憧れの世界でもう一度

五味

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28章 事も無く

休日の過ごし方

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こうしてゆっくりと船で水路を下る時間を得るまでの間に、勿論それなりに日数は経過している。ヴィルヘルミナをはじめ、カリンにアルノーまでもが魔国から戻って来ている。ついでとばかりに、一部の人員が入れ替える必要もあったため、それ相応の時間が。そこまでの間に、一度神殿に、そんな話が出ていたのだがそれも結局は後回しに。では、空いた時間で雨と虹を仕上げるか等と考えていたのも束の間。オユキがはっきりと好んでいないと、それを表に出していることもあり、トモエが少々強引に引き取った。これに関しては、何も言われていないものである以上巫女であるオユキがやる必要などないだろうと。ならば、代わりにトモエがやっても構わないはずだという理屈で。言われて、確かにと思う所もありそちらは預けてしまう事にした。
オユキよりも、遥かに針仕事に慣れているからだろう。ナザレアと揃って、随分と簡単にされた図案ではなく、いくつかの候補を新たに選んで加えた上で。完成までは、オユキの予定よりももうしばらくかかりそうだと、そういう話になったこともある。では、空いた時間に、少なくとも一日の内数時間程度は座ってできる作業を行う時間が空いたのだ。さて、何をしたものかと考えているところにカナリアがふらりと現れた。検分の終わった書籍と魔道具を返そうとばかりに。

「なかなかに楽しい時間ですから」
「なかなか、ではないでしょうに」

すっと、寄せられる視線から顔をそむけるオユキに、トモエからは苦笑いと共にそう告げるしかない。
オユキはそうしたことを好んでいる、それを確かにトモエは知っていた。生前、歯止めが多少は聞いていたのはやはり仕事の疲れであったり、それこそトモエとの鍛錬の時間。だが、こちらではそれがほとんどない。鍛錬にしても、一人で歩き回れぬ今の状態では、少々動いただけで息が上がり短刀しか持ち上げられぬような、そんな状態になってしまう今では、やはり色々と難しい。勿論、日に数時間、トモエにとって最低限としている時間を使う鍛錬。それを見学する時間をオユキとしてもきちんと持っている。トモエとしても、ならばこの機会にとばかりにオユキの参考とするための動きを大部分は行っている。それを眺めながらも、オユキはやはり思考の海にも沈んでいる。
トモエを、トモエがオユキの為にと動いて、それをオユキが見過ごす事は無い。きちんとそれを確認しながらもあれこれと考えては、屋敷に戻ってカナリアの監督の下、せっせと彫金に励んでいるのだ。トモエとしては、屋内で、所かまわず行われると金属の破片がそこらに散るので是非とも専用の部屋でとも思う。さらには、オユキは一応子爵家の当主として、体が動かぬこともあって、ここ暫くは本当にあれこれと着せられている。外行き、神職としての装いとしてすっかりと定着しつつある和装だけでなく、洋装も。そのどれもに、銀の破片が、やすりで磨く工程もあるからだろう。細かい金属の破片をしっかりと服に着けている。カナリアのほうは、流石に同じ屋敷で暮らしているとはいっても他人である以上、部屋が異なる以上はそこまで気にならない。だが、オユキとトモエは寝台を共有していることもあり流石に細かな破片の感触と言うのは気になるという物だ。
加えて、本来であればせっかくの休日。少しは外に等とそんなことを一体どの口が言っていたのかと。

「オユキ、貴女」
「少しは王都を見て回る、そうでは無かったのですか」

さて、トモエがどこかオユキを責めるような、そんな視線を送ったからだろう。敏い者たちが、随分と敏感にここ暫くの間何があったのかと、それに気が付いた。実際に、ナザレアにしてもその心算でオユキを着飾ってはいたのだ。

「そういえば、そのような事もありましたね」

通りで、ここ暫くトモエがどことなく不機嫌だったわけだと、オユキはようやく納得する。そして、今のこの場はこれまで同様トモエがオユキのそうした振る舞いに対して抱えていた不満を。楽しみにしていたのにと、そんな不満をぶつける場ではあるらしい。

「ええと、でしたら、その」
「楽しそうでしたから」

ただ、トモエにしても随分と久しぶりにオユキが楽しそうだったから。だからこそ、言い出しにくいというよりも。

「これまで、随分と私に付き合って頂きましたから」
「その、トモエさんも一緒に」
「いえ、私は正直」

実際に、オユキからトモエも誘われはしたのだ。カナリアのほうも、魔術文字の勉強、要は魔術の習得の助けにもなる文字への理解が深まるからと。そんな話をされもした。だが、オユキが針仕事を好まぬ様に、トモエとしても銀の板に向き合って、そこに只管に文字を彫り込むような作業と言うのは好きではない。それを愉しむオユキを眺めながら、それこそかつてもそうであったように繕い物を進めて。そんな時間を、同じ空間で過ごす方がやはりいくらか楽しいという物だ。最も、そうしている間は、オユキのほうはトモエではなくすっかりとカナリアと意気投合してあれこれと話をすることを楽しんでいる。二人そろって、向かい合って。両者とも、手元には紙を置いてそれにあれこれと書きつけながら。そして、オユキのほうで疲労がたまってきたと見るや、シェリアが半ば強制的にその場を終わらせてオユキを連れ出していく。残された物、机の上に投げ出されたままになったものについては、かつてと違ってトモエではなくラズリアがため息と共に片付けるのが、ここ暫くトモエがよく見る光景になっている。

