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27章 雨乞いを
そして、日々は進み
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トモエに示されたもの、それを使ってみても構わないだろう。オユキは、改めてそうした考えには至った。オユキの懸念、それを覆す手段をトモエが示したこともある。神々を便利に使う、確かに外からはそう見えるだろうしトモエとオユキにしても全くもって同意見ではある。だが、それが可能であり、許されるだけの事はしているはずだと、そうした己を慰めることが出来るだけの理屈というのも持ち合わせている。
では、早速それを行うのかと言えば。
「カルラ様の印象、ですか」
「ええ。色々とせがまれて、同席をされているようですから」
勿論、オユキとしては他からも情報を集める選択を行う。この先、間違いなくその時が来るだろう。どうにも、オユキの判断が間違っていると、良くないと思ったときのトモエは過去と変わらない。強硬に、それを進めるのだ。それも、ここまでの流れを考えれば、あまり日も残されてはいないだろうと思えるほどだ。
要は、それほどにクレリー家令嬢の存在が、オユキに与える負荷が大きいとそうトモエが判断している証左でもある。そして、そうした話を他に回してしまえば、より容赦のない結果が待っている。万が一、トモエがこうした話をアベルにしようものならば、そこでもはや選択肢などなくなってしまう。どちらが、現状の神国にとって重要か、もはや議論の余地がない。離反するはずだった、そうと見えていた家と、新興ではある物の随分とまぁ神々の覚えがめでたく見える者たちと。今回の事に王太子が、次代の王が関わっていない以上、そこにある決断と言うのはやはりオユキたちに依ったものなのだろう。
「どういえばいいのでしょうか。私からは、随分と悲し気と、そう見えます」
「悲し気、ですか」
国王は何を考えているのだろうか。今更ながらに、オユキとしてはそうしたことも考える。正直、今回の事に関しても、てっきり試されているのかと、そう考えていたのだ。ただ、トモエの口ぶりでは、トモエの考えでは、やはりそうでは無いように見える。
「ええ、末期のひと時を、楽しむかのように」
「ヴィルヘルミナさんから見ても、そうですか」
そして、散々に乞われて歌を披露する場で、多くの人を見て来ただろう相手にしても、トモエと同じ感想が返ってくる。
今は、異邦人二人そろって、エステールの監督のもと、用意された道具で針仕事などを行っている。カリンについては、トモエについて魔国の魔物を試したいと、己の舞ももう少し他にも身に着けるべきものがあるからと壁の外に。意外な事に、ヴィルヘルミナはこうした作業が嫌いではないようで、エステールの誘いに実に楽し気に乗ったものだ。エステールのほうで、こうしてヴィルヘルミナを誘ったのは間違いなくオユキ一人では色々と難しいと判断しての事なのだろうが。
「とすると、トモエさんは私と同じようにあの可哀そうな娘を見ているのかしら」
「かわいそうと言うのは、現状の軟禁状態と言う事ではないのですよね」
軟禁する、それは一応あのクレリー家のご令嬢も納得の上でこちらに来ている。
「ええ。本人もそれに納得はあるようですもの」
「では」
オユキのほうは、思考をする度に、針の動きが止まるのだがヴィルヘルミナのほうではそれが当然とばかりに進めている。こうして話し合いをするために、エステールにもちょっとした秘密の場があるのだと伝えるために、今は戦と武技から与えられた功績を利用して。
「死ぬことを、受け入れてしまっているんだもの」
そのヴィルヘルミナの言葉に、オユキは成程、トモエが感じている違和感はそれかと。そして、傍らでオユキの様子を監督しているエステールが息を呑む。
「私たちは、既に一度得ているから、また違うわ。あの娘は、こちらでだけ」
「背景が、わかりませんね」
では、何故それを受け入れているのか。それができるだけの覚悟が、一体どこで固まったのか。
