憧れの世界でもう一度

五味

文字の大きさ
上 下
941 / 1,235
28章 事も無く

誓約

しおりを挟む
ブルーノと言う人物がいる。今は始まりの町の狩猟者ギルド、そこで長として日々の生活を行っている者だ。木精には男性はいない。しかして、外見は男性そのもの。故に、花精、この世界で長い時を生きることが出来る種族には、それしか心当たりも無く。勿論、アイリスが随分と長い時を生きているというのは理解している。翼人種が不老だという話も聞いた。だが、それらの特徴が見えるわけでもないのだからと。

「木精の伴侶と、そう選ばれた人、いえそれ以外の種族もですが」
「私たちの頂いた功績と同じ、というのもまたおかしいのでしょうが」

成程、あのギルド長はミリアムに選ばれて、ミリアムが選んだ結果として随分と長くあることになった存在だと言う事らしい。

「それにしてもと言う事ですか」
「代々、マリーア公爵家の家督を持つ者と、その伴侶」
「一応は、王家の中でも上位の継承権を持つ者達だけに」

消した歴史、しかし歴史として存在していたものそれを歴史を伝える物として、当然無い物とできるわけもなく。

「前に、約束をしましたからね」
「マリーア公爵からでしたが」
「生憎と、歴史を語る役目が与えられるのは、神国では家を守る物の役目なのですよ」

成程。確かに、そうしたことを語るのは、子供の側に居る相手、長く家にいる相手こそが持つに相応しくはある。それこそ、役割分担でしかないため、トモエとオユキの間では、また違う形になるだろう。家を守るというのは、要は家督を持たぬ者の仕事であるには違いないのだから。家督を持つ者の伴侶となったものの仕事だと言う事なのだから。

「あの、だとすれば」
「流石に、王族教育には含まれていますが、王妃としての教育では含まれていません」

そして、消したはずの歴史まですべて覚えなければいけないというのであれば、それはあまりに途方もない教育機関だったのではないかとオユキが考えてみれば、それは違うのだとはっきりと返ってくる。

「どうにも、気がかりがあるのですが」

確かに、そうしたことを考えて、視線を動かしたのは事実。その際に、エステールに色々と聞かされた動き、言われていた動きが出たのだろうとは考えられない程に、今はオユキにしても自分の体を動かせない。だからこそ、そこまではっきりと思考が読まれたことに驚きを覚える。フスカについては、そうした能力を持っているのだと、そのように示していたものだが。

「戻ってからという物の、実に分かりやすいのですよね」
「あの、トモエさん」
「さて、これまでよりも多少は柔らかくなったように思いますが」

これまでのように、こうした空間までも気を張っていないのは理解が有るのではないかと。そうトモエに言われて、確かにとはオユキも思いはする。だが、それだけでここまで何を考えているのか読み取られる、そのような物ではないはずだと。そうして、改めて考えながらも、はっきりと意識を切り替えてはみる。要は、この場は気を抜くべき場所ではない。対応しなければならないことがある、そんな場なのだと。

「気を張ったのはわかるのですが」
「そう、ですね」

しかし、どうにもあまり効果がないらしい。これまでは、さて、どのようにして仮面をかぶっていたのだろうか。オユキがそんなことを考えてはみる物の、やはり回答と言うのを思いつくところがない。トモエのほうに心当たりを訪ねてみても、今もトモエとしてはもとよりわかっていたものだとばかりに。そして、オユキの疑問にしても、改めてこれまでの事を考えてみれば、確かに理解が及びすぎるとそう思い至ったのだろう。失われた歴史を、この機会に少しは話して聞かせようと、そうした目的も持って押し寄せてきた上位者たちも揃って首をかしげて。

「王妃様と王太子妃様が揃ってこうして、次代の王太子様は」
「ああ、そちらは問題ありません。信頼のできる近衛がいます。月と安息の女神様の像に司祭、こちらと乳母が今も間違いなく」
「それは、良い事ですねオユキさん」

トモエに言われて、王太子妃がそうして外出を選べるほどになったのであれば、確かに良い事であったのだと。どうにも、トモエのほうでははっきりとオユキにそうしたことを自覚させる機会を作りたいのだと言う事であるらしい。オユキが自分からねだったりはしないから、婉曲に伝える事を良しとするわけでもないから。そして、言われてみれば少しの気恥ずかしさはある物だが、良い事をしたのだと嬉しく思うという物だ。そして、きっちりと意識を切り替えているはずだというのに、やはりそれが表に出るのだろう。何やら伝わる物があるのだろう。そんなオユキを見て、トモエが喜んでいるのをこれまでは見た上でであったはずが、どうにもそうでは無い様子。

「ええと、はい。嬉しくは思いますが」

しかして、そうしたことまで伝わるのは、今後も問題になりそうだと。
要は、個人の感情などと言うのは交渉の場で知られて嬉しいことなど何一つないのだ。はっきりとデメリットでしかない。意図的にそれを示すことが出来るのならば良い。そうでは無いというのであれば、ただ情報を過剰に抜き取られているだけ。

