憧れの世界でもう一度

五味

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28章 事も無く

眠るオユキを

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随分と苦しそうな寝息であることは事実。だが、トモエの判断では間違いなくユーフォリアが干渉した結果として。オユキは、寝息を立て始める。その姿に、そっと前髪を横に流したりとこれまでトモエが行っていたことを、ユーフォリアにしてもきちんと行いながら。その様子に、トモエとしても実に色々と、そう、全てを言語化するにはとても難しい感情と言うのが、己の胸を占める。
特に、独占欲に関しては、隠そうなどとは考えていない。それがあるのも事実であり、オユキもトモエの感情を喜ぶのだから。勿論、ほとんど同じだけの量がオユキからトモエに向けられているのも理解している。だから、トモエはそれを隠すことはしない。今、去来する感情は、そのような単純な物ばかりではない。その中でも、一番大きい物は何よりも安堵が。

「任せられる方が来てくれた、それはやはり嬉しい物です」
「ええ、存分に。ですが、オユキ様は過去と変わらず」
「そう、ですね」

そして、短い時間でも、トモエがオユキに対して魔術を行使せずとも気が付いたことがあると、そう語る。そこまで理解が及ぶからこそ、任せられるとトモエも考えている。

「そちらは、ええ、私が引き取りましょう」
「かつてと変わらず、嬉しい事ではありますが、どうにも」
「正直、ここまでの短い期間で」
「また、ですか」

どうにも、こちらに来てから既に経った時間。その間に、身体の変化も原因ではあるのだろうが、オユキにしても随分と意固地になる場面が多い。それは、かつてトモエがオユキとであったころに、トモエ以外に度々見せていたもの。最初から、トモエを特別としていた理由、それははっきりと一目ぼれとそんな言葉をオユキから聞いたものだ。トモエの見立てでは、それこそ過去にオユキの両親がいた頃にあった、その事実がどこまでも有利に働いたのだと考えている。その時、どういった場面であったかと言えば、つまりはトモエの母の命が失われた、その場面。そして、それからの数日。

「ええ、オユキさんの変わらぬ悪癖です。可愛らしい部分、私はそう考えていますが」
「結果として、自分が苦しむわけですから、ほどほどにと私は考えますが」

仕方のない事だと、そう言わんばかりにオユキの側を離れて、寝息もどうにか少し落ち着いてきたからだろう、オユキの眠る寝台から離れて、今度はトモエの向かいに。促すでもなく、それが当然とばかりに自分で椅子を引いて、座り込む。それこそ、室内に他の侍女でもいれば、何か言われるものだろう。だが、生憎と今この場を見ているのは壁の隙間で護衛を行う騎士たちばかり。そちらから、後で報告は行くのだろう。ただ、今踏み込んでくるような、その様な事は無い。ただ、どういえばいいのだろうか。

「なんとなく、こう、不快な視線を」

これまでに比べて、明らかに警戒をしているとそう感じるような視線ばかりではないなと。トモエははっきりと奇妙を感じる。

「その、もしかしなくとも」
「はい。この部屋を守るのは、扉の前にいる二人ばかりではありませんよ」
「また、随分と」
「仕方のない事ではありますから」

ユーフォリアは、トモエやオユキとは違う。一時期は、本気で考えていたこともあり、トモエにしても実際に相談は受けたことがある。だが、どうなのだろうかと。万が一、つまらぬことを考えてしまえば、それをトモエが伝えてしまい、実践してしまったときに。かつてのオユキがどう感じるのかが分からない、そうした話をした結果として当時は諦めた。そして、今もそれは変わっていないらしい。

「私としては、てっきり」
「勧められはしましたが、マリーア公爵夫人の言葉やラズリアの判断も手伝って」
「そちらまでとなれば、より時間がかかったでしょうからね」

侍女たちは、少なくとも、トモエとオユキに貸し与えられている侍女たちと言うのは、実際のところは近衛だ。当然、身に着けている技術の中に護衛としての動きが必要になる。それを、このユーフォリアが身に着けているようには、やはり見えない。トモエにとって感じられぬほど、そこまでを身に着けているのかと考えては見るのだが、それにしてはという物だ。

「それにしても、周囲の者達ですか。つまらぬことを、私に言い含めてくる者たちもいましたが」
「ああ、そうした話ですか。少なくとも、そういった選択を私が行う事はありませんよ」

どうにも周囲から向けられる不愉快な視線、その正体が何なのか想像がつく。だが、トモエとしては、そうしたことを行うにしても、オユキの同意のうえで行うのだとして、それが訪れるのはこちらに残るとその選択をしてから。そこまでの間に、そのような選択を行う事が互いに無いと。それを当然としている。正直、そのあたりは既に侍女として仕えている者たちがこうした護衛にもきちんと言い含めていると、そう考えてはいたのだが。

「こうして、余人を交えずと言いますか、オユキさんが気やすいから、でしょうか」
「さて。私にしても、心外ではありますので、また相談をしておきましょう」
「どう、なのでしょう」