封建制であることを考えれば、家の失態を償うために、その命でもって。確かにそうした話はいくらでもある。だが、所詮は末端だ。この場合求められる首、正しく贖うための者と言うのは、当主でなくてはならない。勿論、失態の度合いにもよるだろう。だが、今度の事はそんな人間を一人差し出してどうにかなるような、そのような物ではない。
反乱の疑いがある。そう判断された。事実として、一つの公爵家は既にそうなっている。そして、クレリー家はそちらと共同していたのだから。
「さぁ、難しい事は私にはわからないわ」
「そうでしょうとも」
なにも、そうした政治周りの話をヴィルヘルミナに期待しての事ではないのだ。
「ヴィルヘルミナさんの印象は、そうですか、そのようになりますか」
「貴女は、違うのかしら」
問われて、オユキとしても少し考える。
だが、結論と言うのは今のところ変わっていない。こちらに来てからは、接触をしないようにと気を使っていることもある。食事の時には、流石に同席せざるを得ない時もあるにはあるのだが。
「ええ、諦観ばかりが見て取れました」
そう。オユキにとって、特に目立って受けた印象はそれだ。
瞳に浮かんでいるのは、明らかに諦めた者のそれ。しかし、そんな人物がこうして他国にまで足を運ぶのかと言われれば、そんなはずもないだろうと。そして、諦めたという言葉がかかるのは、もはや取り戻せぬ信用に対してだろうと。だからこそ、あの令嬢がこちらで行うだろうことと言うのは、外交によって得られるだろう利益。少なくとも、トモエとオユキにも瑕疵を作り、それを使う事でどうにか家の延命を図る事だと考えていた。
国王が、それを受けて。どういった判断の下かはわからないのだが、少なくとも今回の外交に同行させようとねじ込んできたのだ。ならば、そのあたり問題なく過ごせと、そうした試験なのかとオユキにはそのようにしか見えない。加えて試験として何か事を起こせと、それこそあの哀れな令嬢に言いつけたからこその諦観かとそう考えていた。それが、クレリー家を公爵家として残すための条件なのだろうと。
「私としては、何も為すことを為させない。それで、助けられるだろうと考えての事ではあるのですが」
だからこそ、こうして漬け込みやすい隙を大量に用意して。それで動けばもはやどうにもならぬ。しかし、それでも動きを見せないのであれば、恐らく命の嘆願位はできるだろうと。彼女が、一体どこからの命令を優先するのか、それ次第ではある。そして、諦めの色が浮かんでいた以上は。
「本人が、既にそれを望んでいないのに、そうするのかしら」
「それは」
「覚悟は、しているように見えるもの。先ほども、口にしたけれど」
ヴィルヘルミナの見立てでは、今は末期のひと時を愉しんでいるのだと。
行ってしまえば、こちらに来ている異邦人たちと同じ。既に、死と言う流れを受け入れている者。
「こうした場を用意できるのなら、あの娘と少し話してみるのがいいんじゃないかしら」
「トモエさんにも、そう言われたのですよね」
「あら、てっきり貴女なら言われればすぐにと思っていたけれど」
ヴィルヘルミナが、つまらない話はもうする気が無いとばかりに、笑いながら新しく生まれた切欠に話を変える。彼女にとっては、見え方はトモエと同じ。そして、オユキがカルラに対して、それを既に心に決めたものに対して行うというのならば受け入れなければならないものもあるだろうと。
そこで、オユキとしてもようやく一つ思いつくところがある。
国王とミズキリが良く似ている。そう考えたときに、共有されているだろうことにしても。そして、先を考えるからこそ、必要な駒としてほしがるだろうとも。
「そういう物でもありませんとも。そうですね、私の判断が間違っている、そうトモエさんが感じるときもあるでしょう。ですが、逆もありますから」
「そう、ね。一人では、やはり限界はある物ね」
「ヴィルヘルミナさんは、良い人は」
そう、オユキが尋ねてみれば、実に不思議そうにヴィルヘルミナが瞬きを。まるで、虚を突かれたと言わんばかりに、まさか、いまさら尋ねられるとは思わなかったとばかりに。
