憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

デビュタントに向けて

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「トモエさん以外に、考えていませんが」

ようやく持ち直したオユキが、今回こうして王城にというよりも王城とされる区画の中に含まれている来客用の離宮。そこに王妃に伴われて足を運びそこにいる者達と互いに簡単に紹介などを行って。特に、この機会でも無ければ、なかなか顔を合わせることが無かっただろう相手も多く有意義なというよりも、覚えねばならぬ相手が一度に増えたために少し難しい時間ではあった。今にしても、こうして十人近くが一堂に会して、その中でも名前を知っていた相手どころか、初めて顔を見る相手のほうが多い状況というのはやはりなかなかに骨が折れる。
改めてレジス侯爵夫人、リース伯爵夫人からはそれぞれにミレイア、イレーネと直接名前を呼ぶことを許されて。他の招待客からは、改めての顔合わせと共にしかして家名に夫人と着けて呼ぶようにと言われながら。

「オユキ、そのトモエですが、エスコートの作法は」
「新年祭までの間に覚えてもらうしかないかと」
「オユキは、それを良しとできますの」

そして、デビュタントにおけるエスコート役を誰にするのかと問われて、オユキはそもそも自分の隣に立つ相手としてトモエ以外に考えが無いとそうはっきりと答えた。成程、この場はそれぞれから他を紹介するとそういった機会を設ける場でもあるらしい。基本として、その家の中から改めて成人として表に出る事となった時に、家が世話をするのだろう。学び舎に通っている間に特定の相手を見つけたというのならば、その相手とすることもあるのだろう。だが、それにしても難しい時には、こうして寄親が寄子の世話をしようと、そういう事であるらしい。
勿論、子爵家等と言う位を与えられてはいるのだが、基本的にこれまでに関係を持っているのは同年代どころではない相手ばかり。さらには、高々新興の一子爵家の当主をエスコートしてくれと頼むのも難しいと言えば難しい。さらには、紹介する者たちにしてもオユキと同年代、それこそファルコの知り合いと言う事であれば相手のほとんどは爵位を持たぬ相手。公爵や伯爵の令息などがいるにはいるのだろうが、それにしても子爵家の当主と並ぶには釣り合いが難しい。

「その、私にしても色々と学ぶことがあるというのなら」
「オユキ、貴女は戦と武技の巫女と言う役割があるのでしょう。デビュタントにしても、そちらに配慮をする形になります」
「では、私が習うのはエリーザ助祭ですか」
「いえ、貴女はその場では挨拶を受ける側として、基本的には座る事となります。ですが、トモエとなると貴女を席までエスコートをした後には、やはり他に挨拶をして回らなければ」

何やら、前提が違いそうだと、席についている相手から順に説得するようにかけられる言葉に首をかしげて見せる。それこそ、オユキの想像ではかつての世界に存在しているのは創作の中。他には慈善事業の一環として資金を集めるための物であったり、有名な歌劇を行う者たちの初公演を指したりと、そういった認識でしかない。特に、今度ばかりは前者なのだとオユキは考えているのだが、その際にエスコート役が相手を放ってどこかにとそういった印象が無いのだと、そんな話を伝えてみればただただ揃ってため息が返ってくる。

「貴女が想像している物は、また違うものです。過去には、そうした催しであったことも事実ですが、今となっては学び舎の卒業に合わせて開催しますから」
「ええ。徐々に変わっていったとは聞いていますが、今となっては」
「その、今はどのような」
「離れる前に、改めて名前の交換を、この遠い世界で、あまりにも遠い世界で二度とは会えぬかもしれぬからと」

言われて、オユキとしても納得がいく。そのまま王都に残る者たちにとってみれば、一時の別れではある。だが、そうでない者たちはやはり違う。当主であれば、新年祭には毎年必ず登城の必要があるのだがそうでない者たちは、寧ろ領地に残って後事を任されることだろう。そのために学院に通わせ、学ばせている者たちも多いだろう。そして、このデビュタントという最後の機会に、引き抜きなどを行うならまさに最後の機会となるこのお披露目の場で。改めて、己が戻る日程などを告げて、叶うならその日に共にと話すのだろう。

「ええと、でしたらいよいよ私にエスコート役の必要が無いように思えますが」
「生憎と、それが許されることは無いのです」

どうにも、明確に規則として存在しているらしい。いったいなぜと、そんなことくらいは考えるのだが、これまでのこの世界の背景を考えれば分かり易い理屈と言うのも存在している。言ってしまえば、貴族家としてはほとんどこれが最終試験のようなものなのだろう。己の伴侶を見つけられぬ、家を後につなぐことが出来るかどうか。子供を授かれるかどうかは人口の上限が存在している以上、あまりにも分かり易く難易度が高かった。だからこそ、この場に参加するには、互いに互いをとそれを決まり事として。