「それに、やはり楽し気にしているオユキさんから話を聞くのも」
「ええと」
「ええ、生前とやはりそこは変わりません。一緒に楽しむ、それも良い物でしょうが」
「違いますからね、やはり」

繰り返し、かつて何度も確認したこととして。

「相変わらず、仲の良い事」
「ええ、それだけは胸を張って」

そこについては、揶揄われたところでオユキはいまさらという物だ。誇りこそすれ、怯む余地などそこにはない。

「おや」

そうして、ゆるゆると話していたからだろうか。船の速度もそれに合わせる様に落ちているとそう流れる水の感触から感じていた。ただ、既に数時間声を張り上げていたからだろう。ヴィルヘルミナの歌も終わりを迎える。

「流石に、長い時間でしたか」
「さて、それこそ本人に尋ねてみなければわかりませんが」

そんな話をしていれば、拡張された空間から今も響く音楽を背後に従えて、歌姫がそのままふわりと進み出てくる。

「ボーツリートはお気に召しまして」

そして、簡単に拍手で迎えればそれが当然とばかりに優雅に頭を下げて。

「ええ、お見事でした。と、言いますか、いくつかは耳慣れぬものもありましたが」
「ヴィルヘルミナさんは、名前からドイツ圏と思っていましたが、そちらにもあるのですね」
「ええ、勿論ですわ。かの国ばかりが有名ではありますが、そちらにも確か」

そして、軽くヴィルヘルミナが口ずさむ。今も奏でられている音楽とは、全く合わぬからだろう。一節を歌い上げただけですぐにやめてしまう。確かに、いつぞやに観光の折に川下りなどを楽しんだ時、その時に聞いた覚えがあるなとオユキとしては軽く記憶を漁っては見るのだが。

「最上川舟歌、ですか。本当に、色々と」
「ええ、それだけしか私にはありませんもの」

トモエがさらりと民謡の名を口に出せば、ヴィルヘルミナのほうでもそれが当然と。

「本当に、よくもまぁ」
「貴女方も、己の流派だけではなく随分と手広くと、そう報告を受けていますが」
「確かに、言われてみればそのような物なのかもしれませんね」

ヴィルヘルミナをほめそやす言葉を、トモエとオユキで並べていれば公爵夫人から、一体どの口がその様な事を言っているのかと。確かに、皆伝として流派を納めたトモエについては、本当に過去にあった数多の流派もそれが当然とばかりに知識を修めている。はたから見れば、どちらもどちらと、そう言われて当然という物なのだろう。それを身につけた側からしてみれば、自然と、それこそ学んでいくうちに当然と身についたとそう応えるしかないものなのだが。

「要は、歴史にしてもと、そういう話ですか」
「あら、随分と難しい話をされていたのね」
「そうでもない、いえ、こう街並みの来歴を強請っていたのですが」
「それは、私も是非ともお伺いしたいものだわ」

歌姫としても、少し喉元に手を当てて。そんな様子を見せている。自分の体を楽器としなければならない、そうした物である以上は、寧ろ楽隊に負けぬだけの声量を、音を響かせていたこともありかなりの疲労が、負担があったのは事実なのだろう。本人に言わせてみれば、喉を振るわせるのは当然なのだが、肺や体、己の内側で反響させたものを外に、そうした答えが返ってくるのだが。

「私も、いくつか気になる建物が」
「あら。では、歌の返礼に、お応えしましょうか」

そして、歌姫が望むからと、王妃にしても公爵夫人にしても、彼女の歌にそれだけの価値を見出したと言う事なのだろう。体が冷えて中に入ってきた、そのはずではあるのだが一息ついて、温かい飲み物を少し楽しんだことで改めて表に出るつもりになったらしい。常春とはいえ、豊穣祭が近い季節、つまりは夏が近い事もある。少しの休憩で十分体が温まると言う事も合うのだろう。

「オユキは、そうですね、先に少し」
「確かに、素足のままと言う訳にもいきませんか」

船の中央に空いている、水の流れを感じるための空間、そこに足を下ろす以上は、当然靴などはいている訳も無い。トモエと並んで、足湯のような状況で過ごしていることもある。このまま表にとしてしまう、それは流石に問題もあるとオユキも理解できているしトモエはともかく侍女たちがまず許しはしない。

「では、オユキさん」
「ええ、ラズリア」

オユキとしても、自分で立ち上がることが出来る程度にはなっているのだが、どうにもこの場にいる者たちは過保護な者達ばかり。自分で立ち上がろうなどと、そうした素振りを見せれば軽く咳払いなどが聞こえてくるという物だ。ならば、そうした振る舞いをさせぬ様にと、初めからオユキとしても諦めて。

「では、トモエ様はオユキ様の後に」
「いえ、私はオユキさんと違って自分で用意もできますから」
「あの、私も流石に履物をはくくらいであれば」
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