「そう、ね。私を誰もが知っている、それは確かに自信過剰だったのでしょうね」
「ええと、その、生前は、本当に」
確かにトラノスケも知っていた。トモエにしても、娘が好んでいたとそうした形でオユキに情報を与える程度には知識を持っていた。しかし、残念ながらオユキはいよいよそうした物に興味が全くなかったのだ。どうにも、己の心を随分と狭い物で満たしていたものだ。外に対して、特別な興味と言うのをほとんど向けることが無かったものだ。勿論、ニュースとして当然かつての世界では騒がれたものでもある。知らぬものがごく少数派であるには違いない。
「いた、わ」
「そうですか」
既に過去として語る以上は、こちらにまでと言う事は無かったのだろう。その人物の本懐と言うのは、間違いなくこの歌姫の心を射止めたときに果たされたには違いない。ならば、わざわざ別の世界にまで心を遺すのかと言われれば、確かに疑問という物だ。
「ええ、出会いの場は、王都の公園」
そして、彼女が随分とこだわって見に行きたいと語った場所、そこが要は出会いの場であったのだと。
「最も、随分と早くに先立たれてしまったのだけれど」
「それは、申し訳ありません」
そう語るヴィルヘルミナは、少し悲し気に目を伏せて。
「いいえ。事故ばかりは、どうにもなりませんもの」
「事故、ですか」
さて、人が、人命が失われる事故など、かつての世界ではいくらでもあった。寿命であれば、老衰であれば。その様な事を僅かに考えたものだが、この人物はそうした別れにしてもすっかりと受け入れてしまった物であるらしい。トモエとオユキがそうでは無かったというのに。しっかりと、向き合って。
「ええ、事故、としか言いようのないものだったのよ」
「その言い方だと」
「私の名前が、強すぎたのでしょうね」
世界にその名を轟かせた歌姫が、何処か悲し気に。
「すっかりと、滅入ってしまって。そのまま、別れて、そのあとはただそのまま」
要は、歌姫の良い人として散々に周囲からの視線ややっかみを受けて。耐えきることが出来なかったと、そういう事であるらしい。そして、納得など無く、別れてしまって。どうにかこれまで支えとしていた存在と離れて、そこから先はただ、そのままに。
「結局、どうにもならなかったのでしょうね」
では、早速それを行うのかと言えば。
「カルラ様の印象、ですか」
「ええ。色々とせがまれて、同席をされているようですから」
勿論、オユキとしては他からも情報を集める選択を行う。この先、間違いなくその時が来るだろう。どうにも、オユキの判断が間違っていると、良くないと思ったときのトモエは過去と変わらない。強硬に、それを進めるのだ。それも、ここまでの流れを考えれば、あまり日も残されてはいないだろうと思えるほどだ。
要は、それほどにクレリー家令嬢の存在が、オユキに与える負荷が大きいとそうトモエが判断している証左でもある。そして、そうした話を他に回してしまえば、より容赦のない結果が待っている。万が一、トモエがこうした話をアベルにしようものならば、そこでもはや選択肢などなくなってしまう。どちらが、現状の神国にとって重要か、もはや議論の余地がない。離反するはずだった、そうと見えていた家と、新興ではある物の随分とまぁ神々の覚えがめでたく見える者たちと。今回の事に王太子が、次代の王が関わっていない以上、そこにある決断と言うのはやはりオユキたちに依ったものなのだろう。
「どういえばいいのでしょうか。私からは、随分と悲し気と、そう見えます」
「悲し気、ですか」
国王は何を考えているのだろうか。今更ながらに、オユキとしてはそうしたことも考える。正直、今回の事に関しても、てっきり試されているのかと、そう考えていたのだ。ただ、トモエの口ぶりでは、トモエの考えでは、やはりそうでは無いように見える。
「ええ、末期のひと時を、楽しむかのように」
「ヴィルヘルミナさんから見ても、そうですか」
そして、散々に乞われて歌を披露する場で、多くの人を見て来ただろう相手にしても、トモエと同じ感想が返ってくる。