「ナディア様が、私の後見についてくださるという話については」
「ええ、安心なさいオユキ。それについては間違いなく。ですが今度ばかりは私たちにしてもファルコの事もあります」
「確かに。ファルコ様がリュディさんをとすれば、残るサリエラさんを誰がという話にもなりますか」

マリーア公爵夫人として、己の孫が複数の相手を求めた。少なくとも、外部にははっきりとそう見える上に、ほとんど事実同然とされている現状では、ここで手を抜くことは許されない。今となっては、どうにもファルコと同い年であるらしいオユキとしては。そこまで考えて、やはりふと疑問に。

「ファルコ様は、学籍が」
「ええ、既に騎士として身を成す講義を受ける身分としての、学籍は持っていません。ですが、狩猟者、ひいてはダンジョンで資源の回収を行うものとして」
「ああ。確かに、今後はそちらも求められますか」
「問題点としては、そちらが新設された場合に教鞭をとれるものがほとんどいない、それに尽きるのですが。いえ、それは今は置いておきましょう。オユキも、少しは気になるというのは事実なのでしょうが、話を逸らす事の無いように」

確かに、そうした目的があっての事であるのは事実。ならばとばかりに一つ頷いて。なんにせよ、新年祭が忙しくなりそうだというのは、ここで色々と想像もつく。

「その、言いたくはありませんが、一応私が中座の可能性がある事は考慮していただけると」
「オユキ、詳しく言いなさい」
「いえ、こう、神々の思惑と言うよりも私の思惑に乗る形での神々の望みといますか」

改めて、これまでにあった祭りの前後で別の神も、そうした話はそれぞれに聞いているのだろうかと考えて。オユキとしては、簡単に口にしたうえで周囲の反応を探るのだが、やはりこのあたりの話については明確に制限がなされているらしい。レジス侯爵夫人は知っている様子ではあるのだが、そこまで。伯爵夫人以下に関しては、なんの話か全く分からぬとそうした様子。では、そのあたりの説明からかと考えれば。

「先日、王太子殿下とマリーア公爵が、そこのオユキによって神々と夢の仲にて拝謁の栄誉を頂きました」
「夢、なのでしょうか。時にはそのままと言う事もありますし、今度の事については」
「オユキ」
「畏まりました」

夢かどうかは正直わかったものではない。そんな単純な疑問を口にしてみるのだが、今は口をはさむなとばかりに名前を呼ばれる。この世界でも、過去にあった様にどの位置にいる人間かによって与える情報、知っても良いとされている情報は違うのだろう。流石に、そのあたりについては全く知識がないため、寧ろ余計な事を知りすぎている自覚があるため、オユキも口を噤む。そうして、これまでの簡単流れを王太子妃が話しているのを聞きながらも、オユキとしてはそうであれば何故とそんな疑問が胸中に訪れる。だが、それに対しては王妃とマリーア公爵夫人からの鋭い視線で、オユキに由のある事だとそう言われているのは理解もできる。ただ、だからこそとそんなことを考えてもしまうのだが。

「それで、オユキ中座と言うのは確か先の新年祭の時に」
「ええと、はい。恐らくと言いますか、直感と言うよりはかなり確度の高いものとして」
「オユキ、それは新年祭の本祭にはならないのですか」
「その、我が事ながらどうかとは思いますし、日程の詳細が分からぬ以上は何とも言えませんが、新年祭で倒れるようなことがあれば、デビュタントに参加は叶わないかと」

そうしてオユキが話してみれば、盛大にここに集まっている者たちが頭を抱える。要は、当主として神国の新年祭への参加については義務となる。デビュタントと言うのは、実際のところそうでは無い。だが、義務ではなくともほとんどの物が参加するというよりも、ほぼすべての成人する者たちが、王都にいる者達では全てとなる者たちが参加するほどには重要な物ではあるのだ。これで、オユキが参加できないとなればそこでは実に多くの事が言われるだろう。それこそ、マリーア公爵としても表では言われないにしても、評価を下げるには違いないのだ。

「一応、私としては王太子様の事もありますし、今回は新年祭を優先するつもりではあるのですが」
「それは、私としてはありがたいのですが」

そんなオユキの既に決めている優先順位を話せば、王太子妃が喜色を浮かべつつも公爵夫人に伺うような視線を向ける。

「人の自由な意思を。それが、神々も良しとする私たちのありようです。オユキ、いいですか、くれぐれも」
「一応、神国の新年祭であれば、私よりも徴収されるべき方々のほうが多いとは考えていますし」

そう、今回にしてもかなりの加減がというより、神々の目印として、オユキは機能するだけでよい。それ以外に必要な物は、それこそ容赦なく参加者から集めればよいと言うものだ。何も、今度ばかりは前回の新年祭で行われた狩猟祭のように、オユキばかりが負担をする必要も無いのだから。

「さて、話を戻しましょうか。オユキのデビュタントの衣装ですが」
「確か、白一色にオペラグローブ、長手袋が決まりでしたか」
「古典的な物としては、そうですね。生憎と参加する者たちの中では、美しい白というのが難しい者達もいますので」
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