憧れの世界でもう一度

五味

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27章 雨乞いを

警戒を向けるのは

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この世界に来てからという物、オユキがここまで露骨に警戒するのは珍しい。どうやら、それほどに信用のならぬ人物なのかと、トモエとしてもそう納得している。確かに、クレリー家、この家から用意されたものがトモエに厄介を持ち込んだのも事実。適当に切り捨てただけではあるし、本気で、間に何が有ろうと切って見せると考えて振った刃を、アベルに止められて。そこからは、より一層精度を上げねばと奮起して。
要は、オユキのほうで向かい合ったのがサクレタ公爵家。トモエの相手として用意されたのがクレリー公爵家。そのどちらも、離反すると考えていた家ではあるのだが。そこから、どのような流れを用いたのか、どのような言説を弄したのか。クレリー家は、サクレタ家を放って今も神国の貴族としてその身を成している。要は、オユキが疑念を感じる最たる部分はそれだ。挙句の果てに、国王から配慮しろとそう言わせるだけの何かが引き出せているのだから、警戒するなと言うのが無理な相談だというのは、流石にトモエも理解できる。

「オユキさん」
「ここでは、やはり話すのが難しいのです」

しかし、トモエに聞かれたとて既にこの場は森の中ではない。オユキからは、明確に制限があると、そう応えるしかないものがここにはある。他の耳が、要はオユキがはっきりと警戒している相手が。

「では、この後にでも」
「はい、そうですね」

だからこそ、互いに戦と武技から与えられた功績の一つを示して。

「これで、一先ずはと言う所でしょうか」
「どう、でしょうか」

主語を省いた質問、実際にそれが何を示しているか分かるからこそ、オユキから何とも返答に困るのだ。何やら伐採が難しい、ミリアムが、カナリアが口々にその様な事を言っていたものだが、オユキとシェリアがそれぞれに示して見せた。加えて、ローレンツが、トモエの手による物だろう。程よい大きさの丸太を方に担いで持って帰ってきた、そんな様子を見て揃ってため息をついたりなどしていたものだ。

「これから先、しばらくはカナリアさんが主体となるでしょう」
「オユキさんは、そこまで重要と考えますか」

今、そのカナリアは、トモエが至極あっさりと切り取れるとその様子を見た事もあり、どの程度の領が必要になるか、何処から何処までを切り取ればいいのか。それを示すために、幾人かの騎士を連れ立って町の外に向かっていった。ついでとばかりに、幾本かの短杖を持って行ったところを見れば、応急処置も行ってと言う事なのだろう。
ミリアムが言うには、力を通さなければ魔物除けの効能は流石に無いとそういう話でもあったのだから。

「どう、言えばいいのでしょうか。私は、正直そこまで。ですが」
「カナリアさんの決意に対して、これまでのお礼をと」
「はい。凡そは、そのような感情に」

これまで、カナリアには散々に迷惑をかけている。
勿論、今回の行状が迷惑ではないのかと言われれば、それもまた難しい物ではある。ただ、カナリアの決意は確かに聞いた。かつて返したものを、改めて願うのであれば必要なものもあるだろうと、実に都合のいい物が揃っているから、それを選択した。今回の事は、門からの一連だと、そう言ってしまっても構わない流れがある。
だからこそ、神国よりもオユキは色々と今回無理を通せることもある。
魔国での日々は、とかく忙しい。やらねばと思う事ばかりが、今もオユキの頭には積みあがっている。暇だと嘯いてはみた物の、ではそれをと額面通りに受け取る者たちがいれば、かなり困ったことになるほど。刺繍も行わねばならない、それ以前に図案も、今もエステールが日々仕上げてくれている、既存の図案を確認したうえで、重複することが無いようにと新しく考えねばならない。そして、それをオユキ自身でも、最低限形にしなければならないのだ。
そうした生活を送りながらも、オユキ自身がこちらに来た目的。魔国にある知識を頼って、少なくともオユキ自身がどうにかマナを己の物とするための術を身につけなければならない。
加えて、トモエとの時間と言うのがある。

「オユキさんは、こちらではかなり忙しそうですから」
「トモエさんも、こちらではかなり忙しくなりますよ」

オユキに対して、苦笑いを浮かべるトモエに対して。オユキからも、同じような表情を浮かべて。

「私のほうは、まぁ、為すべきことはどこまで行っても」
「ええ。ですが、とにかく数が必要になります」

そして、トモエのほうでもこの魔国でとにかく不足している魔石。それを神国の狩猟者が、こちらに来て間もない存在がどれほどもたらすことが出来るのか。それを己の刀で示さなければならない。別に、誰にそれを為せと言われたわけでもない。直接言われたのであれば、勿論そこで色々と駆け引きもできるという物だ。だが、今度ばかりは言外に実に色々示されている。こちらで、目をかける者を作ってくれるなと、そうした部分も含めて。だからこそ、ひとたび祭りが終われば、少年たちにしてもこちらの国に足を運ぶことになる。