今は、異邦人二人そろって、エステールの監督のもと、用意された道具で針仕事などを行っている。カリンについては、トモエについて魔国の魔物を試したいと、己の舞ももう少し他にも身に着けるべきものがあるからと壁の外に。意外な事に、ヴィルヘルミナはこうした作業が嫌いではないようで、エステールの誘いに実に楽し気に乗ったものだ。エステールのほうで、こうしてヴィルヘルミナを誘ったのは間違いなくオユキ一人では色々と難しいと判断しての事なのだろうが。
「とすると、トモエさんは私と同じようにあの可哀そうな娘を見ているのかしら」
「かわいそうと言うのは、現状の軟禁状態と言う事ではないのですよね」
軟禁する、それは一応あのクレリー家のご令嬢も納得の上でこちらに来ている。
「ええ。本人もそれに納得はあるようですもの」
「では」
オユキのほうは、思考をする度に、針の動きが止まるのだがヴィルヘルミナのほうではそれが当然とばかりに進めている。こうして話し合いをするために、エステールにもちょっとした秘密の場があるのだと伝えるために、今は戦と武技から与えられた功績を利用して。
「死ぬことを、受け入れてしまっているんだもの」
そのヴィルヘルミナの言葉に、オユキは成程、トモエが感じている違和感はそれかと。そして、傍らでオユキの様子を監督しているエステールが息を呑む。
「私たちは、既に一度得ているから、また違うわ。あの娘は、こちらでだけ」
「背景が、わかりませんね」
では、何故それを受け入れているのか。それができるだけの覚悟が、一体どこで固まったのか。
封建制であることを考えれば、家の失態を償うために、その命でもって。確かにそうした話はいくらでもある。だが、所詮は末端だ。この場合求められる首、正しく贖うための者と言うのは、当主でなくてはならない。勿論、失態の度合いにもよるだろう。だが、今度の事はそんな人間を一人差し出してどうにかなるような、そのような物ではない。
反乱の疑いがある。そう判断された。事実として、一つの公爵家は既にそうなっている。そして、クレリー家はそちらと共同していたのだから。
「さぁ、難しい事は私にはわからないわ」
「そうでしょうとも」
なにも、そうした政治周りの話をヴィルヘルミナに期待しての事ではないのだ。
「ヴィルヘルミナさんの印象は、そうですか、そのようになりますか」
「貴女は、違うのかしら」
問われて、オユキとしても少し考える。
だが、結論と言うのは今のところ変わっていない。こちらに来てからは、接触をしないようにと気を使っていることもある。食事の時には、流石に同席せざるを得ない時もあるにはあるのだが。
「ええ、諦観ばかりが見て取れました」
そう。オユキにとって、特に目立って受けた印象はそれだ。
瞳に浮かんでいるのは、明らかに諦めた者のそれ。しかし、そんな人物がこうして他国にまで足を運ぶのかと言われれば、そんなはずもないだろうと。そして、諦めたという言葉がかかるのは、もはや取り戻せぬ信用に対してだろうと。だからこそ、あの令嬢がこちらで行うだろうことと言うのは、外交によって得られるだろう利益。少なくとも、トモエとオユキにも瑕疵を作り、それを使う事でどうにか家の延命を図る事だと考えていた。
国王が、それを受けて。どういった判断の下かはわからないのだが、少なくとも今回の外交に同行させようとねじ込んできたのだ。ならば、そのあたり問題なく過ごせと、そうした試験なのかとオユキにはそのようにしか見えない。加えて試験として何か事を起こせと、それこそあの哀れな令嬢に言いつけたからこその諦観かとそう考えていた。それが、クレリー家を公爵家として残すための条件なのだろうと。
「私としては、何も為すことを為させない。それで、助けられるだろうと考えての事ではあるのですが」
だからこそ、こうして漬け込みやすい隙を大量に用意して。それで動けばもはやどうにもならぬ。しかし、それでも動きを見せないのであれば、恐らく命の嘆願位はできるだろうと。彼女が、一体どこからの命令を優先するのか、それ次第ではある。そして、諦めの色が浮かんでいた以上は。
