憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

疲労

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「疲れました」
「エステール様は、私よりもよほど容赦がないでしょうから」

エステールからの容赦のない言葉に、オユキは酷く疲れていた。微に入り細を穿つと言えばいいのか。座り方、席に着く姿勢から始まり、果てはカップの上げ下げ迄。どこまでもエステールから徹底的に注意を行われ、では早速直しましょうと言われて、一時間ほど。するりと席を立ったかと思えば、実に慣れたものと言わんばかりにオユキの横に立ち、そこから本当に一から十まで徹底的に注意されたものだ。
そうしてしまえば、移動で時間を使ったこともあり、既に夜も程よい時間。夕食の席は、流石に人数が急に増えたこともあって、それぞれ分かれてとなって。広い屋敷の一室、トモエとオユキが、異邦人たちも含めて利用する予定だろう今で少々ぐったりとしながらアルノーの用意が終わるのを待っている。

「少しは、見られるようになったとは思うけれど」
「いえ、私から見ても随分と」
「まぁ、そうよね。これまでに比べれば、それでしかないんだもの」

そして、生前から変わらぬ性別のままにこちらに来ている異邦人たちからの評価と言うのはやはり厳しい。基本的には所作として丁寧に、その程度の気遣いしかしてこなかったオユキとしては、今こうして改めて色々と習わねばならないことに四苦八苦。今後も、エステールが側についている以上。子爵家の女当主として、彼女に習う様にとされている以上は。

「ええ、茶会の席ではありましたが、それはもう散々に言われたものですから」

ただ、オユキとしても言い分がある。

「そも、これまでは公爵夫人にしても、最低限の点数は頂けていたのですが」
「公爵夫人が、ねぇ」
「それは、かなりのひいき目があったからでは無くて」

随分ないわれ様に、オユキとしては少し助けを求めるようにトモエのほうに視線を。

「オユキさん、リース伯爵令嬢にしても、侍女として習っている最中でしたから」
「つまりは、手習いをしなければならないものが最高得点、そこからですか」

トモエから言われた言葉に、オユキとしてはさらに疲労が募るという物だ。今回は見逃すと言う事なのだろうが、今後に関しては間違いなくこうした時間まで容赦がなくなっていくことだろう。こちらに来たばかりのころから散々に言われていたものだが、ここにきて流石に避けようも無いと言う事であるらしい。こちらでは、どれほど残っているのかもわからない。ならばその時間は、流石にその様な事に費やす気などは無かったのだが、それもいよいよ年貢の納め時とでもいう物であるらしい。面倒なとは思う反面、やはり納得がいくところも多い。先ごろ、王妃や王太子妃に対して、トモエとのことを政治的な物として。こちらに対して最大限配慮を行ったうえで振る舞う場とするのだと、そう言い切ったこともある。ならば、それに対して必要だと思う事をエステールは言われているのだろう。

「で、オユキ、貴女は今後どうするつもりなのかしら」
「色々と思う所もありますし、正直エステール様については必要ですから。手習いと言いますか、修身についてはこれまでもやんわりと言われていましたから」
「まぁ、元が殿方である以上は、やはり色々と不足がありますもの」
「そう、ですね。やはり私だけでは、色々と不足も出ますし」

全く、ここでも散々に言われるものだとオユキとしてはやはり少々げんなりと。さて、ここまで言われるばかりと言うのもどうかと思い、オユキからも改めて。

「さて、突然お二方にしてもこちらに呼び出すことと相成りましたが」
「私は、もとよりこちらに来たことは前もありませんでしたから、楽しみにしていましたとも」
「わたしは、正直こちらの魔物はあまり好みではないのですよね」

それぞれから、それぞれの回答が。それでも来ようと考えて、オユキからの要請に従ってくれた理由は、これまでの事もあるのだろう。実際のところは、各々が魔国に対して訪れるだけの動機があっての事だろうと。こちらに呼ばれた者たちと言うのは、間違いなくそれに際してなにがしかを言われている。有象無象と言う訳でもないのだが、とにかく数が必要であったからと呼ばれていた時とは違う。それなりの考えをもって選ばれた相手だと言う事は、既に季節が一巡りしようかと言う頃に言われたことでもある。

「こちらでは、時間が取れますし。そうですね、先と同じような機会を設けるのも良いですか」
「あら、それはありがたい事ですね」
「ええ、こちらでは流石に暫くはゆっくりと」
「全くもってその様な事は考えていない、そうした様子ですけれど」

こちらでは、きちんと時間をとってあれこれと。オユキが何度か口に出すそれに対して、随分と空々しい事を言っていると自覚もあれば、やはり口にしたところでそれを納得するものなど居ようはずもない。事実、トモエはこれまでとそこまで大きく変わらないのだが、オユキのほうでは色々となれないことをしなければならない。エステールによる授業も一つ。魔国の王妃に習わなければならないこともある。なんとなれば、すっかりとくたびれて今は休ませてくださいと早々に客間の一つに向かってしまったカナリアにも。

