憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

翌朝には

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翌日は、トモエが朝から早々に魔物の狩猟に向かう事になった。必要なこととはいえ、納得済みのこととはいえ。それでも、魔国で一日狩猟を空けるだけでやはり環境は悪化に向かう。それを解消するためにと、その場しのぎでしかなく、歯止めにもならぬとはいえ、それが目的である以上はやはりという物だ。

「それにしても、本当にこの国は」
「生憎と、私でわかる物ではありませんが」

祖霊の加護を与えた身としては、はっきりと分かる物があるのだろう。実に苦々し気に王都を見遣るアイリスと。そんな彼女の横には、こちらで加護を与えるためにと一応は奮闘して見せたセラフィーナもいる。アイリスの毛並みは、近頃は少しづつ良くはなっているのだがそれでもやはり。しかし、それよりもなお悪いと言えばいいのだろうか。散々にアイリスの手によって色々と仕込まれているらしい。その様子は、フスカに連れまわされては、しっかりとくたびれて戻ってくるカナリアを彷彿とさせるものだ。

「まぁ、私らならわかる、そんなものだしね」
「イリアさんも、お分かりですか」

そして、今回は珍しいと言えばいいのだろうか。カナリアが来るならと連れてこられたイリアにしても、並んで弱い魔物の乱獲の為にと加わって。彼女にしてもいくつかの武器は持ってきているのだが、そんなものは使うまでも無いとばかりに徒手空拳で魔物を散らしている。

「そりゃ、わかるさ」
「成程」

トモエ自身、何が成るほどかもわかりはしないのだが。よく分からない事を流すための、相槌として。そうしたしぐさもアイリスには理解が有るのだろう。仕方ないとばかりにため息を一つついたうえで。

「一応、貴方にも何かの血は流れているはずなのだけれど」
「以前にもお伺いしましたが、獅子の部族の方が何かを言うかと思えばそういったこともありませんでしたし」
「そりゃ、あんた。あれだけの事をして、それで何か言ってくることなんてないだろうよ」

よく分からないとばかりに、トモエとアイリスが揃って不思議だと言いあっていれば、イリアが呆れたように。

「まぁ、そちらは一先ず良しとしまして、イリアさんは流石ですね」
「あんたらは、良くもまぁこの程度の相手に消耗品を使う気になるね」

動き回る粘性の物体。オユキにとってはスライムと呼ばれる魔物だと、そうした認識はあるのだろう。ただ、トモエから見ればアメーバか、粘菌か。正直、手袋も無しに気軽に触れようなどとは思えない。そこらを漂うウィスプにしても同じ。書籍の中では、確かにそうした姿だと描かれているものではあったのだが、改めて目にしてみれば空中を漂う光源と言うのも同様。魔物だと言われて、こうして切ってみれば確かにそうなのだろうと実感はできるのだが。

「正直なところ、消耗品の武器でしか相手をしたくないですね」

熱にせよ、酸であったり鉄を腐食させる何かであるにせよ。どうにも、そうした何某かにしか見えず、オユキも良く覚えていないが確かそういった性質があったと口にしていたのだ。こちらにいる魔物の情報、周辺に現れる魔物の情報なのだからとミリアムに尋ねても、ただ虚ろな笑顔が返ってきただけ。そこからかと、随分と徒労は感じる物ではあるのだが、今回はイリアがそのあたりの所感も併せて伝えることになるのだろう。もしくは、離れた位置であの手この手で討伐に励んでいる騎士たちの報告を纏めていくのか。
思い返してみれば、このあたりの仕組みにしても聞いていなかったなとトモエとしては、そう反省するばかり。

「私も、そうね」
「あんたらは。だったら、と思うけど」

そこまで嫌うのなら、イリアと同じように己の爪を使えとそう言われているのはわかるのだが。

「流派にそうした技もありますが、気が進みません」
「まぁ、素振りのつもりだもの」

それぞれに、今も得物をそれぞれ手に持っている理由を応えれば、イリアからもため息が。

「そういえば、セラフィーナさんは、武器を使わないのですね」
「そもそも部族も違うし、国も違うもの」
「あの、獣の特徴を持つ方々と言うのは」
「あたしにしても、テトラポダの出ってわけでもないし、案外どこにでもいるもんだよ」

言われた言葉に、前にもアイリスから説明された言葉を思い出す。群れから外れて、流れた先で新しい群れを。そうして、版図を広げていくのは確かに生物としては当然かと。それにしても植物を祖とする者たちは、なかなかにでたらめな生態をしているとトモエも思うのだが、今は森猫と呼ばれるイリア。狐ではある物の、プラディアを名乗るアイリスとはまた異なる毛色の相手。

「その、私は神国で生まれたので」
「おや」

自分の来歴が俎上に上がったからだろうか。アイリスには全くもって頭の上がらぬ様子で、おずおずと。

「アイリス様、と言いますか。祖霊様の気配がするなと、それにつられて移動をしたら」
「ええ。そこで私が見つけたのよね」
「両親は、テトラポダではなく、もっと北のほうから。そう聞いてはいますが」

それにしても、漠然とした話をされて要領を得ないとそうした風情。

「北というと、何があったのでしたか」
「あの、人の国とはまた違いますし。そちらの雪原、そこで暮らしている一族からと」
「この大陸は、南端にあるかと考えていたのですが、北に雪原ですか」