「あの子たちは、どうでしょうか」

そうしたことを考えてみれば、しかしオユキのほうでいくつか心当たりも出てくる。来るつもりではいた、だが、予定は向こうも大いに変わりそうだ。

「それこそ、一度戻った時にでも尋ねてみればいいでしょう」
「そうですね。幸い、良い土産となる方もおられました」
「あの、オユキさん、それは流石に難しいのでは」
「いえ、ミリアムさんの事もあります。一度戻って、始まりの町で暮らしていたという人物であれば、一度確かめてとするのが良いと、いくらでも」

そう、言い訳が経つことなど、色々とある。

「相変わらず、ですね」
「それが良い事だと、そう思えばこそです」

そして、それで頭を抱えることになるだろう相手は、ミリアムその人。基本的な連絡は任せるのだが、定期的にトモエとオユキが始まりの町に戻る時には、こちらで彼女が色々と調整を行ってもらわなければいけないのだ。そして、その隙にこそクレリー家の令嬢が動くだろうと、オユキとしてはそのように考えている。他に、機会を用意して見せる気も無い。幸いと言えばいいのだろうか。彼女がこちらで使えそうな、手ごろな駒が一つはある。前回、魔国に足を運んだ時に、すっかりと放置した相手。処分が間に合っていればよい、だが、それが行われている事は無いだろう。故に、今回の互いの目標はそこに焦点が向いている。

「オユキさん」

そして、つらつらと、気の進まぬことを考えているオユキの頬に、やはり慣れた感触が。

「何でしょうか」

オユキの考えと、トモエの考えはやはり違う。

「恐らくですが、あの方はそのような人ではありませんよ」
「それは」
「ええ、あくまで私の観です」

トモエの直感と言えばいいのだろうか。それは、やはり違うのだとそう訴えてくるものがある。

「一度、話をする機会を、それくらいには思います」
「それは」
「余人を排して、です」

そして、繰り返しトモエが戦と武技に与えられた功績を示す。
ただ、それにしても、オユキとしてみればやはり半信半疑。トモエが言うのだから間違いはないだろうと、確かにそう思う。だが、現実として、それを行ったときに相手がこれ幸いにとだまして見せることも否定できない。トモエの観は信頼に値する、そうオユキは確かに考えている。だが、観でしかないというのがやはり厄介。何か、それ以上の物があればと、ただ、トモエに視線を向けてはみるのだが。

「どうにも、老境に至った私たち、それと同じような気配を感じます」
「気配、ですか」

やはり、それもどちらかと言えば観に類するもの。それ以上の何かが無いというのならば、やはり色々と難しい。それで、ここまでの間に考えた物、それを覆すに足るのかと言われれば、やはりそうでは無い。気が進まない、それこそ己が毛嫌いするミズキリと同じ方法をとらなければならないのだと。その自覚があるからこそ、トモエの言葉に流されてしまいたいとそうした心の動きが止まらない。

「あって、話してしまえば。相手がそれに気が付いて、それでとされてしまえば」
「ええ、オユキさんだけでは、そうでしょうとも」
「トモエさんも、同じかもしれませんよ」

そう、そこはトモエをだますほどの相手がいないなどとはオユキも考えていない。何も、己より優れたものが居ないなどと、そのように考えられる訳も無い。

「ですから、ええ」
「そうですね、その手もありますか」

こちらの都合で、再度呼んで。トモエが示す手段は、それだと。
人であればどうにもならぬ。ただ、神々であれば、人の心程度、当然とばかりに読み切る相手が、そんな相手の同席を得ることが出来ればと。

「ただ、そうなると」
「そうですね」

その選択は、オユキに対する負荷がかかる。

「癒えるのにどうしても時間がかかる、癒えぬかしれなぬものよりは、そちらのほうが良いでしょうとも」
「トモエさんには、隠せませんよね」
「ええ、気が進まないというのは重々。そして、結果として何を思い描いているのかも」

そう、オユキの今考えていること、それが現実となった時には、クレリー家の令嬢はこの地で失われる。手を下すのがだれになるか、流石にそこまでは未だに決まっていないのだが、神国に戻る事は無い。

「オユキさんの考えだと、一番可能性がありそうなのは、アベルさんですか」
「どう、でしょうか。意外と、こちらの国の誰かがと、そう考えたりもするのですが」

土台、そんなことは起こらないと考えていることを、オユキからは口にしてみる。正直なところ、トモエにしてもオユキを慮って口にしてはいない。オユキの想像では、このままただ事を進めていけば、手にかけるのはオユキだ。今は、それに向かうためにただただ相手の首を絞めている、そうした状況に過ぎない。
そんな状況、こうなってしまった原因。神国の国王その人を、だからこそ、オユキとしては。

「ミズキリさんと、確かに話の合いそうな方ですね」
「ええ、お互いに随分と先までを考えたうえで、手を打ち続けているのでしょう」
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