「私としても、流石に少しは休みたいものですが」
「まぁ、私も少しは話を聞いているのだけれど」
「聞いていなくとも、その見慣れぬ装飾、それを外してしまえばと言う事なのでしょう」
「ええ」

そう、オユキのほうはやはり快復がとにかく遅れている。こうして今も一人で動き回ることが出来ているのは、冬と安息に与えられた功績に頼っているから。寧ろ、そのあたりが要因となって回復が遅れているのではないかとすら考えている。神々が甘えを許さない、それは重々承知しているのだから。

「さて、私から言えることも現状あまり多くありませんが、そうですね。外してしまえばやはり」
「補助具と言うには、度が過ぎていると言う事ですか」
「であれば、早めにとも思いますが」
「生憎と、どういった物かを調べて頂くのが先になるでしょう」

加えて、魔国の王妃から習う物があるとそう言った話も踏まえて、与えられたものでもあるには違いない。千里眼とまではいわないが、それが当然とばかりに人の世の事、特にそれぞれの加護が存在する範囲ではすべてを把握できるような存在だ。人間であれば間違いなく処理などできはしないだろう情報量。話しているときにも、それが当然と思考の把握を行ってくる相手。ならば、そこに存在する計画を考えるときに、容赦など一切ないだろう。
ミズキリは、さてどうであろうか。オユキは、ふとそんなことを考える。
使徒などと嘯いていたものだが、それも今となっては怪しいものだ。トモエの考えでは、ミズキリと言う人間が求める事、それを成した先に待っている物は神の座。今となっては、オユキもそれを否定するのが難しい。神々の予定、それを間違いなく作る一端を担ったあの男が、既にそこに手をかけているには違いない。ならば、今どの程度の。それについても、聞くだけの時間を未だに作れずにいる。手紙で訪ねようにも、やはり人の眼がある以上はそれも難しい。ミズキリにしても、それを望んでいないことくらいは理解ができる。しかし、時間を作ろうとオユキが動けば、ミズキリはそれを露骨に避けようと動くのだ。疑わしきは等と言う言葉はあるのだが、寧ろミズキリがそれを行う事でオユキに伝えようとしていることがあるのだと、それくらいには理解が及ぶ。そこまでしか、理解が及ばない。

「オユキさん」
「はい、なんでしょう」
「そろそろ食事を始めましょうか。皆さん、お待ちですから」
「ああ、これは失礼を」

己の思考のうちに、どうにもオユキはまた沈んでいたものであるらしい。

「構いませんが、それは今こうして食卓を囲むよりも」
「いえ、重要かと聞かれれば、そうではにと答えるしかないのですが」
「と言う事は、また、ミズキリの事かしら。一応、私も少し聞かされているけれど」
「カリンさん」

一体、何を聞かされているのかと。オユキは、疑念が募る。

「ですが、オユキ」
「ええ、食事をしながらにしましょうか」
「そう、ですね」

思えば、こうして一人は懐かしい顔がこちらに来てからという物、特別話を聞く時間を持たなかったなと。いつぞやミズキリを相手に、オユキ自身が言った言葉でもあるというのに。こちらに来る異邦人と言うのは、それぞれに異なる情報を持たされているのだと。それが、こうしてミズキリの予定外、そんな人員が何も知らぬはずもない。だからこそ、方々で時間を使う様にと指摘されるのだろう。もっとゆっくりしてはどうかと勧められるのだろう。だが、それでは間に合わぬ日程が提示されている以上は、それでも急がねばならないのだ。こうした時間で、あまり面倒な話をするのはオユキはやはり好まない。食事の時くらいは、トモエが同席する食事の席くらいではこうした面倒な話と言うのはしたくないものではある。

「オユキさん、そうした時間は、この後でも良いのではないでしょうか」
「ですが、しばらくは」
「そちらは、配慮を頂けばよいでしょう。オユキさんからが難しいようでしたら、私から」

トモエとしては、そもそもこうした時間はもう会食の時間なのだと割り切ってしまってもいいのではないかと、そう考えている。どうにも、やらねばならぬことと言うのがとにかく多いのだ。それは、オユキの望みには不要だとトモエはわかっているのだが、それでもこの世界がオユキに望むことが話してはくれない。トモエにしても同様に。魔国から望まれて、そこで動かせる浮いている人員、その中でも既に成果を上げてしまったトモエとオユキ。ならば、次にもと。既に下地があった神国とは違い、本当にどうにか形だけを置いてくることしかできないなど、誰もかれもわかっているというのに。それでも、もしかしたらなどと言う考えが、誰の脳裏にもあるには違いなく。

「いくら前菜とはいっても、あまり手を付けないのもどうなのかしら」
「ああ、そうですね」

そうして、トモエとオユキが思考を巡らし、互いに互いを思ったうえでの言葉を交わしているところに、食事の席だというのに未だに手を付けられない相手からは、軽く催促が。ならば、やはりここはそうした席として向こうもとらえるつもりがあると言う事らしい。
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