憧れの世界でもう一度

五味

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30章 豊穣祭

鍛錬を終えて

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「カナリアさんは、まず体力をつけるのが先決かと」

屋敷に戻って、では改めて今日の鍛錬をとそんな話になった。アイリスにしても、久しぶりにとそう言い出したこともあり屋敷の庭で、では久しぶりにと。戻る際には、祭りの流れを確認しておこうなどとそんな事を口にしていたものだが、そちらは結局後でもできるだろう。今は何よりも、己が許された時間として体を動かしたいとオユキの考えもある。これで、少年たちでもいれば随分と懐かしい顔ぶれがそろうのに、そんな事を考えているところにイリアとカナリアがふらりと顔を出した。そちらはそちらで、何やら祭りについて話をしていたようでカナリアは随分と元気そうに、対してイリアのほうが随分と疲れた様子ではあった。
気分転換に出てきたと、イリアの疲労を見てカナリアがトモエとオユキが戻ってきたことに気が付いて、誘って出てきたのだと。そんな話をしている間はまだ良かったのだろう。気分転換に、では軽く体を動かしますかとトモエが声をかけたところから問題が生まれたのかもしれない。決定的となったのは、パロティアとフスカがその場に現れたからだと、オユキは考えている。そんな事を、非常に珍しく眉間を抑えながら砂地の鍛錬場に体を投げ出して、息を荒げているカナリア眺めるトモエに視線を送りながら。オユキとしても、正直なところこちらに来たばかりの時に出会った少年たち、そちらと比べるどころか苦言を呈さなくてはならない相手にかけるべき言葉も出てこない。

「まぁ、こうなるだろうね」

そして、イリアにしてもそれは同様と言う事らしい。

「その、初めて会った時の事ですが」
「直前まで森に入ってたからね。それに、あの頃はなんだかんだとカナリアにしても歩いて向かっていたし」
「そういえば、ここ暫くは私どもから馬車を貸し出していましたね」

周囲に治療を、そんな話でもあったため代官でもあるメイに話を通したうえで。そうしてみれば、使える馬車があるのならと、色々運べるならば頼みたいものもあるとそういった話になった。もとより、領主からの依頼でもある事業でもあるためオユキたちとしても協力できるならとそういった流れもあった。ただ、そういった流れがどこまで行ってもカナリアから運動の機会を奪う事になったらしい。
思い返してみれば、確かにカナリアの基本的な職場とでもいえばいいのだろうか。馬車を用意するために通う先は、始まりの町では傭兵ギルドでしかなかった。そこはいよいよファンタズマ子爵となる前から与えられていた屋敷、その直ぐとなり。隣とはいっても、少しは歩かなければならないのだがそれにしても10分も無いほど。他にカナリアが出かける先と言うのは、いよいよ馬車を使う距離となる。勿論、トモエやオユキは歩くなり乗馬の散歩にとするのだが。

「あの、カナリアさんは、まずはきちんと走ったり距離を歩くところからが良いかと」

短剣をもって、それを10分ほど振った結果が今。

「それにしても、この前に見たときにはもう少しどうにか」
「あんたは知らないんだろうけど、カナリアは外であれば少しはましなんだよ」
「外であればと言う事は、いえ、風をとそういう話ですか」
「ああ、そのあたりは聞いてるのか。そうだね、外にいるときは特にカナリアは自分が体力が無いというのが分かっているから」

つまり、そうしたことを選択しているというらしい。確かに、危険な場であるというのなら、そこで奇跡を使っても問題が無いと、そうオユキとしても考えはする。だが、トモエのほうは一段階視線の熱が下がっていることもあり、きっちりと評価を落としている。というよりも、そのあたりがこの間説得したパロティアの懸念でもあるのだろう。こうした様子を見れば、苛立ちにしても正当なものだとついつい考えてしまいそうになる。事実として、何やらトモエとは比べ物にならない程に、冷たい視線を向けているのだから。

「休憩としましょうか、流石に」
「あんたらなら、いいとは思うけどね」
「カナリアさんにしても、ここから無理をしてしまえば」

オユキの判断では、もはや意味が無いとそう見える。では、トモエは、師はどうかと視線を投げてみれば、こちらにしてももはや打つ手なしとばかりにただ頷き一つ。少し時間を作って、今後もカナリアがと考えるのならどういった方向性で訓練を行うかを考えたいのだろう。今回に関しては、トモエにしてもそのあたり確認を怠っている。

「そう、ですね。ですが、オユキさん」
「はい」
「まずは、土埃を落としてから、ですね。そこの四阿にしても、これだけの人数でと言う訳にはいきません」
「確かに、それもそうですか」

壁の外から戻った時に、ラズリアから言われたのだがまだ体を動かすからと後回しにしていた事。

「着替えも、ですか」
「オユキさんも、そのあたりは他の人にも機会を」
「私を練習台に、それは、まぁ分かりはするのですが」
「と言いますか、詳細を知っているのは私だけですので、教えるためには」