「本人が、既にそれを望んでいないのに、そうするのかしら」
「それは」
「覚悟は、しているように見えるもの。先ほども、口にしたけれど」
ヴィルヘルミナの見立てでは、今は末期のひと時を愉しんでいるのだと。
行ってしまえば、こちらに来ている異邦人たちと同じ。既に、死と言う流れを受け入れている者。
「こうした場を用意できるのなら、あの娘と少し話してみるのがいいんじゃないかしら」
「トモエさんにも、そう言われたのですよね」
「あら、てっきり貴女なら言われればすぐにと思っていたけれど」
ヴィルヘルミナが、つまらない話はもうする気が無いとばかりに、笑いながら新しく生まれた切欠に話を変える。彼女にとっては、見え方はトモエと同じ。そして、オユキがカルラに対して、それを既に心に決めたものに対して行うというのならば受け入れなければならないものもあるだろうと。
そこで、オユキとしてもようやく一つ思いつくところがある。
国王とミズキリが良く似ている。そう考えたときに、共有されているだろうことにしても。そして、先を考えるからこそ、必要な駒としてほしがるだろうとも。
「そういう物でもありませんとも。そうですね、私の判断が間違っている、そうトモエさんが感じるときもあるでしょう。ですが、逆もありますから」
「そう、ね。一人では、やはり限界はある物ね」
「ヴィルヘルミナさんは、良い人は」
そう、オユキが尋ねてみれば、実に不思議そうにヴィルヘルミナが瞬きを。まるで、虚を突かれたと言わんばかりに、まさか、いまさら尋ねられるとは思わなかったとばかりに。
「そう、ね。私を誰もが知っている、それは確かに自信過剰だったのでしょうね」
「ええと、その、生前は、本当に」
確かにトラノスケも知っていた。トモエにしても、娘が好んでいたとそうした形でオユキに情報を与える程度には知識を持っていた。しかし、残念ながらオユキはいよいよそうした物に興味が全くなかったのだ。どうにも、己の心を随分と狭い物で満たしていたものだ。外に対して、特別な興味と言うのをほとんど向けることが無かったものだ。勿論、ニュースとして当然かつての世界では騒がれたものでもある。知らぬものがごく少数派であるには違いない。
「いた、わ」
「そうですか」
既に過去として語る以上は、こちらにまでと言う事は無かったのだろう。その人物の本懐と言うのは、間違いなくこの歌姫の心を射止めたときに果たされたには違いない。ならば、わざわざ別の世界にまで心を遺すのかと言われれば、確かに疑問という物だ。
「ええ、出会いの場は、王都の公園」
そして、彼女が随分とこだわって見に行きたいと語った場所、そこが要は出会いの場であったのだと。
「最も、随分と早くに先立たれてしまったのだけれど」
「それは、申し訳ありません」
そう語るヴィルヘルミナは、少し悲し気に目を伏せて。
「いいえ。事故ばかりは、どうにもなりませんもの」
「事故、ですか」
さて、人が、人命が失われる事故など、かつての世界ではいくらでもあった。寿命であれば、老衰であれば。その様な事を僅かに考えたものだが、この人物はそうした別れにしてもすっかりと受け入れてしまった物であるらしい。トモエとオユキがそうでは無かったというのに。しっかりと、向き合って。
「ええ、事故、としか言いようのないものだったのよ」
「その言い方だと」
「私の名前が、強すぎたのでしょうね」
世界にその名を轟かせた歌姫が、何処か悲し気に。
「すっかりと、滅入ってしまって。そのまま、別れて、そのあとはただそのまま」
要は、歌姫の良い人として散々に周囲からの視線ややっかみを受けて。耐えきることが出来なかったと、そういう事であるらしい。そして、納得など無く、別れてしまって。どうにかこれまで支えとしていた存在と離れて、そこから先はただ、そのままに。
「結局、どうにもならなかったのでしょうね」
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