憧れの世界でもう一度

五味

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27章 雨乞いを

思い出したように

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もはや既定事項、そのように話すトモエにオユキよりも視線が集まるものだが、それに関しては甘んじて受け入れる。オユキが暇をしており、その時間を使って考えてみたい事、実験として行ってみたいことがあるというのならば、トモエはそれを叶えることに非常に積極的だ。ここまでで、はっきりと初めてと言っても良いのだ。オユキが、周囲を気にせず、己の望みを口にすること自体が。
これまでにオユキが通した無理と言うのは、すべてトモエに起因するものばかり。翻って、喜ぶトモエの姿が見たいからとそうした動機からであることには違いない。だが、トモエは当然それで終わりとする気も無い。オユキに対して、トモエもつらい決断を迫っている。本人も、既に残る気が失せている。周囲が、オユキの考えを変えることが無理だというのならば、トモエが行うしかあるまいと。魔国には、トモエから見てオユキが楽しめるものも多いのだ。オユキのほうでは、今回は叶わないだろうと考えているのだが、そんなものはそれこそ尋ねてみて、何故無理なのか。色々とそこで話を聞いて、解決策を探せばよい。
トモエからしてみれば、オユキはやはり頭が良すぎるというよりも、諦めが良すぎるのだ。トモエを相手に、がむしゃらに。それくらいの事を他に向けても、オユキの興味に対して向けても良いだろうと。

「そういえば」

そして、オユキのほうが既に決めたことだともはやその姿勢を隠しもしない。今後、いつにするのかまではカナリアと相談が必要だと既に自分の中で決めたこととして。早々に話題を変えてしまう。あまりに強引な転換に、何やら胡散臭いと視線を集める物ではあるし、頭を抱えている者もいる。ただ、オユキとしては、もとより解決すべき問題として。

「今日の、昼を少し回ったころの事ですが」

そして、突然の来客に関する情報を共有する。彼らに関しては、硬貨を十分以上に、魔物が落とすため世界で共通の物であるため為替より都合が良い物として、渡したため今は彼らが泊まっている宿にいる事だろう。そういったことも伝えながら、概要を話せば。

「オユキさん、その方々は本当に持っていなかったのですか。認識票を」
「はい。再三にわたって確認しましたが、残念ながら。一応、ミリアムさんの名前を出したときには、反応があり始まりの町の狩猟者ギルドから動くと思えない、そのように」

まず真っ先に、ミリアムが激しい反応を示す。その瞳は、つい最近見たばかりの随分と暗い光を湛え、それをこうして話しているオユキではなくアベルと先代アルゼオ公爵に向けている。そして、苛立ちと言えばいいのだろうか。明らかな敵意を魔国の王妃に向けているあたり、ああ、成程そういう事かと。ローレンツが知らなかったのは、その時期にまた別の仕事を行っていたからかはたまた担当が違うからか。魔物を担当する第四騎士団。成程、自分の立場が複雑だと、再三にわたって口にするアベル。その過去の瑕疵と言えるものでもないが、そうした流れは見えて来たなと。

「是非とも」
「如何しましょうか。こちらに呼びますか」
「いえ、私から出向くのが筋でしょう」

そして、オユキは少し考えてみるのだがどの宿に泊まっているかそういえば聞いていなかったなと。

「オユキ様、既に二名ほど彼らの後を」
「では、明日以降、今日はもう遅いですから」
「私は、今からのほうがいいのですけど」

木精、その名に恥じないと言えばいいのだろうか。はっきりと、何か目に見える変化が起こったわけではない。幸い、借り受けている屋敷は石造りでもあるため、そうそう何が起こるわけでもない。ただ、タルヤが行った結果として今も残っている医師の隙間から伸びる蔦が、再び蠢いているのを見ずとも感じる。花精を名乗るタルヤが残した残滓をそれが当然とばかりに使って見せるあたりあまりに明確な差があると分かりやすい。何やらタルヤのほうでも制御を取り戻そうと奮闘しているようではあるのだが、それも及んでいないようではある。そして、はっきりと危険視しているというのが分かりやすい事として、トモエとオユキは既にシェリアの手によって食卓から離され背後に。アベルにしても、アイリスを己の背にはっきりとかばっている。

「流石に、少々時間も過ぎていますし。皆さん、相応の疲労が見えましたから」
「疲労を、していましたか」

どうやら、オユキが言葉選びを間違えるたびに、ミリアムの容赦と言うのはなくなっていくらしい。既に、屋敷がきしむ音が、石造りの屋敷がきしむ音が聞こえている。併せて、周囲からと言うよりも部屋の外からはっきりと慌てふためく気配と言うのも伝わってくる。さて、いよいよこの部屋の外が、それこそ屋敷の外がどうなっているのか気になる物ではある。そんな暢気な事を、トモエもオユキも考えてしまう物だ。敵意はある。しかし、それが向いているのは、自分たちではないのだから。アイリスにしても、僅かに警戒するそぶりを見せた後はトモエとオユキの様子を見たうえで、今は何やらアベルに憐みの視線を。そして、問題としてはカナリアなのだが、こちらはいよいよ慌てる素振りすら見せていない。敵意に鈍いのはまだしも、周囲の石が軋む音を聞いて平静でいられるはずも無いとは思うのだが、何かまた。散々に叩き込まれているという祭祀の手順、それに合わせる形で色々と、フスカが扱うような焔に関する技の用意もあるのだろう。