そう、和装の着付けについて、小物までを含めてきちんと理解が出来ているのはトモエしかいない。こちらの者たちに任せて、それこそ、こちらの侍女たちの教育の為にとトモエが誰かにと言う事も出来ない。オユキからしてみれば、自分以外の誰かにとそう考えているのだろう。ただ、そのあたり、トモエとしては色々と難しいのだとそうした視線。そして、何やら問題があるらしいと、そこでオユキも理解はする。ここで話す事でも無いのだと、そこまでを含めて。

「では、そうですね」
「はい。夕食まではまだ間もありますし、オユキさんも」

トモエの言葉に、一先ずオユキが頷けば待っていたとばかりに早々にシェリアに抱えられて屋敷に連れていかれる。なすがままにされるつもりは、一応オユキにはないのだがこの辺り抵抗しても仕方が無いと既に諦めている。これが戦闘であれば、流石に抵抗の意志位は見せるだろう。トモエとしては、早々に連れ出されているそんな姿を見遣ってオユキのためにも、ある程度の用意がいるだろうからとラズリアに視線を向ける。
間違いなく、今回招かれる者達については肉を好む者達。オユキが夕食までの間に、何か軽く口をつけるとして、そこでさらに夕食に対して苦手意識を覚えられても困るのだから。

「トモエ様、確か、なんと言いましたか」
「はて、なんの事でしょう」

そして、オユキに遅れること暫く。トモエも屋敷に戻ろうと動き出せば、ラズリアに声をかけられる。だが、恐らく人を指しているのだろうと、それくらいにはわかるのだがそれ以上がトモエにはわからない。

「ナザレアから、トモエ様がオユキ様を着替えさせる際に細かく習っていた子供がと」
「ああ、サキさんですか」

確かに、言葉の問題もあり、アベルに対する懲罰といった意味でも暫く付き添ってはいた。しかし、今となっては彼女から聞き取りを行う必要もなくなっている。既に、彼女が暮らしている場から助けるべき相手は助け出した。しばらくというには、それなりに長い期間教会で休むこととはなっていたのだが、そちらにしても既に回復して町での生活に馴染もうとそれぞれが努力をしていると聞いている。そして、中にはこの国で使われる言語が第一言語である者達とていたのだ。そんな相手がいる以上、しかもサキよりも年を重ねており分別もつく相手。そんな相手に聞き取りを行ってしまえば、サキにはもはや用が無い。彼女にしても足しげく教会に通っては、かつて一緒に暮らしていた相手と言う事もあり随分と少年たちと共に頑張っていたものだ。
勿論、トモエやオユキにしても支援の手を惜しむ事は無かった。だが、流石に肉体的、精神的な治療となると門外漢も甚だしい。さらには、オユキがどうしたところで不安定だと言う事もあり、そのあたりはトモエが全てを聞き取ってとしていた。トモエにも伏せられていることは、実のところかなり多いのだろう。サキの様子を見て、そこから想定が付く事。それにしても報告等されていない。さらには、トモエにしてもオユキに簡単に纏めて、今となってはユーフォリアに任せているのだが、ナザレアやカレンに対して支出としてだけ纏める様にと、そうして話したものだ。

「その、立場と言いますか」
「一応、元の流れについてはお伺いしていますが、改めて望まれたりは」
「どうでしょうか。年が近い事もあるのでしょうね」

そして、今となっては、どちらかと言えば少年たちのほうにすっかりと気持ちが向いているのが、あのサキという少女だ。なんだかんだと、苦手意識すらも克服して魔物を狩る事すらも行い始めている。それも、トモエとオユキの旅の途中。少年たちと並んで鍛錬をするためには、仕方なくとそのような消極的な理由ではなく。

「後は、意外とこのままとなりそうなのですよね」
「あの子供たちですか。トモエ様は」
「シグルド君が二人、パウ君もこれで二人でしょうね」
「オユキ様は、そのあたり全く気が付いていないようなのですが」

ラズリアが、実に深々とため息を。言いたい事は分からないでもないのだが、もとよりオユキはそのあたりにとことん頓着していない。仲が良い、好意を向けている。そうしたことには細かく気が付くのだが、それ以上の感情については、何処まで行っても気が付きもしない。

「生前の事ですが」
「それは、かつてのオユキ様と、トモエ様の」
「はい」

何やら未だに起き上がれないカナリアを、フスカとパロティアが随分と乱雑に扱って屋敷に戻り始めている。アイリスにしても、そういえばセラフィーナはどこだと耳を立てて周囲を伺っている。

「オユキさんは、どうにもきちんと伝えなければ私の想いにも気が付かなかったようで」
「あの、それは」
「オユキさんは、自分が先だと考えていましたが」

そこで、トモエとしてはため息一つ。随分と、熱を込めて視線を向けてはくれていたのだが、それについてはまた別の方向。

「ミズキリに対して、諦めが悪いなどと言っていましたが」
「オユキ様は、そもそも気が付いていなかったと。だとすると」
「ええ、私以外にも、間違いなく」
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