憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

手始めに

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「やっぱり、少し薄れているわね」

以前に来た時に見たような、荒涼とした風景ではなくなった魔国の首都。外に出て、周囲を見回して真っ先にアイリスがそう口にする。オユキから見れば、劇的に改善されているとそう見えるのだが、加護を与える役割を果たした本人から見れば思ったようなものではないと、そうした部分があるのだろう。

「然様ですか。ならば、やりがいもあるという物」
「貴女、本当に」

そして、朝食の時に振ってわいたいざこざもあって、アベルもルイスも未だ壁の中。ミリアムに関しては、こちらに形ばかりはあるとそのような話である狩猟者ギルドで一度話を聞いてくると、そうして分かれて。今この場にいる、戦力として計上できる人間というのは、当然周囲に散っている護衛が主体。以前であれば、トモエとオユキも初心者、加護の薄い者たちとして計上できる存在ではあったのだが今となってはそれも難しい。ならばとりあえずはとにかく試して、何よりも薄れゆく加護をどうにかせねばならぬからと。

「オユキ様、くれぐれも」
「ええ、違和を感じたら下がります」

右手には、以前作った蛮刀の趣をわずかに残している片手剣。太刀と呼ぶのも、少し難しい形ではあるのだがトモエがウーヴェに頼んだ以上はその枠を超えないものとはなっている。生前に見た刀剣の展示品の中には今オユキが持つような、柄を長く伸ばせばもはや薙刀と呼んでも問題ないだろう太刀とて紹介はされていた。

「それにしても、太刀とはと考えてしまいますね」
「極論、作り手がそうだといえばそうなる世界ですから、区分としては刃渡りが用いられはするのですが」
「詳細な要件は存在しないと」
「ええ、こうして平づくり、鎬に樋を掘らぬものもあれば、湾曲に関してはまさにそれぞれ」

そして、トモエが今手に持っているのは生前に手にしていたものと長さこそほとんど同じではあるのだが、こちらもかなり変わった造り。太さが持ちて、柄の部分が一際太く、刀身の中ほどまでは細くなっているのだがそこから先にまた少しその太さを増して。

「消耗が早すぎる、ウーヴェさんがそう考えて工夫を凝らしてくれたこの子も悪くはありませんが、流石にこの形状では抜き打ちは癖がありますから」
「どのみち、戦場に立つときにはこうして抜き放って持ち歩くのでは」
「ええ。ですから、これでよいと私としてもそう考えています。」

鞘にしても、流石に生前と同じ造りの物ではない。佩くための太刀緒ではなく、剣帯に吊るして持ち運んでと本当に色々と違う形で身に着けている。ならば、やはり今ある物、その形に合わせて。

「そうした発想は、確か」
「そうですね、有名な書物もありますし、そちらを紐解いてというのもよいのですが」

そも、トモエの納めた流派は、とかく扱う武器の種類が多い。どうにも、共通する部分が多いと、そう考えるところもあるし、事実として取り込んだ形跡は確かにみられる。取り込めるだけの素地があったのは確か、随分と似た気配は確かに感じる。あちらも父から継いだものを、確か己で別の形にとそんな話は聞いた覚えもあるのだが。

「ええ、オユキさんは、まずは」
「そうでしたね。簡単に習ってはいますが、今はまだ実践も」
「ちょうどよい機会です、周囲には、あまり切ではありませんが」

少なくとも、以前に見たようなトモエにとって分け分からずの魔物ばかりというわけではない。それこそ、切ればそれだけで容赦なく刀身を腐食させる軟体。魔術には耐性があるとは聞いているのだが、刃を振るえばまさに雲散霧消する光の玉。以前には、そのようなモノばかりであったが、今は多少は見覚えのある魔物にしても。

「毛色が、違いますか」
「魔物の種としても異なります、確か、魔術じみた真似もしてきたはずですが」

そして、そこらを跳ねる丸い毛玉。始まりの町、領都ではおなじみの丸兎。しかし、これまでに見たそれらは白か灰色の毛皮ではあったのだが、こちらはあまり目に優しくない色合い。少々毒々しいといえばいいのだろうか、紫の毛皮を持つ丸い毛玉があちらこちらを跳ねまわっている。そして、少し遠くには遠めでもはっきりと分かるほどのまだら模様を持つ狼に鹿。

「正直、こうした色合いであれば真っ先に毒を疑ってしまうのですが」
「確か、なかったような。いえ、持っているのでしたか」
「オユキさんも、良く知らぬ魔物と言う事ですか」

そうして、トモエが警戒を一段階上げる。

「流石に、長く時間を使った場所以外に出る魔物というのは、記憶になく」

そう、オユキにしても神殿を見て回ろうとそう考えてあちらこちらに行ってはいたのだが、そのころにはこうして町の側に現れるような魔物など、もはや脅威ではなくなって久しかった。結果として、陸に印象に残っていないのだ。当時は、一応魔物から得られるものであったりにしても買い取り先というのはあったのだが、とにかく不便なゲームではあった。インベントリなど当然なく、死に戻りというゲームだからこそ存在している機能を使えば、始まりの町、そこにあった教会に身一つで戻されることになったのだから。