「その、お会いした時には、どのみち目にしてしまうのでしょうから先に申し上げておきますが」

そう、どれだけ気を抜いていい状況に見えたのだとしても、何も今ここで不和を招きたいわけではない。今この場には、その名にカナリアたちの祖、それが流れた先で呼ばれる名を与えられたクレリー家の令嬢もいる。戦う術を持たないヴィルヘルミナも。どうにも、ミリアムがはっきりと妙な状態になったと判断したからか、これまでに歌っていたものとはまた違い、場を宥める様に伸びやかに歌い始めているものだ。その成果と言ってもいいのだろう。

「そう、ですか」

もはや、ミリアムの眼に浮かぶのは、ただただ重たい悲哀の色だけ。怒り、誰かに向けなければ抑えられないような、何処までも哀しい出来事に向けた色合いはすっかりと鳴りを潜めている。

「ミリアムさんには、心当たりがあるのですね」
「ええ」

ようやく落ち着いたからだろう。相も変わらず、明確な敵意をはっきりと三人に向けているのは変わらないが、それでも話をしようとそうした構えを見せてくれてはいる。現状を、窮状を。相手の訴えた言葉を概略としてまとめながら語るオユキの言葉に、彼女としてもどこまでも疲労が折り重なったと言う事もあるのだろう。ここまでに見たような、初代マリーア公爵としての振る舞いからも、王家の姫君としての振る舞いは見る影もない。これまでに、トモエとオユキが散々に親しんだあの長閑な町に相応しい、そんな振る舞いで。

「依頼が、合ったんです」
「ああ。私も、覚えているとも。魔国から、いや、当時のと言うよりも過去から変わらぬ取引、その一環としてな」
「依頼を出したのは、フォンタナ公爵からの依頼として、王国に届けたのが」

つまりは、まだ当時は公爵として己の権勢を確かなものとしていたアルゼオ公爵が。

「これまでは、問題とならなかった。いえ、はっきり言いましょう。わずかな犠牲は出ていた、それはどこまで行っても事実。しかし、対価として得られるもの、それを考えれば」

隣国から魔道具を得るために、神国からは、金銭だけではなくごく一部とはいえ狩猟者の命を。恐らく、王都で見た既に戦わないことを戦闘した者たち。元騎士であったり、傭兵であったり。成程、マリーア公爵が言葉を濁すわけだと今更ながらにオユキは納得をしながら。そして、ファルコに視線を向けるのだが、何が何やら分からぬとそう言った様子ではあるのだが彼の矜持でもあるのだろう。己が頼んだ少女二人を、しっかりと己の背後にはおいている。既に、誰もかれもが警戒を先程までよりも落としてはいるのだが、今も敵はどこだと言わんばかりに神経を尖らせて。

「まぁ、詭弁でしかない。我らの理屈でしかない。その理解はありますとも。だからこそ、そうなった以上はと」
「ええ。貴方程度の退陣で、後に任せられるというのに、その程度で」
「否定はしませんとも。今となっては、私も己の立場から引いて久しい。既に、こちらの公爵とも縁が切れ、新たに辺境伯との絆を私の息子が新たにしています。望むというのであれば、既に老い先短いこの身」

お好きになされるが良いでしょう。そう、先代アルゼオ公爵が語る。変わらず、実に好々爺然として。それが今は許されぬとわかっての言葉には違いない。挑発にも似たその振る舞いに、はっきりとミリアムのいらだちが募るのはわかる。だが、彼女にしてもそれを、今はどうにか抑え込んで。戻った時には、勿論追及するというのであれば話を聞いたうえで、判断に口をはさむこともあるだろう。ただ、今はやはりそれを許すつもりはオユキにはない。トモエのほうも、そのあたりの面倒な部分はオユキに任せるつもりではある。

「戻った時には、ええ、一切容赦なく」
「畏まりました」
「改めて言っておきますが、私が初代である。継承権とて当然今も持っている、その事実はくれぐれもお忘れなきよう」

先代アルゼオ公爵に対して、実に明確な脅し文句を突き付けたうえで。

「溢れが、魔国で起こる兆候があったんです」

そして、そこからは、少し凄惨なというほどでもない。本当に、良くある話がミリアムの口から語られる。神国では、それは当然の事。各領主の務めとして存在している、明確な出来事。淀みがたまる事で、発生する魔物たちの大量発生。本来であれば、魔国で発生したとしてもそれに対して他国が何かをするでもないはずではあった。しかし、魔国との関係性を良好に保ちたいアルゼオ公爵領が、神国に対して、王家に対して働きかけを行った。その成果として得られたものは、あまりに明確だ。つい先ごろ、オユキが助けた王太子妃。輿入れとして持ち込んだであろう、数多くの魔道具。

「そんなものが、人命と釣り合うはずもないのに」
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