トモエの言葉に、何を言っているのかわからないとばかりに、それぞれに首を傾げられる。言われてみれば確かにと、そう言えるようなものだ。そもそも、この世界を構成する宇宙観、いや、実際にそうなっているのだが、大地はどこまでも平面だ。球体であり、恒星の周囲を好転するのであれば惑星の極と言うのも一応は成立するだろう理屈にはなる。だが、そうでない以上は。こうして、緯度は変わらないはずの神国と魔国で随分と気候が違う事にしても。
オユキは、魔国でのんびりとなどとは言っているのだが、こちらの気候はオユキに向いていない。神国よりも。神国は、常春であり、それでもどうにか冬の気配が近い国ではあるのだ。だが、こちらは神国に比べればやはり暑い。トモエにとっては、過ごしやすいと思える程度の者でしかないが、オユキに過酷であるには変わりない。そのあたりも含めて、トモエは自分が急いているとそう自覚していることもある。勿論、そうした自覚があるからとオユキに係わる事で抑えが効くのかと言われれば、当然そんなはずもないのだが。

「それにしても、相も変わらずだね。いや、今となっちゃトモエだけじゃなくて、アイリス、あんたもかい」
「そう、なのですよね」

そして、周囲に寄ってくる魔物を蹴散らしていれば、そこかしこに魔石以外にもあれこれと残っていく。補修石と呼ばれるようになったものは、相も変わらずトモエが手に入れる事は無いのだがそれ以外の品と言うのがあまりにも多い。毒々しい色の毛皮に始まり、肉類が。そして、時に突っ込んでくる鹿を無造作に切り捨てればそれが当然とばかりに角も一部とはいえ残っていくものだ。他に何にもならないと言われていた、粘性の魔物。ウィスプと呼ばれる魔物にしても、正直トモエには見当もつかないのだが、魔石と硬貨以外にも少しづつ残していく。これらを一応は、それぞれに拾い集めているのだが、それもいい加減に面倒になってきている。

「人間、楽を覚えるとだめですね」
「こちらで用意すると、そういった話だった思うのだけれど」
「はい。今頃は、オユキさんがそうした話をしているでしょうが」

正直、こちらで人を選ぶというのもまたなかなか難しい。こちらで、神国で行った事と同じように振る舞えば、そこで拾った子供たちはそのまま神国に連れていくのかと、そうした問題がまず真っ先に出てくる。流石に、オユキとしても、もう子供ばかりに係わってと言うのは難しいと考えている様子。トモエが抱え込んで、面倒を見切れる範囲は既に超えていると判断もしている。だからこそ、ウニルの町、新しい教会ですっかりと定住し始めている子供たちにしても何も手を打つことがない。繰り返してトモエが語る様に、一度に見ることが出来る人数には限界がある。かつてであれば、時間を分けることもできたのだが、こちらではそれもなかなか難しい。一応定住先は既にできているのだが、そちらに誰彼構わずが現状難しすぎる。そして、事あるごとにこうして屋敷を離れる事にもなるため、安定してというのも本当に難しい。

「どうかしら」
「おや、アイリスさんは、違う観点が」
「ええ、出がけに何やらミリアムと話している様子だったもの」
「だとすれば、昨夜はなしたことが少しは効いたのだと思いたくもありますが」

アイリスの耳は、何やらミリアムとの会話をしっかりととらえていたらしいのだが、生憎とトモエの聴力はそのような超常の物ではない。

「流石に、ここ暫く繰り返したこともありますが、あと一押しは必要でしょうね」
「オユキは、見た目通り随分と強情だものね」
「ええ。可愛らしいでしょう」

アイリスから、我が強いと、他からはそんな事は無いと言われるものだが、それが分かる程にはアイリスもオユキの理解が進んでいる。こうして、きちんと理解者を作っていくことは、相変わらずうまいと言えばいいのだろうか。ここまで踏み込んでくる相手と言うのは、オユキには非常に少なくはあるのだが、それこそ互いにトモエを目指すためにと切磋琢磨をしている間柄。今となっては、同性でもあるため友人としての気安さがあるのだろうか。オユキにしても、確かに随分と早くから気安さを覚えているようではあるし。

「人を化かすのは得意、と言う訳でもないけれど。まぁ、同類だもの」
「そうなのでしょうね」

オユキの生前の得意。それと、よく似た型を使うハヤトなる異邦人からの教えを受けた相手。それが、どれほど前だったのかは聞いてはいないのだが、アイリスが種族としての祭祀を習うためにと離れている間にすっかりと変わるだけの歳月が流れた物であるらしい。

「なによ」
「いえ、本当においくつなのだろうな、と」

トモエの視線に乗っているものに気が付いたのだろう。見もせずに、寄ってくる鹿を片手に持った野太刀で切り捨てながら、トモエに対して若干思う所があるのだと。

「前にも言ったけど、種族として長命なのよ」
「いえ、セラフィーナさんは、どうやらそうでもないようですし」
「あんまり、そいつの言う事を鵜吞みにしてくれるなよ、獣人と獣精じゃまた違うんだからな」
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