ただ、トモエとしては思う所もある。だが、トモエが何を考えているかなど、当然理解しているユーフォリアが、オユキが、もはやこちらに残る気が無いのだと一重で理解した相手。さらには、選択の結果に当然付き合うのだとそれを決めている相手。オユキに対して、その選択に他に、トモエ以外にもそうなるのだと、そうやって首輪をつけたつもりかもしれない。ミズキリの考えと言うのは、流石に本人を直接前にしない以上は、トモエの理解が及ぶところではないのだが。

「そういった事は、私とトモエさんの間では起こりえない、その理解位は正しく持っておいてもらいましょう。オユキ様もそうですが、選択の刻限が過ぎるまでは、その様な事は今後も考えないのだと」
「ええ、では、お願いしますね」

本当に、よく気が付く相手だと。

「こちらでは、ユーフォリアさんとお呼びすることになるかと思いますが」
「そう、ですね。ユフィという愛称も気にいってますが、それを許すのは」
「オユキさんだけ、としておく方が良いでしょう。私に許すとしても」
「ええ、他の者たちにそこまで気やすく呼ばれる理由はありません」

そして、相も変わらず苛烈な性格を持つ相手と、トモエは針を進めながら。

「私が言えた事ではありませんが」
「ええ、変わりませんとも。初めて見たときから、前にも話しましたが」
「あの男が言い含めていた話、ですか。こちらでも、またつまらぬ画策を行っているようですが」

かつての世界において、トモエではなく。かつてのユーフォリアと。それを考えていたというのは、ユーフォリアに既に聞かされている。いつだったろうか、ユーフォリアにそんな話をされたのは。いつだったろうか、オユキから、身近にそうした相手がおり、トモエへの贈り物等相談に乗ってもらっていると、そうした話をされたのは。正直、互いに面識を得たのは、それこそオユキからそうした形で散々に話を聞かされてから。すっかりと、初めての顔合わせだというのに。

「本当に、随分と時間を取られました」
「こちらに来てから、ですか。それとも」
「トモエさんも、相応に時間を使ったのだとか」

今は目の前に座り、それが当然とばかりにお茶に口をつけるユーフォリア。生前の彼女、ゲーム内での振る舞い。それをどのようにオユキが話していたのか、それを少し思い出しては見るのだが。ここまでではなかったはずなのだ。それこそ、現実ではトモエが。ゲームの中ではユーフォリアが。そうした役割分担でも、良いだろうと。

「魔術の取得、私としても日常の範囲であればと思うのですが」
「トモエさんは、どうでしょうか。身に着けて、本当に戦場で」
「そう、なのですよね」

日常の範囲、料理に当たり前のようにと使うアルノーを見て。それが、とても便利そうだとそんなことはトモエも考えるのだ。ならば、とばかりに。実際に、こうして本当に必要だと考えれば、確かに魔術と言うのは得られるのだとそうした自覚は既に持っている。この世界に存在するらしいマナとやら、オユキにとっては季節によって変わる感覚、木精の少女と同じく食事として。トモエとしては、己が従えることが叶う、自分以外の何かがあるのだと。確かに、こうした感覚の違いがだれにでも起こりえるというのなら、体系化した知識などなかなかに発展していかないというのも理解ができる。それこそ、身体の、己の体の感覚。それと同様に。

「いえ、一先ず、置いておきましょう。なんにせよ、オユキさんも気が付いていますが」
「トモエ様については、気が付かれて」
「どうでしょうか。相応に時間がかかった、それくらいの認識であるかもしれませんね」

トモエが得た試しの時間、それについてはっきりと言及した記憶はない。トモエにとっても、己の内面と向き合う事になれていたトモエにとっても、それはなかなかの時間ではあった。心のうちに湧き上がる猜疑の芽。それを、常に切り伏せなければならない時間が、とにかく続いたものだ。

「ユーフォリアさんは」
「ええ、あの男の手伝いで、私の体感で十余年ほど」

つまりは、この人物が身に着けている技術。それらの対価をしっかりと。そして、気が付かれているのだとしても、互いにそれを明言しないようにしておこうと、過去と変わらぬ物をここでも積み上げて。

「それにしても、オユキ様のこの姿は」
「本人も問題は感じていますし、私としても、意外と言いますか」
「まぁ、それはそうでしょう」

正直、トモエにしてもまさかここまで成長しないとは、ここまで食事を摂る量が少ないなどとは考えてもいなかった。互いに運動するには違いない。それを行えば、当然の帰結として食欲と言うのも相応に出るはずだと考えていた。

「実際のところ、どうなのですか」
「そうですね、生前の体感でいえばと言う範囲になりますが」

そう、オユキが寝ている今だからこそ、口にできる事もある。

「今、こうなるほどに口を運んでいるとオユキさんが考えている量」

胸やけを起こして、先ほどまで確かにうなされていた。それは事実ではあるのだが。

「それでも、少ないのですよね」
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