「確かに、そのようなものですか」
「ええ、恐らくは。生憎と、そうした知識と言えばいいのでしょうか、どうにもなかなか頭に残らず」
「その割にはと、そう思う所もありはしますが」
「一度自分で興味を持ったうえで調べれば、こう、最低限はと言ったところです」

つまりはこのあたりの魔物に、他所で散々に蹴散らした魔物のバリエーションでしかないこうした存在。それらに対して、特別興味が無かったのだとそうオユキが白状すれば、トモエとしても苦笑いで返すしかない。恐らくはこうした部分が、己の衣服にしても頓着しない性格に繋がっているのだろうと。生前にも、折に触れておやと思う所はあったのだがこうして取り繕う事が難しい場であれば、己で色々準備をしなければならない状況になれば本当によく見えてくるという物だ。

「そういえば、私が選ぶ前、生前はどのように」
「生前ですか、両親の遺した衣服もありましたし、後はそれこそ通販という物も」
「それで、あのような惨状になっていたわけですか」

ここ暫く、昔を思い出すことが多かったからだろうか。ミリアムに言われた言葉、トモエを、それこそ今のトモエではない、かつてのトモエを知っているという言葉もあった。今も、オユキはそれを考えている素振りもあるのだが、姿を変えるという魔道具を使っている以上は、流石に思い出せはしないだろうと諦めて。

「惨状とは、また随分な」
「随分な状況でしたから」

何やら、アイリスにしてもこちらの話に聞き耳を立ててはいるのだが、今はそれ以上に油断なく。周囲に散った騎士たち、幾人かは無理にルイスが連れてきたらしい始まりの町でも見覚えのある傭兵たち。そんな者たちが、実に楽だと言わんばかりに魔物を蹴散らす姿を眺めて。気を付けるべきことというのは、確かに少々遠間からの手段を持つ魔物が多く見えるところ。しかして、今戦いに臨んでいる者たちには効果がない。魔術のようなもの、確かに以前にカナリアに聞いたものを使ってくる魔物がいるのだが、その威力は非常に低いらしい。無造作に、行動の一環だとわかる動作でかき消して。

「そこまで、言われるほどでは無かったはずだと」
「足の踏み場がない、そうした状況では確かにありませんでしたし、最低限の清掃は確かにされていましたが」
「はい」
「人が暮らす場であるかと言われれば、私以外の方も難しいとそう表現したことでしょう」

思い返すにつけても、決してひどい環境ではなかったのだ。ゴミが散乱している等と言う事も無い、清潔であったかと言われれば、確かに頷くしかない。だが、とにかく人が暮らす場所かと言われれば、とにかく疑問を覚える。確かに、トモエとしても惨状という言葉は言いすぎているそうした自覚はあるのだが、やはり他に表現のしようもない。

「その、他の方が入ってきたことはありませんでしたし」

そして、家に誰かを招待する。そうしたことをオユキが良しとできるころには、既にトモエがさんざんに手を入れていた。

「ええ、そうでしょうとも」

一先ず、昔語りはここまでと。

「安全確認も終わったようです、では改めて私たちも」
「さて、今日ばかりは流石に人足として頼める方もいませんから、ほどほどに」
「そういえば、そうですね。神国からというわけにもいきませんし」
「こちらで、探す必要があるでしょうね」

そう、既に楽を覚えてしまった以上は、もはや人の手を頼んで荷を拾ってもらう事を抜きで等とはならない。拾い集められる程度であればよい、今も周囲に散って魔物を狩り、その成果を各々が簡単に拾い集めている、それを職務としている傭兵たちともまた違うのだ。一応肩書として、オユキが今も大事にしている肩書として狩猟者とはなっているのだが、そちらから得る金銭というのはやはり別枠。なくても、家として問題はなく。度々起こす乱獲、そこで得られた成果で得た対価、それだけでも後の事を考えれば十分ではあるのだ。

「では、オユキさん」
「ええ、実践稽古と参りましょう」

互いに、既に武器は鞘から抜いている。あとは結界の外に踏み出していけば、自然と魔物目に留まりこちらに近寄ってくることだろうと。

「始まりの町に比べて、こちらは目に見えてと言う所ですね」
「王都でも、少し遠間にとその様ではありましたが」

そう、こちらでは随分と魔物が顕れる速度が速い。周囲に散る者たちが、魔物を蹴散らしていったはず。だというのに、そんな者たちが過ぎ去った後にも既にいくらかの魔物が現れている。このあたりが、魔国の王都で狩りが難しいと、そう語られる要因になってくるのだろう。遠くまで、それこそ王都から距離を取って魔物を狩り、そこで疲労してしまえば戻ってくるときにまで魔物に容赦なく囲まれる事になるだろう。

「さて、どの程度まで狩猟を行えばとも思いますが」
「そうですね、他の方法を考えるのが割と手早いかとは思いますが。何分、定期的に行われているはずの狩りの様子。魔術を使った広域殲滅、そちらとの兼ね合いも生まれてきますから」
「これまでの様子を見る限り、そちらにマナを割かなくてもよいとなれば」
「そのあたりも含めて、うまく折り合いをつけなければなりませんから」

既に文化が存在している。それを変えるためには、本当に尋常ではない労力という物が求められる。
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