「オユキさん、別に構わないのでは。いえ、問題があると、そう考えていることはわかるのですが」
「トモエさん、その言い方ですと」
「私が本当に気が疲れたくない事、それはオユキさんは気が付かないでいてくれるのでしょう」

トモエのその言い方では、まるで心当たりがあるようではないか。オユキがそのように尋ねてみれば、トモエのほうではっきりと何かを変えたのだろう。これまでは、確かに理解が及んでいた、オユキの様子を見るだけで、随分と理解が得られるとそうした様子を隠しもしなかった相手が、途端に様子が変わる。

「雨を降らせた、その一端でしょう」
「ええと、トモエさんにばかりとそう言ってみても」
「オユキさんが得られるものは、いよいよ神殿に納めてからなのでしょうね」

そう、トモエに何かを与えるきっかけと、オユキに何かを与える切欠。そればかりは今回同じではない。トモエは、いよいよもって刺繍には一切手を貸していないのだから。今回は、あまりに明確な役割分担がそこにはあった。オユキは、月と安息、水と癒しから言われたことに向き合って。その時間で、トモエは雨乞いのためと言うばかりではないが外で日々魔物を狩って。かつてとは逆の役割分担。それでも、この世界では徐々にそちらに移っていた形。

「トモエの仕業と言う事ですか」
「はい」

どうにも、オユキが言う様に理屈ばかりはわからない。だが、トモエがそれが必要だと強く感じていたからだろう。マナが確かにあまりがちなトモエにとっては実に都合のいい魔術の類にはなるのだ。恐らく、これを与えたのは知識と魔。教示の奇跡とはまた違う、非常に対照が限定されている魔術ではある。だが、常々トモエが望んでいたものでもある。

「あの、トモエさん」
「私は必要だと考えていますし、その考えに従います」

せめて、事前に話してはくれまいかと、オユキがそんなことを話しては見る物の、やはりトモエは取り付く島もない。オユキが魔国でそう示したように、トモエもやはり同じだけを示さなければならないとそう考えているからこそ。要は、二人で一つ、そう考えてもらうためには、オユキの側からだけでは難しいだろう。トモエはそう考えている。そして、そうした考えは、瞳に乗せた思いは正しく届いたのだろう。オユキのほうでも、トモエがここ暫くオユキに対してよくやっていたように。

「仕方のない事ですね」
「ええ」

そこは、やはりトモエも変わらないのだとオユキが言えば、トモエもそれがいいのだろうと。

「トモエさんが得た魔術でしょうか、奇跡でしょうか」
「一応、脳裏に浮かぶ文字はありますから魔術でしょうか」

雷に関するものは、脳裏に浮かぶようなものが何もない。しかし、こうしてトモエから見えるオユキ、その感情や思考、それらを伝えるための物ははっきりと脳裏に浮かぶ文字にマナらしきものを通して。

「知らぬ魔術ですね」
「創造神様から与えられた功績を揃いで身に着けて、それも関係しての物でしょうか」

そして、聞いたことが無い物だとばかりに、興味を示す者たちがいる。それにしても、単純な興味ではなく。要は、それだけの能力を、魔術としては随分と限定的ではあるのだが、明確に他人の心を、思考に触れるようなものは魔術と呼ぶ区分ではないはずだと。

「あまり広くは、難しそうですし、あくまでオユキさんの考えているだろうこと、それを私が考えている形として、なのだろうと」
「あの、それは凡そ正解と言いますか」

トモエとしては自分の理解を伝えているだけではないのかと言うのだが、オユキとしてはむしろトモエでわからぬことなどほとんどあるまいとそう応えるしかない。これまで、見事に周囲を欺いて見せた事、それがトモエに通じたことなど一度も無い。よくよくミズキリに、長くあったはずの相手にオユキは騙されることが頻繁にあるというのに、トモエにはそれがない。

「ですが、まぁ必要だとそう判断した時にだけでしょうね」

オユキが隠そうとしていること、それが必要だと判断しているのだとしたら、やはりトモエとしてもその邪魔まではしたくないのだから。どうにも、種明かしをしたせいか周囲から叶うのならば求めに応じてとしてはくれまいかと、そんな圧を今となっては隠しもしない相手をいなしながら。

「一先ずは、こうして自室でくつろいでいると、オユキさんが気を抜いても良いのだとそう考えた場でしょうか」
「それは」

そして、オユキがそう考えているのだと分かるからこそ、トモエはそうするのだと。

「だとすると、フスカ様はいよいよそれができると言う事ですか」

しかして、今回の事がトモエの手による物であるというのならば、フスカがやって見せたのはそれこそそうした存在の行えること。

「カナリアさんを後継に、そうした向きが出るのは、成程そうしたことですか」
「異空と流離と言う事は無いかと思いますよ、その眷属にとまずは」
「そう、ですね」

失われた柱ばかりが、この世界にあるはずもない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

魔道具作ってたら断罪回避できてたわw

かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます! って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑) フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

処理中です...