って、主催側で参加する物とも違ってかなり手の込んだものにする様子。

「この後は、化粧もするのでしたか」
「オユキさんが好まないのは分かりますが、それも身嗜みですから」
「いえ、理解はできるのですが」

そう、過去にもそれこそ道具として見た事はあるのだ。トモエがそれを行っている姿をオユキに見せることなど、過去には一度も無かった。だが、自然とと言えばいいのだろうか。かつてのオユキの前に居る時には、それが当然とばかりに行っている風ではあった。一体、どうしてそこまで等と考えはしたのだが、終ぞ理解などできるものではなかった。そして、かつてのオユキには見せなかったというのに、こちらではトモエが行うのだと考えると不思議な気分と言えばいいのだろうか。

「その、オユキさんが既に一人で出来たりというのであればよいのですが」
「化粧でしたら、近衛の方々に頼めば」
「オユキ様、生憎と衣装に合わせる必要もありますから、私どもでは、その」
「ああ、成程」

どうにも、色々と不足があると言う事であるらしい。

「その、トモエさんはこちらの化粧品に対して」
「世界が違えど、そこまで大きくは変わっていないようですから。かつて、私が常用していたもののいくらかが無いのは確かですが、それでも想像がつく範囲ですし」
「慣れというのは、本当に」
「ええ、それこそ刀よりは短くはありますが、それでもほとんど生涯をかけていましたから」

トモエにしてみれば、確かに十台の後半から始めたものでしかない。型や太刀、流派に関してはそれよりも十年は早い。化粧に関しては、それこそ雑誌やテレビ、購入する際に受けた説明以上の知識など、せいぜいが道場に来ていた年配の女性に言われた物以上は無い。太刀とは違って、習う相手がいたというようなものでもない。勿論、それなり以上に年齢を重ねてからは、オユキ経由の知り合いに色々と習った物だ。その度に、かつてのオユキは細かく気が付いてかつてのトモエをほめたのだから。

「オユキさんも、こちらで改めて覚えて頂ければ、私としても楽しみは増えるかと思いますが」
「確かに、そのような物ですか」

髪を結わえるのにも、長いからだろう。随分と時間をかけて。その間にも、トモエとオユキの間で話は弾む。常々、色々と話しているはずだと周囲からはそう見えるのだろうが、やはりこうして二人で話をする時間というのは、何処まで求めたくなるものだ。

「ところで、オユキさん」
「はい、なんでしょうか」

そうしている時間も楽しい物だと、嬉しい物だと。オユキがトモエに頭を預ける様に、少しづつ重さを移しているのをトモエとしても感じながら。

「履物は、用意が間に合わなかったのですよね」
「こちらには、そもそも足袋などもありませんので、仕方の無い物かと」

こうしてトモエが細かく用意はしてくれているのだが、結局のところ足元については普段通りのブーツではない、それくらいの物になるのだ。どうしようもなく。
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